2018年06月09日

言霊 布斗麻邇講座・物質科学をコントロールする叡智

それをひっくり返してお話ししますと、人間は日々物質的には向上しております。もっと物質科学がどんどん進んで行きますと、素晴らしい機械も発明されるかもしれません。

現在のロケットに使われている危険な液体水素や酸素の燃料ではなくて、もっと効率の良い原子核内反応を使って、コンパクトにして、そのエネルギーを引き出すことが出来るならば、宇宙全体へ乗り出すことも可能でないとは言い切れない。

今からたかだか五十年前の終戦辺りに亡くなった方が今ここでパッと生き返って目を覚ましたとしたら、どうなりますかね!?電話を携帯して何処で話してんだか、昔は糸電話なんてもので遊びましたけど。(笑)

向こうの糸は何処まで続いているんだ、地球上の何処までも続いているよって言ったら、あまりにビックリして又死んじゃうかもしれません。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年06月08日

言霊 布斗麻邇講座・天与の判断力

真実の俺というのは大きな宇宙的な働きと同時に、自分の現象としての「食いたいな」、「寝たいな」、「あの着物が着たい、これではみっともない」と思う心全体の自分ではないのかと言えば、それも自分です。

先天構造が起こす自分の心の出来事、一生かかって出来る出来事の総和と宇宙全体が自分だと。そうすると先天と後天を含んだ宇宙全体が自分ということになります。後天は現象ですから現れては消え、消えては現れる、取り留めがない心の現象。

皆さん、心の語源はコロコロ、コロコロと変わる、今泣いたカラスがもう笑った、「あー、悲しい」と嘆いていたのに饅頭出したらコロッと変わった。お前の悲しみは饅頭なのか人もいらっしゃる。そういうように心はコロコロと変わるから実体がない。

zettai.gif実際の私とは何であるか、厳然と存在して、この宇宙から頭の天辺を通って足の爪先に通り地球の底に至るまで、ズバーッと立っている人間が生まれた時から立っている判断力の本を天之御柱、国之御柱と申します。本当の自分というのは天之御柱と国之御柱が一体となったものということになります。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年06月07日

言霊 布斗麻邇講座・先天と後天で私の総て

子音の一つ一つは国であり島である、ということになりますとこの天之御柱と国之御柱があって父韻チイキミシリヒニの天の浮橋がある先天構造、かき回して出て来た32の子音が後天の構造です。この全部が「私」の総て。

ウという「食いたいな」、「何々したいな」は人間の心で説明されるもっとも確実な欲望の世界、自分は「こうですよ」と説明できる範囲の世界です。又、欲望で起こった現象を合理的に考えるにはどうしたら良いかを考えるオでやればいい。ウオの世界は私とは「これだけですよ」と言ってもそんなに矛盾は起こらない世界です。

アという「あー、素晴らしいな!」、「富士山っていいな!」の世界は、荘厳な仏像の顔を観て「素晴らしいな!何て和やかなお顔をなさっているかな!」という感情が出てくるのは頭からかもしれません。

しかし、感情が出て来る時は頭より全身が震えます。全身から出てくると言っても間違いない。もっと自分から離れた、すごい全宇宙が誕生するような性能です。その感情が生まれるアは身の丈だけの活動だけでは考えられない性能として出てまいります。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年06月06日

言霊 布斗麻邇講座・組んで似せた

先天の十七のコトタマが活動して「ああだ、こうだ」の現象を現出いたします。一つ一つの出て来た単位の言葉のことを「国が出来た」と申します。

「タ」を発音する宇宙全体の中で「タ」と名付けられる総てが言霊タと申します。ここが難しい所かもしれません、宇宙で「タ」と名付けなければならないものの総てを言霊タと申します。

そういうことから、一つ一つは人間の心を組んで似せる、「タ」と名付けるものに似せているところから国と申します。これから推して日本の国とかアメリカの国とか北朝鮮の国とかの「国」になっていきます。

ということは日本の国と言えば、これくらいの国土の上に、こういう性質を持った民族が住んでいる、他の国とは区別するためにんでせた。住んでいる所からすれば「島」、淤能碁呂島、締めてまとめる。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年06月05日

言霊 布斗麻邇講座・言葉にする前

ここに天津神諸(もろもろ)の命(みこと)以ちて、伊耶那岐の命伊耶那美の命の二柱の神に詔りたまひて、「この漂(ただよ)へる国を修理(おさ)め固め成せ」と、天の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて、言依さしたまひき。かれ二柱の神、天の浮橋(うきはし)に立たして、その沼矛を(ぬぼこ)指し下(おろ)して画きたまひ、塩こをろこをろに画き鳴(なら)して、引き上げたまひし時に、その矛の末(さき)より垂(したた)り落つる塩の累積(つも)りて成れる島は、これ淤能碁呂島(おのろごじま)なり。その島に天降(あも)りまして、天の御柱を見立て、八尋殿(やひろどの)を見立てたまひき。

以上の文章を先月の講習会でお話しした所でございます。その話をもう一度蒸し返しまして、五母音側が天之御柱(アオウエ)、半母音側が国之御柱(ワヲウヱ)が両端に立って、間を天の浮橋(八父韻)が舌(天の沼矛)でもってかき回す。そうしますと、溜り落ちる塩(四穂)がたまって淤能碁呂島が出来た。

父韻でもってアオウエの四つの母音とワヲウヱの半母音を結び合わせるようにかき回すと三十二の島が出来る、国が出来る、父韻のチ(Ti)+母音ア(A)=タ(TiA)というように。コトタマ学では子供の音「子音」と申します。

先天構造のコトタマはウが重複しますので全部で十七ございます。「あっ、菊が綺麗だな」とか「水でも一杯飲もうかな」とかの考えが口から出てくる前の頭脳は、どういう活動をしていたか。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年06月04日

言霊 布斗麻邇講座・神性と獣性

それをとっさの判断で一人を救うために火だるまになってしまった。まだ結婚して三ヶ月の新婚だったそうです。お寺さんのお坊さんが毎日々々花を取り替えてお奉りしているようです。あのお地蔵様の前を通る方は皆手を合わせる方が多いようです。

人間は日頃思ってもいないような別のことをする可能性がある。逆に言えば、人間では出来そうにない変な恐ろしいこともする。人間では出来そうにない神のような行いをすることもある。

となりますと、どういうのが「私」で「自分」か、は難しいことになります。

そこで「淤能碁呂島」ということをもう一度、そういう面から考えてみようと思います。そうなりますと、コトタマの学問というものが人間の性格から離れた高尚な学問ばかりでないことをお分かり頂けるのではないでしょうか。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年06月03日

言霊 布斗麻邇講座・自分が自分でない状態

消防士の一人がハシゴに上って一人、二人とハシゴ車に乗せ、さて降りようとした時に、救出した人から「もう一人いる」と告げられ、その時は既に火が回っていて、これ以上この階に留まっていると危険な状況でしたが、即座に火中に戻って残っていた人を救出してハシゴ車へ乗せた。

ところがハシゴ車は定員五名で、自分が乗るとハシゴ車の滑車が上下出来ない。「俺はここに留まるから皆下りて下さい」と送り出して後、残った消防士を助けるためにハシゴ車上がった時には火だるまになって亡くなっていた。その話をお寺のお坊さんが聞いて供養のためにお地蔵様を立てたということです。

となると、ウとオに関するだけの「私」とすると、かけがいのない生命を譲るという発想は出てきません。自分が自分でない状態、自分というのがどういう生物なんだと問い正す時に現れ出てまいります。

宗教的には神とか仏とかは何処にあるのか、そうなりますと難しい宗教的な問題になりますが、「愛」を人間の心から出てきて他人に与えることは比較的に易しいことですが、自分の持っている唯一つの生命をその人に捧げてしまうということは、なかなか計算通りの中からは出てきません。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年06月02日

言霊 布斗麻邇講座・これだけの自分

そのことについてお話しをしたいと思います。昔から「人間はウオアエイという五つの次元の中に住んでいる生物だ」と申し上げました。

ウというのは欲望。オは五官感覚で起こったことを合理的に考えようとする、その理屈の世界、経験知の世界。ウとオの世界の自分、さっきも申し上げましたように「これだけの自分」ということになりますと、ウとオに生きる人間ということになります。

ところが、人間と申しますのはもっと大きな自分の「俺の俺」という関係では解釈出来ないほどの大きな力を発揮する時があります。私の面談室の前にお寺がありますが、このお寺の前に一つのお地蔵様がお奉りしております。

このお地蔵様は何年か前にある近くのマンションで火事が起こった、燃え広がりまして消防隊が繰り出したのですが、なかなか鎮火せずに最後、五六人が部屋に閉じ込められた。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年06月01日

言霊 布斗麻邇講座・私の私って何?

先月の布斗麻邇講座で「淤能碁呂島(おのごろじま)」、おのれのこころのしまり、という意味でございます。そのことで話し足りない所がございますので少し付け足させていただきます。

「淤能碁呂島がある、あっ、そうなのか」で終わってしまいますと講習会の意味を成しませんので、皆さんと一緒に考えてみたいものを取り出して、それについてのお話しをさせていただきます。

私、僕、俺と言う言葉を一日の内に何回喋るかを考えてみたこともないでしょうが、少なくとも何回は使っているはずでございます。だけど面と向かって「私の私って何?」と聞きますと正確に答えることが出来ないはずでございます。

私とは「これ」と言えば簡単ですが、大概の人は高い人で150cmから高い人で2mくらいの背丈、男か女か、人間それぞれ、とお思いになる。それはそれで本当のことではありますが、そういうことで決まらないことも、「あれ?」と疑問を思うことも、突き当たることがたくさん一生の内にはございます。

言霊・布斗麻邇「おのごろ島」(H18年10月・会報221-1)

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2018年05月31日

言霊 布斗麻邇講座・八父韻が母音に働きかけて子音を生んでいく

その島に天降(あも)りまして、天の御柱を見立て、八尋殿(やひろどの)を見立てたまひき。

 島が出来ましたから、どんな島が出来たのかなと思って、その島に降り立った。そうすると五十音の一つ一つが出来ている、全部いっぱいになっている、海そのものが一つの限定された一音一音で自分の心を満たされた。

 その一つ一つに降り立ったところ、天之御柱の活動で子音が出て来た一音一音に柱が立っていることを自覚することが出来た。島が出来て降り立って俯瞰しますと、天之御柱を八つの父韻が取り巻いて場所を指定していることが分かった。

yahiirodono.png 八尋殿を横に広げていったらどうだろう、そうしますと同じ原理が同じ大きさで何処までも広がっていく。図形で表わしても何の価値もないじゃないかと言われるかもしれませんが。

 お父さんとお母さん、お爺さん、お婆さんがいる家庭的な雰囲気、その延長で考えれば、役所でいえば区長さんもそこで働いている職員も同じ心で働いている。そうしますとその市町村は和やかな雰囲気となります。ということは総ての家庭が楽しいではないですか。

 何処まで延ばしていっても同じ原理で成り立っている所がズーッと続きますよ。それが「八尋殿」をいよいよどんどん尋ねていく、ここに立っているのが心柱、そういうことが分かりました。

言霊・布斗麻邇「子生みの準備」(H18年9月・会報220-3了)

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