2017年09月23日

言霊 布斗麻邇講座・大が付くのは

伊耶那岐の神と申しますのは、今までの伊耶那岐神とは違った力を持った神様。この神様を数えますと百になります。どっちみち古事記の一行々々を説いていきませんとコトタマの原理は全然分からないように出来ているのです。

私が持っているのは角川書店の古事記です。岩波の文庫本の古事記でも同じだと思いますが、天地の初発の時から須佐之男の命までたった12頁です。この12頁に人間の心の全部、人間の心の全部の現象を説き尽くしてしまっています。

これは大変なことです、現在の原子物理学が「物とは何ぞや」の原子核内の全部を話すとしたら千頁も二千頁書いても書き足らないと思います。古事記はたった12頁で人間の心に起こってくる総てのことを説明して余りがない、欠けるところもない。

その素晴らしい12頁を読んでみますと、伊耶那岐命と伊耶那美命の神様の、一口で申し上げますと、愛と絆と創造と葛藤の物語。最後は離婚してしまうのですから。しかもこの離婚は「言戸の渡し」。

布斗麻邇講座「古事記」(H18年5月・会報216-1)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

言霊 布斗麻邇講座・又の名は…

私が「百の神様が出てきます」と申しますと、物好きな方がいらして勘定されて、何とかあらを探してやろうとされたかどうかは分かりませんが、よーく、勘定しますと(神様の名前)、もっと出てきます。

ただし、「又の名は…」というのがあります。例えば、言霊ンの神様、火の夜芸速男の神(ホノヤギハヤヲノカミ)(火のR毘古・火の迦具土)(ホノカガヤビコ・ホノカグツチ)を同じ名前で言っただけのことですからオミットしなければなりません。

それから、何々の神、その子という子供が出てきます。子供はコトタマには入りませんので抜かします。そうしますと、人によると九十九ではないかとおっしゃる方もいらっしゃいます。

九十九でも間違いない。ただし、伊耶那岐(イザナギ)神は禊祓の項ですと名前を変えて出てきます。それまでは伊耶那岐神、または伊耶那岐命ですが、伊耶那岐と神の間に「大」が入り、伊耶那岐の大神になります。

布斗麻邇講座「古事記」(H18年5月・会報216-1)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月21日

言霊 布斗麻邇講座・百の神名

コトタマ学(原理)を勉強するには古事記と日本書紀は欠かせない学問です。その他にコトタマ学を説き明かす方法は世界に一つもございません。ことに古事記がもっとも大切な学問になります。

古事記を知らないでコトタマを説く人がいらっしゃるとしたら、それは「まやかし」です。コトタマを知っていて古事記を知らない方も「まやかし」です。古事記とコトタマは切っても切れない関係です。

古事記は「天地の初発の時(アメツチノハジメノトキ)、高天原に成りませる神の名(みな)は天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、次に高御産巣日神(タカミムスビノカミ)、次に神産巣日神(カミムスビノカミ)、この三柱の神は独神(ヒトリガミ)になりまして身(ミミ)を隠したまひき」から始まり、それは、それは神様の名前のオンパレード。

ズラズラと出てまいります、誰が読んでも、こんな書物は他にないという程、その意味が分かる人がいたら不思議な程、神様の名前で埋まっております。

何故かと申しますとコトタマの数は五十、その運用が五十、合わせて百。ちょうど天之御中主神から最後の須佐之男の命まで、ちょうど百の神様の名前が出てまいります。

布斗麻邇講座「古事記」(H18年5月・会報216-1)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

言霊 布斗麻邇講座・古事記とは

今度でコトタマ学を説きますのも五度目か六度目を迎え、その都度、観点を変えてお話申し上げてきました。前にお話ししなかったことついてもお話するかもしれません。ここは前に話したことと違うのではないかと気づかれたら、早くご質問下さい。

やゝもすれば違っていることを申し上げているように受け取られるように思われるかもしれませんが、決してそういうことはございません。立場を違えてお話しいたしますので、もし疑問が起こりましたらご質問下さい。

先月でコトタマの概論、古事記と言霊との関係は大凡申し上げましたので、これから古事記の中身に入らせていただきます。

古事記は奈良時代に入る前と奈良時代の天皇の勅命で太安万侶が書き上げ、編纂した本が「古事記」でございます。古事記が編纂されて八年目に舎人親王達と書いてございます、一人ではなく舎人親王を中心として大勢の人が編纂したのが「日本書紀」です。

布斗麻邇講座「古事記」(H18年5月・会報216-1)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月19日

言霊 布斗麻邇講座・人間は素晴らしい可能性を持つ創造主

人間の仏としての役割です。それで人間は生きている。ただ、そう思わない。エとイが隠れてしまっておりましたから。ほとんど得るためにやっている。このコトタマの原理を勉強したら「儲かりますかね?」と訊かれたことがあります。

この勉強は「儲けないようにすると儲かる」、「儲けようとすると損する」、真逆です。今の世の中で永田町におります人達は次元から言えば一番下です。何故ならば欲望がウンと大きいからです。

「イ」は宇宙を全部見渡してそれを知る限り知って活動している。それをスメラミコトと申します。果位の菩薩、観音様、勢至菩薩、普賢菩薩。

このようにご段階を上っていって、「エ」と「イ」をちゃんと授かっているのですが、全然意識をしていない、だからもったいない。全部分かってしまえば、どんなに人間は可能性の働きがあるということがお分かりになりますから、欣喜雀躍として暮らすようになります。

若者にそのことを伝えれば若者はそれこそ小躍りして喜ぶ。そういう教育をすれば競って学校へ行って勉強することになります。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-4了)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

言霊 布斗麻邇講座・エる イる

る=選る
 昔の人は値を「竸る」と申しました。どれくらい値打ちがあるかを競っていきます。又は「選る」。

る=いる
 総ての境地をお腹に入れてしまって、世の中のことを全部知ってしまって、それでいながら黙っている境地。一度口を開きますと「気」が動きますので「イキル」。八父韻の活動が始まりますと、その姿は「ス」。

イキル姿が人間の所作です。ただ、そう思わない、ただ口が動き、体が動くだけだと。でも、この素晴らしい宇宙意志のことを言っています。

ひろーい、ひろーい宇宙が天文活動をしている、それを見ている人間が何百億光年の星だと一つ一つに名前を付けていく。そういう活動をするのも「イ」。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-4)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月17日

言霊 布斗麻邇講座・修業では56億7千万年かかる

小笠原先生も三島由紀夫さんについては「この人も何かやりそうだ」と先生の書いた「言霊百神」という本を一回送りました。ナシのつぶてで三島さんには弟子が十人いたそうですから、三島さんの手許には届かず選り分けたのだと思います。

もう一度送りましたけど、やはりナシのつぶてで、「これはいけないな」と先生がおっしゃったのを私は覚えています。というわけで三島さんには届かなかった。もし、お読みになったら頭の良い方ですから、少なくとも事件を起こすことはなかったように思います。

この「ア」という広い、広い、広い、万人共通の自分の人格の根源である内容として「エ」と「イ」が人間には授かっている。次元を自分の経験知識から修行してシフトしようとすると大変なんです。五十六億七千万年かかる、仏教にそう書いてある。

聖書には666は謎の数字になっておりますが、未だに宗教界では分からずにいます。ある時に「先生、聖書に666とありますが、何のことですか?」と訊かれて、私は今まで考えたこともなかった。

だけどスラスラと口が動いてしまった。「6が66になった時ですよ」と何も考えずに答えたものの、後になって数霊のことだと。さっき申し上げましたでしょ、神様と言霊を結び付けるのは50の2乗ですから。コトタマの原理が出てきた今は現実にこの世のものです。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-4)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

言霊 布斗麻邇講座・初地の仏

何故かと言えば、これから先に行けないと思えば引っ返すしかない、これを表現しようと思ったら、自分が今まで「イヤだ、イヤだ」と言っている世界に帰らなければならない。

rokudou.pngこれを初地の仏と言って黙っていれば仏さま、喋ったら地獄。一度口を開けば地獄に堕ちること矢の如くならん。千年以上も前から仏教は教えています。(六道

何故なら「ア」の上があることを知らない。アが究極でないことをコトタマの原理は教えています。ところが「アー」より上の「エ」と「イ」があることを二千年前に人類は忘れてしまった。


布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-4)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

言霊 布斗麻邇講座・表現が出来ない「ア」の世界

陰惨なようで、陰惨でない、清冽、毒がない。それが凄いでしょ?「ググッと力を入れて奥に刃を突いて押した」という行で終わるのですから。読む人はブルブルっと震えます。だけど嫌な感じはしない。

それは何故か、自分がその気になって後で自殺してしまうのですから。知らない方も多いでしょうが、今、取り壊している市ヶ谷の防衛省に乗り込んで、連隊長の首をぶった斬って、自分も連れて行った右翼の大学生と腹を切って死んだ。

侍の頃の話じゃない、今から数十年前の話です。それを知った時に川端さんの弟子の三島さんもやったかと思いました。自分のやることに表現が出来ない「アー」の世界ですから、それを表現するには死ぬより他ない、実際に死んだ。

ですから、この境地にいながら黙っていれば阿羅漢と言って、一番下の位の初地の仏様なんです。ところが一言でも喋ったら「アー」と言っている内はいいですけど、「アー」の中に何かを入れようとしますと、選挙に打って出たり、師団長の首をはねてしまったり地獄に落ちてしまう。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-4)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月14日

言霊 布斗麻邇講座・縁覚と畜生

それから川端康成さんは世界で有名になった。だからそういう歌を詠っていれば極楽、仏様、ですけど、ある時、東京都知事に立候補した人の口車に乗っかってしまって応援しました。

自分は「アー」の世界に住んでいて、実社会のことは何もしらなかったんだなと気づいた。だから知人でもあった都知事の立候補者を応援することで、この社会と繋がりがある実感を持ちたかったと、それは、どうかは知らないですけど、良く解釈すれば。

応援しましたけど立候補した知人は落ちてしまった。それから気が変になって自殺してしまいました。「アー」の世界の自殺ですから原因は未だに分からない。

川端康成の信奉者だった三島由紀夫も自殺しました。あの方の小説も「アー」の世界。最後の小説は若い将校が、自分は参加しなかったけれど、二二六の責任をとって、死のうとする所から始まって、自分の奥さんに短刀を持たせて自分の首に切っ先を当てるところで終わる。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-4)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする