2018年07月09日

言霊 布斗麻邇講座・国民の象徴

その言葉の真髄を知らないで、皇統の云々、皇室の云々を語るのは、中にいらっしゃる方に酷い仕打ちをすることと同じことです。明治憲法の時は天皇の地位を、言葉としては違うかもしれませんが、「大日本帝国は万世一系の天皇、これを統治す」というところから憲法は始まりました。

日本帝国、今は日本国と申しますが、当時は天皇の統治下にありましたから。日本帝国は万世一系、ズーッと血筋が繋がっている。

私はよく言うのですが、フランスの凱旋門はフランスの栄光のシンボルだ、これは間違いなく合っている。フランス人は凱旋門に行くと「フランス人だ」と意識が高まるそうです。それは良いと思います。

けれど、生きた生身の人間をシンボルにしてしまった、こんな表徴の仕方は何時まで続くか、今は未だ旧憲法が意識に遺っている人がたくさんいますから、ま、これでいい、ということになっています。そんなに問題沙汰になりません。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月08日

言霊 布斗麻邇講座・日本語は日本人が作った

日本の国語、日本語と申しますのは色んな表現方法が違いましても、その言葉の中に遺っている心の血筋である「霊統」は一貫して変わらないのです。それが日本語という言葉です。

日本語は日本だけに通用して日本の国土の中で育った言葉です。外から来た言葉ではございません。このことを日本人自身が知っておりませんと飛んでもない間違いになってまいります。

インドで言われている言葉が日本語に似ているからインドから来たのだろう、船で渡ってきたのだろう、この間、ある人から北方民族から伝わった、何故そういう人達は他から来たと言いたがるのか、何故日本語は日本人が作ったとどうして言わないのか。

私は疑問ですし、不思議で仕方がない、何故ならば日本語は他の世界中の言語のどの言語とも似ていない独特のものなんです。しかも二千年前から出来上がった言葉ではないのです。五千年、八千年、一万年前から日本の国土でもって発展してきた言葉です。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月07日

言霊 布斗麻邇講座・知識と智慧

その人が言ったその場限りの発想でもって物事を決めていきますと、飛んでもないことになる。何で私がこんなお硬いことをコトタマ学から離れたことを申し上げるか、さっきも申し上げましたように、皇室の中に入った立場で言挙げしている文章に出会ったから。

皇室の中でも驚くほどギョッとする変な考え方をしている方もいらっしゃいますが、それにも関わらず皇居の中にいらっしゃる方々は、こういうことも考えているのではなかろうかを知った上での発言であることに間違いはございません。

そういうことから、この社説が最後に言っているように、静かに、日本という国、天皇という皇祖、天皇の血筋というものがどういうことにあるべきか、静かであるべきではあるけれど議論を深めて行かなければならないと結んでおりますから。

時が来れば、又、たくさんの知識を言い張る方々が出ていらっしゃると思います。出て来ることは結構なことで周知を尽くして、そういう方々の意見を集めて、それを土台に勧めていくのは結構です、ところが、その知識が知識で留まっていては飛んでもないことになる。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4了)

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2018年07月06日

言霊 布斗麻邇講座・日本語の成り立ち

これは何千年の伝統の問題。教育は明治憲法、昭和憲法と内容は変わります。ですが、変わらないものがある、それは日本の国土でズーッと生き継いで、生き継いできた、この先祖から持っている心の血統、これを霊統と申します。

これを受け継いで私達は今、過去を背負って、良いにつけ、悪いにつけ、こうやって現代に生かしていただいているのが私達ですから。その霊統というものがどういうように変化してきたか。

その中で今までの解釈は無理がなかったから、未だ実相として唱えているものがないのではなかろうか、ということを全部知った上で日本国はこういう国なんだということを発見していかなければなりません。

又、日本の国のこの営みを支えているのは何か、それを表現するのは言葉でございますから、その日本の言葉、日本語というものはどうして出来上がってきたのか。これを決定的に調べなければ、その結果というものが国民の中にある天皇の地位を定める時にものすごく影響を及ぼしてきます。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月05日

言霊 布斗麻邇講座・生きている今ここ

これでは子供が一番可哀想です。その次に可哀想なのは現場の先生、教え方は一朝一夕で出来るものではございません。その人の一生を投げ打って、心血を注いで、「こうすべきだ」を築いたものを中心に教育をしない限りはお子さんがついてまいりません。

にも、関わらず、先生の教育方針の努力を全然考えないで、努力をしない先生がいらっしゃるからかもしれないですが、どんな方であれ、その先生がやる教育なんですから、その先生の心持ちを組み入れた出来上がった改革でない限り、どうにもならない。

それを良くまとめるためには、「教育とは何であるか」、「人間とは何であるか」の周知を尽くしてそれに対してメスを入れない限りどうにもなりません。知識だけで運営されて、人間は生き者なのですから、動物でも言うことをきかなくなります。動物園の動物も知識だけでやってますと動物は狂ってしまう。

いわんや、人間のお子さんなんですから、そういう決して許されないことが今の教育現場ではとうとうと通用しております。悲しいことです。事が皇室のことになりますと教育問題どころではございません。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月04日

言霊 布斗麻邇講座・事は現場で起こる

いくら良いことでも教室の先生に出来なければ、それは悪いことになってしまいます。そういう意味で教育とは難しい問題なのです。何故難しいのか、最終的な教育の目的が何かと言えば、人間人格の完成だ、ということになると思います。

その「人格の完成」という難しいことになりますが、人格の完成の「完成」とは何ぞや、人間はどういう生物で動物であるのか。人間の心理はどういう構造になっているのか。

そういうことを全然知らないで、ただ付焼刃で「今はこうだから、こう直す、こう改めよう」と言って、直せば直すほど物事が複雑になって、何が起こるかと言えば、教室崩壊のような極端なことになってまいります。

何故かと言えばドンドン変えてしまうと、まず迷惑するのは子供です。この間まで「ゆとり」が足らないと言って「あまり詰め込むな」ということで何年か前に始まりましたが、未だその成果も出て来ない内から、今度は今年、世界の学力ランクからすると日本は相当落っこちてしまった。今度は詰め込み教育をする、又始めようとする気配が濃厚です。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月03日

言霊 布斗麻邇講座・木を見て森を観ず

そうでなくても、年に一二度は文部省で有識者会議を開いて困ったことがあると、何回も、何回も訂正しながら、学校の経営をされているわけですが、じゃ、学校の現状が良くなったか、どうも良くなっていないようだとなると、現状をハッキリと文部省に報告しないからいけないんだと、部外者が評価をするとかの話にもなっているようです。

教育というものは周知を揃えていくら研究しましても、改めようとすればするほど、薬の飲み過ぎ。熱が出れば冷ます、利きすぎれば温める事後治療にどうしても終始追われてしまいます。

どうしてそんなになってしまうのか、今の時代が異常な程、知識尊重だからです。知識がなければこの世の中生きてはいけません。しかし、重大なことを決める時に有識者が何十人か集まって、各々の知識を綜合すれば素晴らしい知識が形成されるかと言えば、これは大違いなのです。

実相は大勢の人が集まれば集まるほど、実相から離れていきます。ことに頭の良い人が集まりますと、頭が良いということは他の人より抜きん出ている。抜きん出ているということはその人でしか出来ないことを知っているということです。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月02日

言霊 布斗麻邇講座・実相は一つ

その知識を素にして「こうしたら、ああしたら」良いと言いましても、知識全体の実相を観るには中々難しいものでございます。際立って難しい事態でも真相は一つなんです。これしかないという真相が必ずあるはずです。

その真相を知識や概念の面から言えば言うほど、こんがらがってくるのです。男の継ぎ方がいないとなると「じゃあ、女にしよう」と直ぐ来るのです。それがどういう意味を持っているのか、昔からどういうことが起こっていたのか、それによって日本人の心がどう起こるのか。

そういうことを慎重に考えた上でそのように決めているのではなく、一人のパッとした発想から直ぐそれに飛びついていく。これはとてもおっかない。このことは教育問題で明らかです。

今度の総理大臣は教育制度の改革に熱心で、教育基本法の改革は必ず私が総理大臣の時に決めたいとハッキリ仰っているくらいですから。色んなことが持ち上がってくると思います。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月01日

言霊 布斗麻邇講座・重陽の節句

九月九日は中国では「重陽の節句」と申します、朝日新聞の社説です。新聞を此処で読もうとしましたが、長い文章を縮めて書いたのか読みにくい文章なので、これはたまらんと思い、録音してしまいました。

でも、意味はお分かりになられたと思います。こういうことのこれからの皇室に関することに色んな議論が、その時、その時に固まってくるのではないかと思います。

ところが今の世の中は、どうにかしようと考える時に、何時も皆さんに申し上げることなんですが、有識者と言われる成功者、いわゆる成功者を集めて、その人達の経験知を集めて議論をしていただく。そのような会議にどうしてもなってしまう。

今の時代から言えば当たり前のことかもしれません。けれど、有識者の識は知識の識です。知識というものは生まれてから今までに培った知識に過ぎない。どんなに偉い頭脳の中に、人類全体の知識が何百分の何千分の一入っているか、のように思います。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年06月30日

言霊 布斗麻邇講座・知識は真実から遠ざかる

 何時の時代からかそういう考え方に人間が自我に目覚めて神様の代わりをしだして、アとワ、お前は見られる分際なんだ、俺は見る分際なんだ、これがまだ花なら実害はないですが、戦争になり、地球全体の問題になり、自分を含んでいるのに傍観して相手のことしかみないで論じる。

 だからアメリカはイラクに大量破壊兵器などないのに戦争した。アメリカは酷いってほとんどの国が責めている、それを、やっている人、やられている人と見るのではなくて、その間に入れば、又、違ってくる。

 良い悪いと言っているのではないのですよ、そういうように見方が違ってくる。アワの段階では、見ている人が何を見るにも自分の知識を土台として考えている。だから自分の知識の範疇にないものは使えない。

 ところが、人間はこの古事記を読んだ百人に「この中にどんなことが書かれていますか」を問いますと、百人が百人各々に違うことを言います。アメリカがイラクへ攻め込んだことに「どう思いますか?」、百人が百人異なることを言います。全部が違うわけではないですが、重なりながら、皆各々の意見を言います。

つづき
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