2020年06月28日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・第三文明への舵取り

 さて三千年の昔、皇祖皇宗の宏謨(こうぼ)による第一精神文明より第二の物質科学文明創造の時代に転換が行われて、物質科学文明の発達の基盤となる生存競争社会は時と共にその弱肉強食の相を濃くして行きました。

それにつれて競争社会の中に現れる人間の罪穢も深く大きくなって行きました。物質科学文明は私達の眼前にある如く、その絢爛たる姿を現しました。正に完成間近を思わせます。

と同時にその文明の培養土壌である競争社会の行き着く果として、地球大気の汚染、地球温暖化、人類の精神荒廃は人類全体の生存をも脅かす大罪となって現れて来ました。

今こそ人類全体に蔓延った罪穢を、人類全体が自らの罪穢であると自覚し、自らの罪の払拭に取り組まないならば、三千年の長い間幾多の犠牲を払って築き上げた物質科学文明社会も、人類全体の生命と共に消滅しなければならぬ事態を迎えました。

(次号に続く)【収載】百五十五号(平成十三年五月)

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2020年06月27日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・カバラの原理

これ等の音図は人間天与の性能表現の実相に従って同じ五十個の言霊をそれぞれ並べたものでありますから、五つの音図の中のどれ一つを知っても、思索によって外の四つの音図の構造を推定し得る可能性がありましょう。

神足別豊鋤天皇はその辺の消息を熟知した上で、モーゼには天津金木そのものではなく、ヘブライ語と数霊の法則に脚色・変化させて教え、その法則によって以後三千年にわたる世界人類の物質科学文明創造とその成果を手段とする世界の再統一の事業を委託したのでした。

民族特有の言語の法則という特殊なものに置き換えたユダヤのカバラの原理でありますから、これを如何に操作し、想像を逞しくしても元の人類共通の精神原理布斗麻邇には到達不可能な事であります。

ユダヤによる人類の第二物質科学文明成就の暁、その事業の手段である弱肉強食の生存競争の社会が遭遇する人類社会滅亡の危機を回避するただ一つの方策・原理である言霊布斗麻邇が大本教祖の謂う「九分九厘の一厘」の仕組となる皇祖皇宗の深謀遠慮を、大祓祝詞のこの天津罪、国津罪の説明の章に明らかに見ることが出来るので有ります。

(次号に続く)【収載】百五十五号(平成十三年五月)


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2020年06月26日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・外国からの特使には金木音図をアレンジし教えた

 竹内古文書には「鵜草葺不合皇朝五十八代御中主幸玉天皇の時、支那王伏羲(ふぎ)来朝、之に天津金木を教う」とあります。しかし伏羲に教えたのは言霊原理の天津金木そのものではなく、天津金木の原理を陰陽概念と数に置き換えた法則を伝えたのです。

伏義はこれに則り易を興しました。同様、「葺不合皇朝六十九代神足別豊翻天皇の時、ユダヤ王モーゼ来朝、天皇とれに天津金木を教う」とありますが、ここでもモーゼに教えたのは天津金木そのものではなく、金木原理をヘブライ語と数霊の法則に置き換えたものを伝えたに違いありません。

それが世に謂われるユダヤの「カバラ」なのであります。旧約聖書の五書に大祓の天津罪に関してとの記述がない事は以上の理由にあると考えられます。

 人間には天与の五つの性能があります。アイウエオ五母音言霊で表わします。その五つの性能の一つ一つを中心に置いた音図として、矢張り五種類の五十音図が作られます。天津菅麻(すがそ)(イ)、天津太祝詞(エ)、宝(ア)、赤珠(オ)、天津金木(ウ)の五種類です。

(次号に続く)【収載】百五十五号(平成十三年五月)

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2020年06月25日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・旧約聖書には天津罪の記述がない

 前にお伝えした事でありますが、鵜草葺不合皇朝六十九代神足別豊鋤天皇の時、ユダヤ王モーゼ来朝、その帰国するに当り天皇モーゼに詔(みことのり)して曰く「汝モーゼ汝一人より外に神なしと知れ」と竹内古文書に記されています。この勅語にありますように、五十音言霊学は「人とは神であり、同時に人である人」なのだと教えています。

その神であるべき人が我でもなく神でもない怪しい、卑しいものに自らの運命について教えを請う事など「以ての外」の事でありましょう。人としての尊厳も汚す行為であります。易を説明する「易経」の中にも「易を知るものは占わず」と警めています。

 以上でモーゼの五書と関連させた大祓祝詞の国津罪の説明を終えることといたしますが、ここで附け加えて申し上げたい事があります。
大祓が国津罪の一つ一つを簡単に列挙しただけなのに対し、旧約聖書は神エホバの言葉として詳細に説明しています。「大祓に於ける人間の罪の内容は旧約聖書を御覧下さい」と言わんばかりの関連性が窺えます。

にも拘わらず旧約聖書には大祓の天津罪に関する記事は何一つ見出し得ない事であります。と言う事は、葺不合朝の神足別豊鋤天皇はモーゼに天津罪に関する事を何も教えなかった、と解するべきなのでありましょう。

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2020年06月24日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・肉食、まじない、禁

 畜什し ── ケモノタホシ
 牛馬豚等の四足動物を殺し、食用とするととを言うのでしょう。
太古日本人は獣肉は食さないと聞いています。古書「ウエツフミ」には獣肉を食べると血が粘(ねば)る、と書いてあるそうです。

 蠱物せる罪 ── マジモノセルツミ
 蠱(まじ)物せる照とは辞書に「あやしい術で人を呪い害を加えること。まじなって人を病ましめ、苦しめ、死なせること」とあります。一般に「まじない」の事であります。

利未記に
憑鬼者(くちよせ)または卜筮師(うらないし)も恃(たか)みこれに従がう人あらば我わが面(かほ)をその人にむけ之をその民の中に絶つべし。(二十章六)

また申命記には
汝らの中間(うち)にその男子女子(むすこむすめ)をして火の中を通らしむる者あるべからずまた卜筮する者邪法を行なふ者禁厭(まじない)する者魔術を使ふ者 法印を結ぶ者憑鬼する者巫覡(かんなぎ)の業をなす者死者に詢(とふ)ことをする者あるべからず 凡て是等の事を為す者はエホバこれを憎みたまふ(十八章十〜十二)
とあります。

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2020年06月23日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・人を惑わす世迷い言

 昆虫の炎 ── ハフムシノワザワイ
 先師小笠原孝次氏は蝗(いなご)の災の事であろうと解しました。
利未記には
凡(すべ)ての人を汚すところの匍行物(はふもの)に捫(さは)れる者......(二十二章五)
と記されています。匍行物が何であるか、今のところ分かっていません。

 高津神の炎 ── コウヅガミノワザワイ
 高津神と言うと、直ぐに思いつくのは天津神の事であります。
天津神とは先に述べましたが、清浄無垢な高天原神界にある神を、即ち五十音言霊の事を言いますが、高津神とはそういう清浄な神界ではない、種々の因縁によって常に流転して止むことのない、また浄化されない霊の世界の魂のことであります。

 高津鳥の災 ── コウヅドリノワザワイ
 人と人との間を往き来して飛ぶ言霊のことであります。古事記の「天の鳥船」といえば、人の言葉を構成している五十音言霊のそれぞれの内容の事であります。

高津鳥とは清浄な言霊の自覚の裏付けのない、偏頗(へんぱ)な経験知識に基づいた主張・主義の言葉を指します。この言葉も人と人との間を飛び交って人を迷わせ、世間を騒がせる原因となります。偽宗教者、狂信者、政治的煽動者等の言動はすべてこの顔のものであります。

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2020年06月22日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・性犯罪

 己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪 ──
 この様な近親相姦の罪について大祓はただ四つの事柄を続けて挙げているに過ぎませんが、旧約聖書には詳しく説明されています。その一部を載せます。
汝等凡(すべ)てその骨肉の親(しん)に近づきて之と淫するなかれ我はエホバなり 汝の母と淫するなかれ是汝の父を辱しむるなればなり彼は汝の母なれば汝これと淫するなかれ 汝の父の妻と淫するなかれ是汝の父を辱しむるなればなり...…(利未記十八章六〜八)

この説明から直ちにギリシャ神話のエヂプス・コンプレックスを思い出す方もありましょう。

 畜犯せる罪 ── ケモノオカセルツミ
 大祓のこの罪を利未記には
汝獣畜(けもの)と交合して之によりて己が身を汚すこと勿れまた女たる者は獣畜の前に立て之と接(まじわ)ること勿れ是憎むべき事なり」(十八章二三)「男子(をとこ)もし獣畜と交合しなばかならず誅(ころ)さるべし汝らまたその獣畜(けもの)を殺すべし婦人(をんな)もし獣畜に近づきこれと交(まじは)らばその婦人と獣畜を殺すべし是等はともに必ず誅さるべしその血は自己に帰せん(二十章十五〜十六)

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2020年06月21日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・大祓と利未記

 白人 ── シロヒト
 辞書にしろなまずのある人。一説に今の白子の通、とあり。通説はないようであります。それが旧約聖書の利未記十三章を見ると、その説明が詳しく載っていて、癩病患者であることが分かります。

大祓とモーゼの五書の関係を知る上で参考となりますので、此処で引用します。
エホバ、モーゼとアロンに告(つげ)て言ひたまはく人その身の皮に腫(はれ)あるひは癬(できもの)あるいは光る処あらんにもし之(これ)がその身の皮にあるとと癩病の患処のどとくならばその人を祭司アロンまたは祭司たるアロンの子等に携(たずさ)へいたるべしまた奉司は肉の皮のその患処を観るべしその患処の毛もし白くなり且(かつ)その患処身の皮よりも深く見えなば是癩病の患処なり祭司かれを見て汚たる者となすべし......(利未記十三章一〜三)

 胡久美 ──コクミ
 贅肉(あまじし)の意で「いぼ」または「瘤」(こぶ)の意、と辞書にあります。
聖書に「エホバ汚れたる者」と定めています。

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2020年06月20日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・国津罪

 次に国津罪の説明に移ります。
国津罪として大祓祝詞には、生膚断ち、死膚断ち、白人胡久美(しろひとこくみ)、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜(けもの)犯せる罪、昆虫(はふむし)の災、高津神(こうづかみ)の災、高津鳥(こうづとり)の災、畜(けもの)仆(たほ)し、蠱物(まじもの)せる罪の十三の罪が挙げられています。

 これらの国津罪について大祓はただ十三の罪を列記するだけで、罪の内容については何一つ説明しておりません。しかし、前に述べましたように、旧約聖書の中の特に利未記にはそれぞれの内容の懇切な解説が載っています。

大祓祝詞と聖書の利未記という想像もつかぬ地球の正反対の側に位置する国の出来事の記載が、まるで判で押した如く一致している事は、太古の世界の歴史を再編成する大きな手掛かりになる事は間違いありません。時には大祓と利未記を対比させながら国津罪を説明して行きます。

 生膚断ち、死膚断ち ── イキハナダチ、シニハダタチ
 生きている人、また死んだ人の肉体を傷つける事の罪と解されます。モーゼの十戒に「汝、殺すなかれ」と書かれています(出エジプト記)。

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2020年06月19日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・何が良い事か、悪い事かの判断が分からなくなる社会現象の原因

 以上、大祓祝詞の天津罪の一つ一つについて説明して来ました。御理解頂けたでありましょうか。この天津罪について一つ附け加えておきたい事があります。

天津罪といわれるそれぞれの罪の内容は、ここ千年、二千年の歴史の中では、それが悪い事だと思われず、当然の如く行われてきた事なのであります「大道廃れて仁義あり」と言われます。

「大道」と呼ばれた言霊布斗麻邇の原理が社会の表側から隠没した後、人間社会の政治・道徳の判断をするに当り、人間天与の判断能力(言霊エ)を忘れ、その代用品として各国家の法律とか「何をすべし」「何をすべからず」の規則によって善悪の判断をせざるを得なくなりました。

そして、その代用品である、第二、第三次的な規則による人間行為の規制の世の中が長く続く事によって、人々はその規則以外に善悪判断の規準はないものと思い込んでしまいました。

第二、第三次的規準でありますから、人々は時によってその定められた自らの法律を社会全体が遵守出来ない事態も起こることとなります。「超法律的措置」という言葉が使われます。

この時、人々は「何が良い事か、悪い事か」の判断が分からなくなります。この様に現代の人に何が良く、何が悪いかが分からなくさせる原因となるもの、それが天津罪という罪なのだ、という事が出来るのです。「人間とはそも何者ぞ」という根本原理である言霊布斗麻邇の学問が復活して、ここに初めて天津罪の内容が明らかとなりました。

(次号に続く)【収載】百五十五号(平成十三年五月)

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