2017年02月25日

言霊 言霊学講話・日本人の大先祖が発見した原理

何方の心の中に全ていて生命の源を形作っています。では、ウオアエに出来ないで何故イが出来るのか。私達の大先祖が考えだした、これほどの不思議はない発見をいたしました。それは素晴らしい能力を人間は授かっていることを自覚し、言霊フトマニとしてまとめました。

何故、ウオアエを霊諸招(ひもろぎ)で置き足らはすのか。イは現象音ではありませんから、ウオアエを「お前引っ込め、お前は良いよ」と選り好みしてまとめたのではありません。全てのものを置き足らはす何かを具えていた。それが人間の心の光。

昔の神話の時代、今から三千五百年前くらい、日本においては二千年前、日本が一番神話の時代が長く続きました。外国では神話の時代が終わって弱肉強食の世界が早く訪れています。

生存競争から生まれた自然科学がある程度発達した時に、日本の国は国是を外国からの輸入によって日本の文化を興していく方針にガラッと変わります。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月24日

言霊 言霊学講話・大自然の性能であると同時に知性の性能

世界総人数の考えを按配するとなったら、ウオアエだけの性能では「霊諸招」は出来ない。残るイの性能はウオアエの性能を下支えして統括して、イの性能である八父韻がウオアエの宇宙に働きかけて現象を起こす力動韻です。

そのように人間の心を構成している五十個の言霊はイの段階に存在する。イの段階から世の中を見ますと五十個の言霊に見える、それ以外に何もない。心の深奥にある性能は生命創造意志ですから現象になりません。

ウオアエは現象、出来事になります、だから黄泉(四方津)国、世(四)の語源です。4つの階層で出来上がっている。イの階層はウオアエに働きかけて現象を起こす人間の根本的な大自然の性能であると同時に知性の性能でもあります。

造物主、神の神、古事記では伊邪那岐命と申します。どうしてそのようなことが出来る性能なのか、その原因は何か、そういうことをする神様ということ以外分かりません。その神様は何処にいるのか、あのくだらないことを喋っている奴の中にいる、でも私の中だけにいるわけではございません。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月23日

言霊 言霊学講話・煩悩具足の凡夫

宗教家は臍下丹田から出てくる、ここに欲望の原因があると申しますが、意味もなく出てまいります。何処から出てくるにしろ、ウの性能の発信地である心の宇宙から産業経済が出て来ます。

欲望について造詣が深いというか(笑)、生まれながらに頂いております。教えもしないのに生まれてきた赤ちゃんがおっぱいを吸うのは本能です。

次に「何で?」、「どうして?」、これは経験知オの性能、育つに連れ、「好き」だの「嫌い」だのアの感情を表に出します。エはウオアの性能をどのようにミックスして相手に対したら物事がよく成功するのか、選択肢の性能。

欲望ばかりで突進しますと「あいつは嫌な野郎だ」と言われるかもしれない、理屈ばかり捏ねても、感情を押し出しても、うまくいかない。相手に好印象を持たれるには、どう按配すればいいか。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月22日

言霊 言霊学講話・歴史学者も宗教学者も決して言わないこと

大祓祝詞では三四行で書いてある所を旧約聖書では三四十頁に亘り詳細に書いてございます。どうして時代も場所も違うのに同じなのか、今の歴史は変だな、変でも面白いのでお読み下さい。歴史学者も宗教学者も決して言いません。

どっかで連絡なければ、そういうことは有り得ない。クシャミ1回したって、何処かで何か噂してるのだろうって、文字にして何千年も経ったものが一つのものに符号していたなら、それは何かあったに相違ないのです。

人間が平然と霊諸招(ひむろぎ)が可能であった日本の古代はどういう時代だったのか。その古代を築き上げて来た考え方の基本とは何か。数千年もそのような時代が続いたということは、普遍の原理があった、それが天津神籬の原理。

その原理から言えば、人間の五つの性能を生まれた時から授かっています。ウは五感感覚(目・舌・耳・鼻・皮膚)で感じることの出来る欲望の宇宙から発生します。旨いもの食って、「もういらない」くらい満腹していても、「もう少しビールが飲みたい」、飲んだとしても又、何か物足らなくなる。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月21日

言霊 言霊学講話・大祓祝詞と旧約聖書

この三四千年はみんな我利々々亡者です、弱肉強食の社会が続いています。ところが、霊諸招(ひもろぎ)の世界が精神文明では五千年も続いていた。そんな歴史は聴いたことがないと思われるでしょうが、各国の神話をお読み下さると書いてございます。

日本では、記紀、中国、ギリシア、北欧神話等々をお読み下さると、みんな素晴らしい世の中があったと書いてある。神話なのだから現実にあったわけじゃない、今の国学者や歴史学者は否定します。

世界中の各民族に伝わっているということは、大昔に世界中が連絡していたということです。日本の大祓祝詞は三分もあれば読めます。それから旧約聖書のペンタトーチ、「初めに神、天地を創りたまふ」の創世記から始まって五章までをお読み下さい。

これは三分というわけにはいきません。三日くらいかかるかもしれませんが、これを読みましたら、どんなにへそ曲がりの方でも、「これは変だな」と、何故なら、大祓祝詞と旧約聖書に書かれている内容がまったく同じです。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月20日

言霊 言霊学講話・白紙に描く絵のようなもの

言霊学によって分かりますことは、人間の心は五十の言霊で構成され、どういう構造で配列してされているかを古事記は説きます。それがどのように動くか、そして、総てを「霊諸招(ひもろぎ)」として置き足らはします。

総ての考え方を黄泉国と申します。色んな考え方が雲のごとくに湧き出る所、日本では夏の入道雲のように何千メートルにもモクモクと湧き出る如く「出雲」と申します。雲はアイデアのこと。

そのアイデアは、社会的に立派と思われたいがために宣伝します。その力によって、芥川賞やピッツリア賞やアカデミー賞、又はノーベル賞といったものになりますが、そういうのではなくて、ごく普通に人生の中で経験し、発表し、心の中で思っていること。

人生というのは何にもない白紙に自分が寿命の間に描く絵のようなもの。その絵をお互いが「素晴らしい」と祝福するような社会を創る。それが天津神籬の結論になる。その結論がどうして可能なのか。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月19日

言霊 言霊学講話・永遠に生きるように置き足らはす

古代ではそういう意味から言霊フトマニの結論を「霊諸招」(神籬)と名付けた。言霊が総て置き足らはされて、調和を保っている最高の人間の心構えのこと。

と同時に、その霊諸招の心になれば、世界総人数の心を総て置き足らはして、不公平感もなく、社会的な地位も関係なく、人間の性、人間の心の持ち方そのものを総て取り上げて。その人が満足のいくように置き足らはして次の世に送る。(禊祓)

 禊祓…
言霊アの自覚によって生れ出た赤ん坊の如き貴方が、その赤ん坊の心である和久産巣日の神の心(天津菅麻音図)のままに貴方御自身という伊耶那岐の大神という宇宙身となり、習いおぼえた五十音言霊原理(建御雷の男の神)を衝立つ船戸の神と掲げ斎き立て、竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原に立って、自分が生れた時から積み上げてきた経験知識を黄泉国所産の文化として、「吾はいな醜(しこ)め醜めき穢(きたな)き国に到りてありけり。かれ吾は御身(おほみま)の祓(はら)へせん」と貴方御自身の生命の総結論の自覚に向って禊祓の行を実行することとなります。

人間は死ぬことはないのですから。「永遠に生きるように置き足らはす。」それが「霊諸招」(ひもろぎ)です。

言霊学講話「天津神籬」(H16年2月・会報189-01了)

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2017年02月18日

言霊 言霊学講話・伊勢参りは外宮からお参りするのは何故?

そんなこと出来っこないだろうと疑われるでしょうが、世界に一箇所だけ出来る所がある。「悪いようにはしないから来いよ」(霊諸招)、今は神様に奉っているのが伊勢神宮の外宮です。

伊勢参りは外宮からお参りします。それは外から入らないと内に入れない。昔のしきたりとして外宮から。外宮の神様は天津菅麻音図の内容を持った神様。

 「貴方はこういう性質の一生を送って来られたから、こういうように貴方の人生を表現すると、貴方自身が一番安心するじゃないですか?」
 「そうですね」
というように相槌を打てるようなその人の人生を謳歌してくれる所。

其処で性質を沙庭され、内宮へ参り、認定された段位から「貴方の時所位はここに納まる方ですよ」とお奉りする。内外宮が分かれているのはそういう意味です。


言霊学講話「天津神籬」(H16年2月・会報189-01了)

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2017年02月17日

言霊 言霊学講話・摂取不捨

もう一つの解釈は小笠原先生に教わりました。「ヒモロオギ(霊諸招)」の「ヒ」は言霊ではなく、世界中の至る所から色んな人が色んな目的のための発想がワイワイ出てきます。その一つ一つの内容が「ヒ」。

ところがそのワイワイを放置しますと人類文明というのは混乱します。そのワイワイ出て来た藝術であれ、何であれ、一切の世界の産物を、そんなに喧嘩せずともお前たちが世界人類の文明を創造していくための一駒々々となって、目的を遂げられるようにするから、いらっしゃい。

今は大概アメリカに集まります、もうすぐ東洋の小さな島国に集まってくる、何故集まるか、一番求心力が強い所に集まる。発想が十の内九がデタラメであっても、そのデタラメを捨てない所、つまり居心地の良い所へ、いらっしゃいよ。(もろおぎ)

それらの意見を取捨選択せずにその意見通りに 救われて、他の主張とも調和がとれて、「あー、良かったな」と言える所。夢物語のような所が古代の日本でした。


言霊学講話「天津神籬」(H16年2月・会報189-01)

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2017年02月16日

言霊 言霊学講話・言霊の幸倍へ

お茶が飲みたい(ア)、美味しかった(ワ)、一つの現象が終わる、この母音、半母音の二つが一つになった心柱(霊台)、天津磐境も天津神籬も心柱から出て心柱に帰る。

これは永遠に変わらない人間の人間たる所以です。言霊が出たり、入ったりする変化、その基礎原理ですよということです。(一心の霊台、諸神変通の本基)

結論のことを「天津神籬」と申します。神様の生籬(いけがき)、この本当の意味は、昔、言霊のことを一字で「霊(ヒ)」と申しました。

霊諸招(神籬)とはどういう意味か、五十の言霊諸々を「来いよ」と招き五十音の垣根を作る。五十の言霊が調和して、居心地いいから少し休んで一杯やるかというようなその中に置き足らはしてしまう。


言霊学講話「天津神籬」(H16年2月・会報189-01)

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