2017年03月07日

言霊 言霊学講話・幸いなるかな心貧しき者、天国はその人のものなり

至極ごもっともだなと、それだけ世の中を観ている人ですから。そうやって予言はしたけど誰もやらない。予言した仏教徒は必ず時が来れば良い世の中にするために猛然と働き出すであろうと、そのように仏教に書いてあります、でも、ない、キリスト教然り。

マホメッド教はどうか、毛色が変わっているからちょっとは違うかなと思いましたが、世界のことを考える暇なんてないくらい、日本の国が五十年前にやった自爆を聖戦と名を打って戦争ばかり、可哀想に。

そういったことから、予言されていることが嘘と思える。戦いに次ぐ戦い、アメリカに対抗するソビエトが崩壊したからこれで戦争は終わるのかと思ったら、小さい国々が原爆を持ちだした。

ところが、イという段階で目を据えて見ますと、そういった紛争も、日本では年間三万人からの自殺者が出ているのも、気の毒の極みですが、これから始まろうとしている人類の第三文明時代の素晴らしさから考えますと、そういう悲惨なことを償って余りある天国が出来上がる寸前です。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月06日

言霊 言霊学講話・有り得ないことを誰がやる

それを「結縄の政」と言います。心の中にあって「善悪・善悪・善悪」に結び付けるようとする心が光にあたると自分の不都合や自我意識がスーッと消えてしまう。その自我が消えることが良いことと知っている世の中。

「それではこうしましょう」と長が決めて、それを実行することは、上から押し付ける専制政治、皆に量り賛成したことが本当の民主主義。新しい時代の民主主義はそういうことになります。そうなると言われて二三千年、お釈迦様は大嘘つきか。

この間もホームページの訪問者が「お前の言っていることは良いことばかり言っているが、現状はピンからキリまで悲観材料ばかりだ。お前だけいい気になっているがこんなのは嘘だ」というコメントが寄せられたと聞きました。

「では、あなたのお考えはどうなんですか?」と訊きましたら
「俺の考えがないから、良い考えがあるんじゃないかと思って、訪問して読んでみた、読んだだけなら感心する、でも、こんなこと有り得ないじゃないか、誰がやるんだ。」


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月05日

言霊 言霊学講話・結縄の政

孔子さんはこの光の世紀を「結縄の政」と言いました。結縄の「縄」は名を和する、縄の編みは陰陽を糾いますでしょ。言霊の幸倍(タトヨツテ・・・)のことを、縄を編む「結縄」と表現しています。

「大道廃れて仁義あり」、大道とは言霊、言霊が隠される前は「〜してはいけない」、「〜せよ」が一切なかった。その人の本生に根ざしたことは総てその人に任せる。その調整は世の中の長老たるべきやる仕事であって、一切、格子無き牢獄は作らない、それが大道の時代のやり方。

そのやり方は、「どんなことをすれば良いか」について、榊を根っこごと霊知りたちの円座の中央に立てて、それに幣を垂らしまして、円座の長が「では始めましょう」と目を瞑る。三分なら三分、「どうでしょう」、賛否をとれば、奇妙にも反対がない。

目を瞑っている間に自我という考えがスーッと消えて、やるべき事の目的に向かって誰もが同じように「そのようになればいいな」という考えだけで答えを出す。良い事だけど「俺は嫌だ」というその「俺」がスーッと消える。自分だけではなく皆が良い方にやろうとする。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月04日

言霊 言霊学講話・二千年のキリスト世紀

その発案者には何ら危害も変更も加えずそのままを生かす。仏教の阿弥陀経ではこのことを「一切衆生摂取不捨」と申します。ですが、この光の働きを説いておりません。それを匂わすように教菩薩法は「教菩薩仏所護念」と説いています。

教菩薩法は仏教は菩薩の教え、仏が護る所を念じた教え、仏教は仏が説いた教えです。「仏とは何ぞや」を説いておりません。最高の教えは仏様にしか出来ませんから説いてございません。

ですから法華経には、仏そのものには触れずに仏になろうとして修行している菩薩に教えを口伝して「仏様が常にそれを護っていて念じている所の法」と書いています。

又は、イエス・キリストは二千年の世紀の名付け親、キリスト世紀と申します。「天国は近づけり、汝ら悔い改めよ」、二千年経って、むしろ酷くなってしまいました。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月03日

言霊 言霊学講話・何か起こらない内に何も起こらないようにする

そうじゃない、「無作の作」を知っていた。今の政治家は何か起ころうとしても、怠けているから起こってしまって、起こったとしても他人事と考えているから、これ以上放っておくと自分の身が危うくなるから何か起こす。

改革というのでしたら、何も起こらない内から改革すればいい。すると、誰も分からない。そして、何も起こらない。それが政治だということを知っていた時代。そういう時代があったということが中国の古文献には書いてございます。

光、霊駆り、此処から其処へ渡すには、光というものが作用して一切の文化、個々別々の文化等々を、世界人類文明として、ドイツの哲学用語で「止揚」と申しますが、止めて揚げる、総てのものを引き上げて、新しい使命を授けて文明創造の一端を担わし、人類文明として統一する。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02了)

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2017年03月02日

言霊 言霊学講話・無作の作

或るお坊さんが寺に招待した。招待された床の間には名人が使っていた弓矢が飾られていた。「あれは何か」と尋ねたら、お坊さんがビックリしていくら年老いても自分が使っていた弓矢を忘れることはないだろう、冗談を言っているのだと思った。

これはあなたが昔使っていた弓矢です。「何に使うものかね?」と尋ねた。それから名声は更に高まった。何も私が面白おかしく話しているわけではないのです。その通りに書いてあります。

無作の作、何もしないことの尊さ。政治家というものは人民から「よくやっているな」と思われたら、もう下。何にもせずに無駄飯食っていて、何だったんだんだろう、今の総理大臣は何て名だったっけ、総理大臣は確かいるはずだけど東京の霞が関辺りで「何にもしてないそうだよ」と言われたら‘上’。

何か世の中に起こるから政治家は「何してんだ」ということになる。何にも起こらない、政治家の名前は出てこない、そういう時代が最高です。今の歴史家は神武天皇前の九代までの天皇は史実がないので在していなかったというのが定説です。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年03月01日

言霊 言霊学講話・神仙の国

日本の歴史はたかだか千二三百年に書かれたものだけが遺っておりますが、それ以前に書かれたものは焼かれてしまって失くしてしまった。中国は二千七八百年前くらいの本は遺されておりますから、お読み下さると実に面白いことが書かれております。
 黄河の水流れて東方絶海の中央にあるとされる島あり。その神仙の国には五つの穴が空いており、霊気がそこから立ち上り、あらゆるものがその穴に入り、どんなに入っても一杯にならず、どんなに出ても尽きることがない。神仙の人々は百里千里を軽々と飛ぶ不老長寿の国なり。

嘘と言われてもそう書いてございます。又、他には「百戦戦って勝つのは中の中、百戦戦って負けるのは下の下、戦わずして勝たずに負ける、これ上の上。」戦う必要がないから勝つ、負ける必要もない。

弓を射て鳥を落とすのに飽きた、そこで矢を捨てた、弓の弦だけにしても鳥が落ちた、しまいに弓も捨てた、そのうち「オイ」と言っただけで鳥が落ちた、それも止めた。それだけで有名になって年老いた。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月28日

言霊 言霊学講話・大昔の日本は鼓腹太平の世の中

日本は大昔から民族混合の国でした、今のアメリカがそうです。三千年も前から日本は世界中の人々が集まっておりました。モーゼ、釈迦、キリスト、孔子、皆さん、いらした。

そんな馬鹿な話があるかってお思いでしょうが、モーゼなんか歩いてきても大変なのに、でも、マルコポーロは歩いて来ましたでしょ。昔は山賊っていうのはいませんでした。何故なら山賊するぐらい馬鹿らしいことはないというのが常識でした。

他人の物を盗って暮らすのは、そのような心が寂しいことをすれば、最も貧乏してしまうよ、ということがハッキリしていた時代です。だから「盗め」と言われても盗まない。「盗んでくれ」と言っても盗まない時代、だから警察は必要なかった。

小さい罪はあったでしょうが大きな罪はなかった。だから鼓腹太平で幸せな世の中を謳歌していたと書いてあります。何も要らなくなって、腹いっぱい食べたら、誰だって腹鼓を打ちたくなる、そのような時代だったと中国の古文献には書いてございます。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月27日

言霊 言霊学講話・神在月

外国の神様、天理教教祖の神懸り(お筆先)に、「この国の天皇は外国人、それがそもそも日本古来の神様のお腹立ちだよ」と書いてある。そんなことを言いましたら戦争中は捕まってしまいますから、差し障りのあるお筆先を隠してしまって今に至ります。

このお筆先が言う「日本の天皇は古来の日本の神様ではないよ、関係ないよ、外国の神様だよ、それがそもそも日本の神様のお腹立ちなんだよ」の意味は、十月になりますと出雲に日本中の神様が集まります、それで「神無月」、出雲の国では「神在月」と申しております。

話を元に戻しまして、「光」の問題、どの信仰も「光を掲げよ、真理を掲げよ、灯火を掲げよ」とか申します。真理の灯火が輝けばそれに興味のある人は「右向け右」で右を向きます。

テレビを掲げますと世界中が「テレビ」へ向きます。ケータイを掲げれば「ケータイ」へ向きます、これは物質文明の光。そうではなくて人間の心の光を掲げることによって、彼処へ行けば世界文明の一端を担える、昔、神代の二三千年前の時代では文物が日本に集まってきていた。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年02月26日

言霊 言霊学講話・神倭王朝

その発案、張本人が神倭王朝第一代の神武天皇です。その改革を計画したのが第十代の崇神天皇。そして輸入することによって文化を開始したのが第十五代の応神天皇。どの天皇にも「神」が付きます。

神倭王朝は百二十四代続きましたから、「神」の名が付く天皇はさぞかし多いと思われるでしょうが、あるグループの方たちが数えてみたら三人しかいないということを教えて下さいました。神武、崇神、応神天皇のこの三人しかいらっしゃらない。

この三人の天皇は今の日本をこのようにしようと意図し、計画し、実行した天皇です。神武天皇は神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)と申しまして、そこから神倭王朝と後の歴史家は必ず名付けるだろうと私は予言いたします。

言霊フトマニを隠した神武天皇、神として伊勢神宮に奉った崇神天皇、日本の精神文化ではない物質文化を輸入することによって、日本の国を創っていこうとした応神天皇。それでは何の神様なのか。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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