2017年08月12日

言霊 布斗麻邇講座・わかったかね?

どれくらいなら千三百年後に解けるだろうかを計算づくで、こじつけたのだと思います。ですから、時機がきてコトタマの原理が脳裏に初めて浮かんだ人に必ず古事記に結びつくような方策をとった。

それは、それは、絵に描いたように、ある研究がある水準に来ました時に、「分かったかね?」とお墓が見つかったという神秘です。立派なお墓で棺の中には骨と一緒に真珠が納められていた、それも特殊な保存法から墓全体が腐らない養生がされていました。

木簡を土の中に入れながら腐らないように方策がとられていて、昔の人はそういう技術を持っていたということがわかります。

NHKの「ローランの奇跡」という番組で、ミイラがまるで生きている人間のような女性を映しておりましたが、そういう技術は昔、相当発達していたと思います。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月11日

言霊 布斗麻邇講座・古事記はこじつけ

「こじき」は「古事記」と書きます、ところが戦争後はそういうことはなくなりましたが、言葉だけは遺っています。バーに飲みに行って「ツケ」にしておいてくれと、「ツケ」は「記」と書きます。

記し、書いておいて、という意味です、ということは「古事記」は「こじつけ」とも読める、太安万侶さんはこういうことも知っていたと思います。

これから世界ではいろんなことがたくさん起こることと思いますが、それを解決する唯一つの道、コトタマの原理をこじつけで書いた。実にすごい度胸です。

太安万侶さんの墓が発見されたその時期は、さっき申しました昭和五十四年の2月か3月のちょうど一年前に震えがくるほど神秘が起こりました。後ほどお話しますが。

一週間や十日に一度なら「あなたと又お会いしましょう」と一年くらいなら約束を守れるかも分かりません。ですが、こういうことが起こり、これくらいこじつけておけば、これ以上こじつけると分からないけれど、これ以下だと分かってしまう。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月10日

言霊 布斗麻邇講座・日本文に漢字のルビを振った

でも小学生の時、私はクと「マ」にアクセントが付くと教えられた。NHKのアナウンサーでもマと読んでいる。その時、私が思ったのは、奈良時代、日本文に漢字を当てはめるにはアクセントを付けなければならない。

アクセントというのは時代によって変わります。そうしますとマとクでは母音の当て漢字が違ってくる。そうしますと母音が十幾つに母音が増えてしまいます。ムシャクシャがスーッと解消されまして、あの野郎が間違っていやがったって。(笑)

このように殆ど読めない、今から二百年前の寛政の時代に本居宣長という方が現れて、苦心惨憺の末、古事記を日本語に直した。それを「古事記伝」と申します。この結果日本人なら誰しもが古事記を読めるようになりました。

ということから、日本文に同じ意味を持った漢字や発音に漢字のルビを振って、元の文章を隠してふり仮名だけの文章を古事記に遺した。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月09日

言霊 布斗麻邇講座・母音が11もあるって・・・

私達は難しい漢字、又は英語を読みます時にルビを振ります。日本文に漢字のルビを振った。例えば「國稚如浮脂而久羅下那州多陀用幣流之時」、「国稚く、浮かべる脂の如くして水母なす漂へる時(くにわかく、うかべるあぶらのごとくして くらげなすただよへるとき)と読めないことはない。

だけど、初めてこれを読んだら大概の人はうなりだしてしまいます。全文がこの調子で書いてございます。だから殆どの人は読めない。このことから今の国語学者は古事記の書かれた時代の母音は11あったとします。

今、母音は5つで間に合うはずが、一字に時により十幾字の漢字を使っている。だから奈良時代には十幾つの母音があったと主張しています、今でも。私は学者の方に話しをしに行ったものです。

「あなたの言っていることは違います、あなたの認識不足だ」と一蹴されて、ムシャクシャしておりましたらTVからアナウンサーの声が聞こえてきました。「ある子どもが山の中で熊に出合った」、皆さんは熊をマと読みますでしょ、「ク」にアクセントが付きます。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月08日

言霊 布斗麻邇講座・漢字で書かれてはいるが漢文ではない

太安万侶さんが一人で編纂したと書いてございますが、それから八年経って日本書紀が出来上がります。これは大勢の方が携わったとみえて舎人親王たちにより編纂されたと日本書紀には書いてございます。

どういう本かと申しますと古事記の方は全編が漢字で書かれております。日本書紀の方は漢文で書かれております。ですから漢文を読める方ならスラスラと読めます。古事記は漢文では読めません。

妙な作り方をしているところがミソ。よほど太安万侶さんは頭が良すぎたためか、線数百年後の日本人の子孫が気づいた時に読めるように、それまでは読めないように書いた。

説明しますと複雑になりますので、今の古事記を読まれていれば「あーあの行だ」と分かります。それは日本文にその意味の漢字、又は同じ発音の漢字を自由に当てはめた。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月07日

言霊 布斗麻邇講座・太安万侶は実存していた

その八年前に既に奈良時代に入り、太安万侶さんが一年と半年くらいで完成しましたが、そんなに早く出来るものではございませんから、宮中に歴史とコトタマ原理を研究保存してある部署があったと考えられます。

それが証拠に、歴史学者が太安万侶さんという方は実存していなかったと決めつけているきらいがございます。何故かと申しますと太安万侶さんが古事記の前文に「太安万侶慎みゝゝ申す」と言って、天皇に「このように返上いたしました」との報告書の文章の中に官位は書かれてはいるけれど役所が書いていない。

こういうことは有り得ないということから「いなかった」のだろうと。あに図らんや、昭和五十四年の2月か3月に奈良市内から向かって若草山の向こう側の田原という茶畑から太安万侶さんの墓が発掘されました。

お棺の下から出てきました銅板に「太安万侶の墓」何年何月に亡くなり何年何月にここに葬った墓誌、それは99%純銅に刻まれておりました。歴史家がギャフンとなりましたが、未だに太安万侶は負け惜しみから実在していたと言わない。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月06日

言霊 布斗麻邇講座・眠りから覚める時

今の伊勢神宮に決まりましたのは次の垂仁天皇の頃、何処の神宮にお祀りすれば良いかを思案して、私の記憶では二十何回変えて最後に決まりましたのが伊勢の五十鈴宮。そこにお祀りするまでいろんなことがあったと詳細に書いてございます。

お暇な方は神を崇めると書いて崇神天皇の章をお読みになられると良いかと思います。二千年前にコトタマ原理は世の中から失くしてしまったのですが、まったく否定してしまったわけではございませんから。

「時が来て」ということは、人類の第二物質科学文明の世の中が完成された時には又、この原理は出てこなくてはなりません。それにはどうしたら良いかの施策がなされまして、最後の施策として文章として遺すことでした。

その結果、奈良時代のちょっと前に太安万侶という方に天皇が勅命し編纂いたしましたのが「古事記」でございます。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月04日

言霊 布斗麻邇講座・隠さなければならなかった由

この原理を発見し肇国いたしましたのは日本ですから、輸出した第一精神文明の成果は世界中に広まりまして、世界中がこのコトタマ原理で平和な豊かな人類社会を営んでいた時代が五千年位続くことになります。

今から三千年前くらいでしょうか。その次に来ます人類の第二物質科学文明を速く興すためには、人間の心の中に求める精神原理では外に求める物質科学世界の競争原理が働きませんと急速な発達は得られないと分かっており、コトタマの原理を世の中から表面上隠すということになります。

それがだいたい二千年前の崇神天皇の世の中でございます。日本書紀の崇神天皇の章に、これは岩波文庫から出されている大変分厚い、左翼系の大学の先生が書かれたとみえてユニークな文章ですが、事実に関しての記述には何ら変更はございません。

崇神天皇の時代に世の中が乱れに乱れ、天皇がその時まで三種の神器を御座所に置いてあったものの「その霊力の強さにやりきれなくなった」と書いてございます。それで伊勢神宮に信仰の対象としてお祀りしたと。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月03日

言霊 布斗麻邇講座・私の歳なんてとっくに分かっているんでしょ?

大概のことはお答えできるはずでございます。私が「この学問はそういう学問ですよ」と言いましたら、今から数年前にいらした高校三年生の方ですが、地方の高校から何処の東京の大学へ進学すれば良いのかを相談に来られた、コトタマとは直接関係ございませんでしたが。

いくつ受験したのかを訊きましたら、15だと、ご両親は受験料だけでも大変だったろうと、そんな冗談をいいながら、この学問は心と言葉に関する一切の学問なんですよ、とお話して、「ところであなたはお幾つになりますか?」と尋ねました。

そうしましたら忽ち憮然とした態度で「先生は今此処で心のことは何でも分かるって言ったじゃないですか!私の歳なんてとっくに分かっているんでしょ?!」これには愕然といたしました。

そんなことが分かりましたら他の人はいらなくなりますから、そんなことを言われたことを今でも思い出します。それでも一生懸命勉強なさって大学も出られ就職もしないでアルバイトしながら月一度いらして、この学問を勉強なさっているようです。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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2017年08月02日

言霊 布斗麻邇講座・心って何だ

今から推定ではございますが、八千年〜一万年前に私達日本人の先祖が人数にして数万人、数十万人かもしれません、年月にして数十年から数百年に亘り、研究努力の結果、心と言葉に関する一切を含めた原理を発見しました。

心と言葉とどういう関係があるのか。むしろ、人間には心がある、その心って何なんだ。その心を表現する言葉との関係はどうなんだ。数千年かかったと思われますが、発見し完成した原理でございます。

この学問は心の一切を含んでおりますので、占いの分野、オカルト、霊的な現象を合理化出来る心の根本の原理でございます。

心に関する限り不明なところがなく、今後お話を進めていくに連れ、お分かりにならないこと、世の中にはこんな不思議なことがあり、それとコトタマとはどういう関係があるのかをお気づきになられましたら、ご質問下さいませ。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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