2018年09月20日

言霊 布斗麻邇講座・島がある

吉備の児島から天の両屋まで合わせて六島、これで島の章は終わります。島と申しますのは説明が終わりましたが、この次の神々の生成と言って、子音を示す神様の名前がズラズラーッと三十三出てまいります。

神様が生まれ出て来る前に一つ一つの神様は子音ですから、人間の生命宇宙の何処に住んでいらっしゃるのか。それを島の名前で示しています。

津島、次に佐渡の島を生みたまひき。次に大倭豊秋津島の三つの島を生んで、五十の神様、子音を含めた神様が生まれる位置は其処で終わります。次に「国を生み竟(を)えて、更に神を生みたまひき」と言って、三十三の神様がズラズラーッとよどみ無く出てまいります。

その神様が宇宙の何処にいらっしゃるか、心の何処にいらっしゃるか、それを先に島の名前で決めてしまおうというわけです。ですから今ここで話ましても「生まれていない神様が何処にいますよ」と言っても話になりませんから、「島がある」ということだけをお話死申し上げまして、その次に出てくるコトタマが心の宇宙の何処にいらっしゃるか。

コトタマが出て来る区切り区切りにこの島の名前をあげますので、ここは詳しい話は止めにすることにします。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-3)

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2018年09月19日

言霊 布斗麻邇講座・住み良い文明宇宙を創り出していく責任を持っている人間

そのヘリまで人間が見えたということは、人間の叡智はそこまでの領域を既に自分のものにしている。そのような所へ行けるようになったとしても、宇宙上に壮大な総ての者が住み良い文明宇宙を創り出していく責任を持っているのですから人間は。

いよいよ、あの先生、頭にきたなと思われかもしれませんが。笑、だから見えるのですから、見える限りは人間の生活圏ですから。そこまでの責任を負っている人間の心は、この心から一歩も出ることはない。

もし出ることがあるとしたら人間でなくなる。そういう時が来るかどうかは知りませんが。人間がよっぽど高慢になりましたら人間が人間でなくなる。でも人間が順当な発展を遂げる限りは未来永劫、人間は人間。何にも変わることはない

 次に津島(つしま)を生みたまひき。またの名は天の狭手依比売(さでよりひめ)といふ。次に佐渡(さど)の島を生みたまひき。次に大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま)を生みたまひき。またの名は天つ御虚空豊秋津根別(みそらとよあきつねわけ)といふ。かれこの八島のまづ生まれしに因りて、大八島國(おほやしまこく)といふ。
 然ありて後還ります時に、吉備(きび)の児島(こじま)を生みたまひき。またの名は建日方別(かたひかたわけ)といふ。次に小豆島(あづきしま)を生みたまひき。またの名は大野手比売(おほぬでひめ)といふ。次に大島(おほしま)を生みたまひき。またの名は大多麻流別(おほたまるわけ)といふ。次に女島(ひめじま)を生みたまひき。またの名は天一根(あめのひとつね)といふ。次に知訶島(ちかしま)を生みたまひき。またの名は天の忍男(をしお)といふ。次に両児(ふたご)の島を生みたまひき。またの名は天の両屋(ふたや)といふ。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2了)

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2018年09月18日

言霊 布斗麻邇講座・一生かかってする仕事

おなおさんの前で「お前は商人に向かない怠け者だと言われました。教祖さまの部屋の掃除でもさせてもらえましたら」と言うので「結構ですよ」と、「かわいそうだな」とおなおさんがお付きの人に言いました。

ここは国之常立神のお住いである所を箒で掃かせていただくなんて、どんなに光栄か、分からないのでしょうが「掃除でもさせてもらいましょう」と。それは、それで結構だけど、なんとも勿体ない話だね。

これは一生かかってする仕事、これから第三文明の時代が来て、又、三千年くらい続くでしょうが、三千年後でもこの原理は生きているのですから。どんなに機械文明が発達して、地球人のロケットが月まで5分あれば行ってしまうような宇宙船が出来ても、この原理はなくならない。

永劫にコトタマの原理はなくならない。これはズーッと永劫変わることのない人間の心の構造学です。どんなに人間が進歩しましても心は変化がない。宇宙の先々は今の天体物理学から言うと137億光年、ところが宇宙は膨張しているけれども。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2)

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2018年09月17日

言霊 布斗麻邇講座・濁点の付く陽音

そういうことからこの自覚が出来ますと、最後に子音が分かってきます。子音というのは完成音。神前で何故二拍手するか、子音の二十音が分かるとコトタマ学は卒業です。神様は十が二回で二十、フトマニ、麻邇はコトタマです。

点々の濁音がつく音(カサタハ)が二十ある、その二十のコトタマが分かった時は布斗麻邇の学問を全部修了したことになる。世界文明の創造に係る方が分かる。底・中・上津見の神、最後の言霊百神に出てくる神様の名前、底・中・上筒の男の神で分かります。

俺はそんなところまで分かるはずはない、じゃ、止めよう、でも、それはもったいない。コトタマにたどり着いたということは、二千年間、切々と世の中に貢献したその徳でもって関係を持つことが出来たのに「俺はそんなのいらない」と言ったらご先祖様に申し訳ない。

「大地の母」という本がありまして、出口なおさんのひ孫さんがなおさんの一生を書いた小説です。ある大阪の商人のドラ息子が勘当まではいかないけれど、あまり働かないので「お前は商売するのを止めろ、おなおさんの所に修業へ行け」と言われた。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2)

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2018年09月16日

言霊 布斗麻邇講座・フユ

冬はどうしてフユなのか、それが分かれば震えが来るほど。なるほど、フユと名付けたすばらしい叡智、なるほど冬だな。ヒントは「フ」と言うのは春とか秋とか違って何もない、大自然の営みから離れていますから。

その思い出の言葉を「フ」、それが温泉のユ(湯)のように次から次に湧いてくる。今は冬でも仕事してますから。思い出している暇がないですから。年の瀬を越さないと大変だと忙しない。

でも、昔の冬は仕事を成し遂げて何もやることがないフツフツとポツポツと思い出が蘇ってくる。今年はこんなこともあったな、来年はこうしようかな、人生、もっとも稔りのある時。

活動した後にスーッと静まって、人間は来年こうしようという時が実は一番楽しい。これが冬の意味です。フとは何ぞや、ユとは何ぞや、を考えるとよろしいのです。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2)

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2018年09月15日

言霊 布斗麻邇講座・アーという気で秋

先生、アだけでは分からないから、何か言って下さい。あなたが「ア」と言ってわからないのであれば一日「ア」と言っても分からない。それじゃ、親切にもう一度言いますからね、私の目を見なさい、目を。「ア」、分かりましたか?

いや全然分からない。あなたは、今は落第だ、もう少し勉強してからいらっしゃい。バカにされたような。でも、よくよく考えてみればわからないのだから威張るわけいかない。「ア」と言えば誰でも分かるのですよ、あんたは分からないからダメだ。

何故、収穫の季節を「アキ」と名付けたのか。あれは「アー」という気があるから。収穫が終わって、こんなに実って「有り難いな」、仕事は終わったけれど大自然からこんなにお恵みを頂いた「アアアー、有り難いな」だから秋、誰だって分かる。

何にもない白一色の景色に梅が咲き、桜が咲いてきますと、「ハァ〜、綺麗だなぁ〜」って表面にパァ〜っと出てきて、その「綺麗だなぁ」というのが萌え上がってくるでしょう。だから「ハル、春」、よく出来ているな。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2)

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2018年09月14日

言霊 布斗麻邇講座・知ろうとすると分からない

そうしますと子音が分かってきます、子音はその見地に立たないと分からない。どんなに考えても分からない。その足場に上れば、お前分かるなよ、頼むから分かるなよと言っても分かる。

その場で観るから分かる、見上げれば分かりませんが、俯瞰すると分かる。それが子音です。そういうようにしてお勉強下さいませ。そうしますと、分かろう、分かろうとする心が自然と失せて分かってしまう。

オギャーと生まれた心に返れば立所に分かる、偉くなろう、賢くなろう、もっと物を知ろうとする心構えでは絶対に分からないことは保証します。小笠原先生の所へ行った時に俺くらい頭が良いのなら何だって分かってしまうとしたり顔で行きましたら、何にも分からない。

「アー」、先生、もう一度言って下さい、「アー」、あなたに何度言っても分かりませんよ。でも相当勉強してきましたから、もう一度言ってみてください。それなら「アー」。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2)

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2018年09月13日

言霊 布斗麻邇講座・人は今ここに生きる

人間はその時に初めて、過去から今日を経て明日に向かって 流れていくのが人生だと思っていたのがピュっと変わってしまいまして、人生は今しかないということが分かります。一期一会、今日は一回しかない、その時にあなたに会って懐かしく握手する気持ち。

この境地が分かった時に、ウオアエイが自分の心とすり合わせて分かったことになる。その境地に上がってきますと今度は物事を創造する境地、自分の生活を創造する境地ではなくて、世界を創造する境地にパッと変わります。

今まではどうしてこの借金から逃れようかなとか、どうしたらあの人をたぶらかそうかなとか、それがガラッと変わって、私はこれっぱっかな人間だ、どうみても。だけど、ものすごいお宝を頂いている、生きているというお宝はこれに勝るものはない。

有り難いな、自分の苦労がなくなると必然に自分ってどうしてこんなに幸せなんだ。そうしますと自分の幸せを考えるよりも、自分の兄弟、子供、後に遺っていく世界をどうにかならないかなと考えるようになると思います。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2)

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2018年09月12日

言霊 布斗麻邇講座・「可哀想」は人を批判する束縛から抜け出す境地

新聞に人を殺したという記事ばかり、「何で人を殺すのか」というのはウとオから観た殺された人は可哀想、殺した人は憎い、アから言えば殺された人は気の毒だ、でも殺した人も気の毒だな、一生償わなくてはならない。

警察に捕まらないでも人を殺したという記憶は消えるものじゃない。いつか仏心が出てきた時は地獄に堕ちるような、心を苛まれ生きていかなくてはならない。「可哀想」という境地は人を批判する束縛から抜け出す、これでアが分かった。

もっと進みますとエとイが分かったということになります、これがコトタマを自分の心の中に自覚する第一段階でございます。ウオからアに行きますと父韻が分かってまいります。

「お前は分かるな」と言われても自然と分かってまいります。母音と父韻が活動するとどういうことになるか。そうしますとイという境地がどんなに素晴らしいかが分かってまいります。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2)

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2018年09月11日

言霊 布斗麻邇講座・総ての人間は生かされている

人が違ってくると又、その道徳観が違いますから多様になって、その社会は闘う世界になっていきます。闘う世界は「嫌だ」とするなら、さっきのお坊さんのように空を求める。

総ての人間は生かされている、自分が生きているのではない、大自然に生かされているのだから、一本の木が枝分かれし一枚の葉っぱ同士の自分たちは、同根、同じ仲間なんだから仲良くしようよ。小便したくなった、他の人も小便したくなった、便所は一つ、「あなたからどうぞ」、それがワの心。

それが「我先」となりますと、アの境地を求める。そうなってくると人間は妙なものでアの境地は素晴らしい、今までウとオで人の批判ばかりしていた心がアの清々しい心に一歩入って、世の中って何て素晴らしいのか、というように視点が変わっていきます。

アという一字がどういう意味を持っているのか、人に教えなくても分かる。アとはこういう境地なんだ。愛と慈悲の境地から総てを、人を観る。

言霊・布斗麻邇「コトタマの自覚」(H18年12月・会報223-2)

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