2017年05月10日

言霊 言霊学講話・イの境地を自覚する

何故、このように細かくしっかりと区別してお話出来るかと申しますと、これからお話する「禊祓」の本番、言霊の動きによって「禊祓」の行を五十の言霊が自由に踊って素晴らしい人間の現象を生み出していく前説になります。

「帰ったらカレーライスでも食いたいな」と思った、それはどういうことでそう思ったのか。言霊が物凄い勢いで頭の中でクルクル活動し、それらを全部意識して、人間の生命を直視する時にだけ出来ることです。

言霊の先天活動として母音で表せる人間の魂の故郷。尊厳、つまり宇宙。宇宙のイ段は母音であると同時に人間の知性である父韻の働きである性能、いわゆる、大自然の性能と同時に人間の知性の根源でもある。

そして、イの境地を自覚しますと大自然であると同時に宇宙を創造する役目をいたします。宇宙の創造神を想像した時、あちこちに動き回っているかと言えば、ジーッと坐っていながらに総てのことを知ることが出来る。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月09日

言霊 言霊学講話・霊葉(ヒバ)

言霊として説明がつくことが出来るならば、言霊を「霊葉」(ヒバ)と申します、光の言葉。ヨハネ伝の冒頭には「太初(はじめ)に言(ことば)あり。言は神と偕(とも)にあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り」と書かれてあります。

神である言葉、それは人の光なり。その光の言葉を加えなければなりません。外国の一切の文化を絶対に別け隔てなく吸収して、それに新しい生命を与えて、総てのどんな悪人もどんな善人も活かして、その総合体として世界の文明を創っていく。

その大事業は決してよりどのようにしたら成就し、総てを生かしていく、その時にどういう言葉を原動力して発するべきかの作業が次です。

こういうように人間は心を運んでいる、運用している詳細は太安万侶の文章から初めて「ああ、そうだったのか」と分かりますことで、世界の心理学者が千人集まりましてもこんなに詳しくは説明して下さいません。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月08日

言霊 言霊学講話・同じ言葉としてまとめる

奥津甲斐弁羅(おきつかひべら)の神、次に辺津甲斐弁羅(へつかひべら)の神・・・
 「甲斐」は地名と関係なく山と山の間の峡谷のこと。出発点の状況を結果に向かってどういうようにしたら行き着くことが出来るか。出発点から終着点にまとまるにはどういう力が必要なのか。

 この両方の力は実は分かれているものではなくて、頭の上では分かれていますが、それを推進していくには同じ言葉としてまとまらなければなりません。それには奥と辺の間を縮めなければなりません。

 回を減らすから「かひべら」、何だ、そんなことかと思われるかもしれませんが、心理学的に皆「どうしたら良いかな」の時には必ずこの操作をしています。ご自分の心をよく観て下さいませ。

参照リンク)
 言霊 日本と世界の歴史・喜んで納得してもらう
 言霊 日本と世界の歴史・何とか仲良くなりましょうよ

 自分の心の判断力の言葉によって心が動いていくには何かの助けが必要になります。それはどのような助けの言葉なのか。これからは心理上の説明ではなくて、人間の心の中に起こっていることをイ段の言霊の動きとして述べる章に入ります。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月07日

言霊 言霊学講話・始めの状況を渡していく

 こういうことから始めるのだなと分かれば、文明を創造して成功したら、こういう姿になるんだなというイメージは誰でもお分かりになる。始めが分かれば終着点が分かる、その終着点の方へ状況を遠ざける、縮めて考える。奥疎、辺疎のイメージが決まりますと、

奥津那芸佐毘古(おきつなぎさひこ)の神、辺津那芸佐毘古(へつなぎさひこ)の神・・・
 名前を見ただけでは指月の指ですから分かりません。自分が「人類則我」という立場に立ったとしたら、今の地球上の状況をどういうように変えるべきかをご自分自身が考える時、殺しても生かしても勝手です、誰にも迷惑はかからない。

 ですが、自分がアガベという最高の愛情を以て、総ての人を見る立場から自分の中に取り込む時、自分自身の身体と同じですから、始めの状況を渡していく「津」は渡す意。

 「那」は総て、「芸」は技、総ての技、「佐」は助け、「毘古」は力、出発点の持っている技を助けて完成の方向へ持っていく総ての力は「何か」を問いかける。

 「辺津那芸佐毘古」は結果として「こうなるのが良い」とするにはどういう力が、どういう助けが要るかを調べる。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月06日

言霊 言霊学講話・こういうものから始める

次に投げ棄つる左の御手の手纏(たまき)に成りませる神の名は、奥疎(おきさかる)の神。次に奥津那芸佐毘古(なぎさひこ)の神。次に奥津甲斐弁羅(かひべら)の神。次に投げ棄つる右の御手の手纏に成りませる神の名は、辺疎(へさかる)の神。次に辺津那芸佐毘古の神。次に辺津甲斐弁羅の神。
自分の身に外国で見聞きしたことを付けた自分、その自分をどういうように分析処理していけば良いかの方法を書き表したのが以上の六神の名前です。

奥疎(おきさかる)の神、辺疎(へさかる)の神・・・
 「奥」と申しますのは起きる起点になる物事の始め。「辺」は山なら登って下っていく先、物事の終わり。外国の文化を身に付けて帰って来たその自分を起源として、創造を始めようとするその出発点が「奥」。

 その状況の出発点をぎゅーっと「さかる(疎)」、距離を遠ざける、疎遠の「疎」、自分というものの出発点の方向にコンパクトにまとめて、「こういうものから始める」というのを明らかにする。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月05日

言霊 言霊学講話・判断力の基準

道の長乳歯(ナガチハ)の神・・・
 物事の連続性、関連性を調べる。
時量師(トキオカシ)の神・・・
 その外国の文化が五十音図の何処に位、位置すべきかを調べる。
煩累(ワヅラヒ)の大人(ウシ)の神・・・
 どっちでもとれるような曖昧さ、今の日本の政治家がする玉虫色の決め方でなく「どっちか」をハッキリ決める。
道俣(チマタ)の神・・・
 AとBの問題の何処が分岐点として変わってくるかを決める。
飽昨(アキグヒ)の大人(ウシ)の神・・・
 明らかに物事を一つにまとめる。

これ等、五神の説明はご興味があるなら「古事記と言霊」をお読み下さい。ここでは長くなりますので省きます。この五神の名は自分が身につけてきた、経験してきた黄泉国の文化、生産物の実体を知るための判断の基準となる鑑、判断力の基準を示した神様の名前です。

以上の五つの篩(ふるい)を通しますと物事の実相、真実の姿をハッキリ見ることが出来る。自分を無にして大方針を打ち立てて、身につけてきた文化の実相を真実の姿を見る篩を通してくると、自分が立っている状態がハッキリ分かってまいります。

分かってきましたら今度はどう扱えば良いかということが次に書いてございます。


言霊学講話「自証から他証へ」(H16年5月・会報192-03了)

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2017年05月04日

言霊 言霊学講話・生まれた時から授かっている判断力

「杖」と申しますのは、宗教書や各民族の神話で、他に剣とか。他に柱とかと申しますが、総て人間が持って生まれた判断力のことを指しています。

有名な禅語に「扶(たす)けては断橋の水を過ぎ、伴っては無月の村に帰る。」

何に扶かったのか、「杖」の判断力、学校で教わった判断力ではない、生まれた時から授かっている判断力。判断力と書かないで言い表した言葉。橋が壊れてしまった川を渡ることが出来、その判断力があるから月の出ない真っ暗な晩でも、間違いなく自分の村に帰ることが出来る。

その「杖」になった、初めの大方針、「建御雷の男の神」という音図を「衝立つ船戸の神」と掲げた大方針としたと言うことです。


言霊学講話「自証から他証へ」(H16年5月・会報192-03)

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2017年05月03日

言霊 言霊学講話・大神の意味

その大方針は何かと言うと、先に申しました主観的真理、最高の真理である自分の心の中だけで自覚した「建御雷の男の神」を掲げました。

「衝き立つ船戸の神」は「斎(いつ)く立つ」の謎です。その実体は「建御雷の男の神」と音図上では同じです。後で申し上げますが、何故「建御雷の男の神」と書かないのか。それは言霊の原理を二千年間隠す必要があったから。

某氏が代議士になりますと、代議士・某氏という名前になります。それが総理大臣になりますと、総理大臣・某氏になると同じで、某氏は変わりません。

「建御雷の男の神」は伊耶那岐命が自分の心の中だけで「これが最高だ」と築き上げた原理。今度はそれを禊祓するに当たって大方針として掲げた時に「衝き立つ船戸の神」と名前が変わりますが、本体は同じ。中身は変わりませんが役割が変わったということです。


言霊学講話「自証から他証へ」(H16年5月・会報192-03)

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2017年05月02日

言霊 言霊学講話・杖

全然、先入見なく黄泉国が創造している騒がしいけれど、とても活発な色んな産物を排出してくる実相を知った自分が、どういうように変貌したならば、黄泉国の文化を自分のものとして完全に消化して、自分という宇宙そのものが文明として完成することが出来るかを創り出そうとした自分。

他のことを他と考えない。地球上に起こっていること、宇宙に起こっていることは全て自分であるとする。そして、何の利益もなく、何も考えずに、純真な自分を変貌することによって人類文明を創造していく。崇高にして素晴らしい大事業を始める実験が始まったということでございます。
次に投げ棄つる御帯に成りませる神の名は、道の長乳歯の神。次に投げ棄つる御嚢(みぶくろ)に成りませる神の名は、時量師の神。次に投げ棄つる御衣(みけし)に成りませる神の名は、煩累(わづらひ)の大人の神。次に投げ棄つる御襌(みはかま)に成りませる神の名は、道俣の神。次に投げ棄つる御冠(みかぶり)に成りませる神の名は、飽昨(あきぐひ)の大人(うし)の神。

かれ投げ棄(う)つる御杖(つえ)に成りませる神の名は、衝(つ)き立つ船戸の神・・・
 自分自身が黄泉国の学問や色んな考え方全てを自分の身に付けていき高天原に帰ってきた。その自分が出発点とし、禊祓をしようとしている自分が変貌するのですから、どのように変貌するかの大方針を決めなければなりません。


言霊学講話「自証から他証へ」(H16年5月・会報192-03)

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2017年05月01日

言霊 言霊学講話・禊ぎ祓へたまひき

全てが一つの藝術の要素になり得るべきものである普遍的なアガベーの愛の上に立って、黄泉国の文化を吸収した現実の自分を出発点とした「人類則我、我則人類」で初めて実行できる最高のクリエイションである立場を伊邪那岐の大神と申します。
その伊邪那岐の大神の立場に立って禊祓が開始されます。

吾(あ)はいな醜(しこ)め醜めき穢(きたな)き国に到りてありけり。かれ吾は御身(おほみま)の祓(はらへ)せむ・・・
 と言った自分の身と言うのは、黄泉国へ行って色んなことを知ってしまった自分を出発点とし、知ってしまったことを如何に文明創造に摂取するのかの問題を抱えている自分の身体を禊祓する。

竺紫(つくし)の日向(ひむか)の 橘 (たちばな)の小門(をど)の阿波岐原(あわぎはら)に到りまして、禊ぎ祓へたまひき・・・
 これは天津菅麻音図のことを指しております。

amatsu_sugaso.gif説明しますと長くなりますので省きます。この伊耶那岐命本来の何の粉飾もない、文明活動に携わっていない人間の心の構造の上に立って禊祓が始まった。


言霊学講話「自証から他証へ」(H16年5月・会報192-03)

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