2019年01月29日

言霊 布斗麻邇講座・政策転換

須佐之男の命曰く「姉君(天照大神)のやっているコトタマの原理は、非の打ち所がないほど素晴らしい。これは高天原であるから通用するのであって、物質社会では通用しない。だから、このままでは物質科学は発達する余地がない。私は、母上(伊耶那美命)のいる黄泉国の物質だけの世界へ行って対象だけの物質科学を研究する。」

そう言って、おおいに哭き騒ぐ(カサタナハマヤラ)のです。あまりに哭き騒ぐので高天原は煩くなって、高天原の伊耶那岐命は困り果てて「何故、お前は哭き騒ぐのだ?」

「姉さんのやっていることはちゃんと承認する、これは良いに間違いない、けれど、人間はそれだけで生きているわけじゃない。物ということを研究するには高天原では出来ない、母上のいる客観世界へ行って研究したい。」

「お前がそれほど言うのなら、行きなさい」ということで、物質科学研究集団とでも名付くべき須佐之男集団が日本の国を離れ、外国へ行きます。朝鮮半島から今の中国の東北部の満州を経て、中東、アフリカの西へと、物質科学は発展していきました。

布斗麻邇講座「神避り」(H19年2月・会報225-5)

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2019年01月28日

言霊 布斗麻邇講座・物質科学文明の黎明

七夕と申しますのは、どう考えても二千年以上前、日本の国に既にあったものなんです。それが中国へ行きまして、手工芸の神様になりましたが、実際の七夕の女王様は天照大神、牽牛は須佐之男の命です。

年に一度、七月七日の逢瀬を楽しむ暗示は7☓7=49、50のコトタマの数に一つ足りませんが、易経の場合は50本の筮竹から一本を取って占います。日本のコトタマ学では50より引く足すことはないので先天から後天の構造を解き明かします。

それが大昔、コトタマの原理を土台に高天原の精神文明が素晴らしい発展を遂げ、この地球上が天国そのもののように楽しい社会を構成していた頃、今から五千年位前に須佐之男の命の物質科学集団が日本の中に出来まして、先程お話ししましたように「哭き騒いだ」。

どうして哭き騒いだか、高天原の父韻はアタカマハラナヤサワの十拳剣、ところが、科学研究の父韻の並びはカサタナハマヤラの八拳剣、ウ段の父韻の並びです。

布斗麻邇講座「神避り」(H19年2月・会報225-5)

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2019年01月27日

言霊 布斗麻邇講座・大祓

北側にその杉林があって寒い風も来ないですし、良い所なので其処へ毎日お弁当を持って、会報にはそのことを書きましたように、色んな霊的なものを見せられて、先生にお訊きしたら「これはこういうことですよ、貴方はもうこのコトタマに足を突っ込んだのだから、もう自由にいらして結構ですよ。」

「貴方と私は同輩だから一緒に勉強しましよう」と言われてズーッと勉強してきました。ところが、よくよく考えてみますと、それは、生まれて今までの、その時の、忘れていた神道で言う国津罪。

国津罪と申しますのは自分が犯した、人に迷惑をかけた、喧嘩をしたりといった罪。天津罪と申しますのは、コトタマの原理を忘れてしまったために出て来た、生まれて来た時から誰もが背負っている罪。天津罪は誰が祓うのか。誰も祓わなければ言い出し兵衛が祓うしかないじゃないか。

そう思って今後の話になった。これが凄い、三千年の人類の罪穢れ、ドブドブゥーとした製紙会社が出す澱(おり)のような底なし沼の汚物が鼻つまんでも臭いようなドブドブが「嫌だ!」と拒否しても、その澱がウワァ〜と来た。

つづき
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2019年01月26日

言霊 布斗麻邇講座・無一物

誠にご迷惑をかけるかもしれませんが、お前のようなバカでも一生に一度は真剣になるんだなと思いまして。喋ってしまいましたからやらないわけにはいかない。

人間と申しますのはオギャーと言って一人で生まれてきます。大きくなるに連れ、社会に出れば、良いことも、悪いことも、ずるいこともぜんぶ身につけます。それらが心の中でぶら下がっていて、どうにもならない。

自分で考えてもゾーッとする程、ぶら下がっている。それを私の先生が禅の方法でキレイにしましょうと教えてくれて、都会にいてもいけないと筑波山の奥に行って、誰もいない所。

当時、私の家は筑波山から六厘ほど、24km離れた所にありましたから、毎日通うのは大変だから、筑波山へ行く手前に杉林があってダラダラ坂の五六十メートル、その向こうには大きな湖があって春夏秋冬、水鳥が囀り泳いでいる。

布斗麻邇講座「天津罪と国津罪」(H19年2月・会報225-4)

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2019年01月25日

言霊 布斗麻邇講座・私一人がやればいい

人間の創造意志にコトタマがあるのですから、世の中が分かるかもしれないと思って、さてやろうと思いましたら、このように動けなくなって、咳ばかり出るようになって。ここで残念ですが、裸になり、命がけで、自分の求める処をこの一二ヶ月、やらせていただこうかな、ということを思いまして皆さんにお話し申し上げた。

こんなことを言うべきでないかもしれない、何しろ、おしゃべりですから私は。そういうことで分からなければ世の中から姿を消すかもしれませんが、申し上げた決意でいます。

ところが、人間と申しますのは、ようするに「お前死ね」と言うことなんですから。ただ、都合が良いことか、悪いことかもしれないのですが、コトタマ学では「死」はないのです。死ぬということが、気持ちが死ぬということはコトタマ学をすっかり清算しなさいということです。

コトタマの先生です、ということから卒業しなさい、ピーヒャラ、ピーヒャラとやっていれば私は楽かもしれませんが。それは他の方に申し訳ない、そんな七面倒臭いことは私一人がやればいい、そういうわけで褌を引き締めてやらかそうと、皆さんにお話し申し上げた次第です。

布斗麻邇講座「天津罪と国津罪」(H19年2月・会報225-4)

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2019年01月24日

言霊 布斗麻邇講座・本当は自分がふざけている

そう云ってあげたんです、これでいくらかは分かってくださるかなと思いきや、その返事が「こりゃこりゃ」、この野郎!と思ったんですが、その方はこの仕事を始めてから二番目ですから。

そこで、ハッと気が付いた、この人は自分の身を呈して何かアドバイスをしているのかな、こんなおちゃらかしたようなことを書いてくるはずがないと思って。私もとてつもない四十五年間もコトタマ学をやらせていただいて、その間、皆さんにお話しさせていただいて「これが私の天職だ」と思っていた。

これは何てことはない、コトタマ学を教えていた、コトタマを教えていたわけじゃない、と気が付いた、そうしましたら身震いがきまして、あの人のことをふざけていると思っていたけど「本当は自分がふざけている」と思って。こんなことをしていたらとんでもないことだ。

それで「目を覚ましおれ」という言葉がピンと来ましたから、今日、お話し申し上げたのですが、何かしなくちゃいけない、真っ裸になってコトタマのことだけで物事を考えようと、コトタマはイ次元にしかないのですから。

布斗麻邇講座「天津罪と国津罪」(H19年2月・会報225-4)

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2019年01月23日

言霊 布斗麻邇講座・現実の言葉として生きている

そうしましたら、その克服するということが分からない。分からないと言っている人に何を言っても分からない。最後の手紙には「家の庭にはグミの木があります。いつでもグミの花が咲いています、けれど数年来、実をつけたことがない。」

その次に歌が書かれていて「このグミの木は何時お実を付けるやらこりゃ、こりゃ」、これはふざけてます、せっかく「一生懸命こうしたらいいですよ、と言いましたのに。どう言っていいのか分からない。

でも、よくよく考えてみれば「そうかもしれない。」生まれて此の方、一生懸命勉強してきて、そういう学問をたくさん身につけてしまって。太陽を見ていると色んな形が見えてきて、時々ユダヤのマーク(ダビデの星)が出て来てくると心の中が熱くなって、自分が何か使命を帯びているような気になる。

それが有り難くって、年中、太陽を見ている。それでも出ることは出てもご利益がないから青森県にあるイエス・キリストの墓に何度も行っている。「この間も行ってきました」と手紙が来ましたから、あなたは本当に墓の中にイエス・キリストの魂が宿っていると思うの?イエス・キリストは世界の聖者と言われる人、そういう人はお墓の中なんかに居ませんよ。聖書の中にちゃんといるじゃないですか。現実の言葉として。

布斗麻邇講座「天津罪と国津罪」(H19年2月・会報225-4)

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2019年01月22日

言霊 布斗麻邇講座・ガラクタ

よくよく観ますと、或るズーッと昔の会員の方から手紙をいただいた。その会員の方は私がこの仕事を始めさせていただいて最初にいらした方。貧乏されているみたいなので、最初に出した「言霊」と言う本を差し上げた。

そうしましたら、次の本を買おうとも何とも言ってこないので、どうしたのかなと思っておりましたら、次の本は県立図書館から借りてきてみんな写した、奇特な方もいらっしゃるな、その方が一番初めの学生さんですから、どんな成長をされるかなと思っておりました。

あにはからんや、それから十九年経ったのに「一っつも分からない。」こういう人が世の中にいていいのかなと。「分からないのは何故なんだ、原因は何だ、教えてください」と訊かれましたから、貴方の頭のなかにコトタマ学以外のガラクタがウ〜ンと詰まっていて、そのガラクタのために入る余地がないんだ。

自分でそのガラクタがあるということを意識して、そのガラクタを人に話そうとしたり私に手紙を書こうとしたら「これはダメなんだ」と自分に言い聞かせて、一つ一つ克服して清めて、一つ清まると同時にコトタマ学が一つ分かってきますから、おやりになったら如何ですか?

布斗麻邇講座「天津罪と国津罪」(H19年2月・会報225-4)

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2019年01月21日

言霊 布斗麻邇講座・ご破算に願いまして

みなさんに会報を休むなんてお知らせしてしまいましたから、内情をお話ししないと申し訳ないなということでお話し申し上げます。

実は二年前に今まで習った古事記の学問をご破算にして自分がこの生きている生命だけで、もう一度コトタマ学を組み立ててみる仕事をやらしていただこうかな、と考えまして、考えましたがゾーッとするほど大変な仕事ですから、やるのに手間取っていました。

今年の2月に突然、私が何の言う気もないのに後ろに何かがいて、急に何か変なことを言い出しまして「古事記と言霊の講習を何年間続けていただき、お祝いを申し上げさせていただきます。家へ帰ったら鯛のお頭付きで一杯呑んで、自分の学問の突始まりを祝福して下さい。もし、良かったらもう此処に来なくていいですよ。」

聞いた方は聞いたと思います。こんなことを言っていいのか、朝から言おうと思っていたわけではないのに、その時にペラペラと言ってしまった。これは自分に何かが取り憑いているのかなと思って、自分のことをよく観てみると、どうも取り憑いているわけでもないし。

布斗麻邇講座「捨象」(H19年2月・会報225-3)

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2019年01月20日

言霊 布斗麻邇講座・イザナミが神避って葬ったところ

かれここに伊耶那岐の命の詔りたまはく、「愛(うつく)しき我(あ)が汝妹(なにも)の命を、子の一木(ひとつき)に易へつるかも」とのりたまひて、御枕方(みまくらへ)に匍匐(はらば)ひ御足方(みあとへ)に匍匐ひて哭(な)きたまふ時に、
 伊耶那美命が神避ってしまいましたから、自分のカミさんを想って、泣くというのは悲しくて泣くと同時に、御枕方は母音、御足方が半母音の間を行ったり来たりして、発音したことを「哭きたまふ」と言った。

御涙に成りませる神は、香山(かぐやま)の畝尾(うねを)の木のもとにます、名は泣沢女(なきさわめ)の神。
 香山は書く山、火の迦具土の神と同じ意、ウの音の下に気が立っていますから、その本、イ段の音のことを言います。父韻のことですから鳴き騒ぎますでしょ、その結果出て来た父韻があることに気が付いた。

かれその神避(かむさ)りたまひし伊耶那美の神は、出雲の国と伯伎(ははき)の国との堺なる比婆(ひば)の山に葬(をさ)めまつりき。
 伊耶那美の神は行ってしまったけれど、何処に葬ったらいいかな、次から次父韻が出て来る処(出雲の国)と母音(伯伎の国)とが一緒になるから、子音が出て来るわけですから、そこに葬った。

布斗麻邇講座「捨象」(H19年2月・会報225-3了)

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