2019年02月08日

言霊 布斗麻邇講座・鎮魂帰神

よく分かってまいります、しかも、それは五つの時ですから、親から授かったものだけではなかった。親の親、その親の親、ズーッと昔から授かったものが五つまでの本性として現れているわけです。

自分が生まれる前にどういう生活をし、どういう判断をしていたかはすぐ分かります。ただ、皆さんはお忙しいので、そんなことをやっている暇がございませんでしょうから、たまたま今までやって来たこと、話してきたこと、又、やろうとしていることを、一切合切、ご破算にしてしまって、もう一つ根本から見てみたい。

そのように思うのは贅沢と言えば贅沢、わがままと言えばわがままをやろうとする人間にとって、このことはとても為になりますし、それと同時にコトタマ学で習った知識がとっても役に立ちます。

古神道は人間の死を説かない、というのは「死」がない、お分かりにならないと思いますが、だって死ぬじゃないか、肉体は死にます、仏教みたいに魂が遺る、霊が遺る、その霊は何処に遺るのか。こうなると仏教でも分からない。

布斗麻邇講座「八・九・十拳剣」(H19年3月・会報226-1)

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2019年02月07日

言霊 布斗麻邇講座・育った環境は西洋的か東洋的か

日本語は「何処へ行くの?」、「学校」で会話が成り立ちます。西洋でも親しい人同士なら「私は学校へ行く」とは申しません。そうでない人には必ず「I think〜」と申します。何故かと言うとその自分が考えている、自分。

ここにある事態がある、それをどう判断するかの自分がある、これを自分だと思っているから。その自分が「I think〜」と言わないわけにはいかない。他人は違う、私がこう思っている。

昔の東洋思想はそういう考え方をしていませんでした。何処其処へ行く、学校へ、お寺へ、買い物へと言えば済んだものでした。それが全部西洋化してしまいましたので、「I think〜」が世界中をベタベタと収まってしまいました。世界中が地ならしをされてしまいました。

その地ならしされた考え方が私みたいにそうではなかった時代に生まれて、そうではなかった時代に育った人間は五つか六つの時に、どういう考え方をしていたか、そこに照らし合わせますと、昔からズーッと西洋的考え方の家庭で育ったか。東洋的考え方の世界で育ったか。

布斗麻邇講座「八・九・十拳剣」(H19年3月・会報226-1)

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2019年02月06日

言霊 布斗麻邇講座・「私」を言わない言語

どういうことかと申しますと、ここに起こった事実があって、これを自分がどのように受け取ろうかという時には。自分の今までの経験を総動員してこの事実を観察します。起こった事実と経験した事実の差をどういうように解消していくか。

自分が見た客観的なその姿と、自分が信じている姿の両方を肯定させる一つの立場をここに見つけることです。そこに映った目で世の中を改革し、自分を改革していく。それを正反合の弁証法哲学の方法と申します。

哲学という言葉を使いますと馬鹿に難しいように思われかもしれませんが、日本人のほとんど九割五分の方はこの考え方を使用しているはずでございます。この方法を使う方は、すぐ見分けることが出来ます。

ご存知ですか?一言で見分けることが出来ます。それは何かを問われて答える時に口に出すか、出さないかは別として「I think〜」を使う。私はこう思う、ただし、日本人は昔、「私」を言いませんでした。

布斗麻邇講座「八・九・十拳剣」(H19年3月・会報226-1)

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2019年02月05日

言霊 布斗麻邇講座・人間の考え方には三通りしかない

コトタマ学をさせていただいているお陰でそれがどういうパターンであったかがよーく分かってきました。人間の思考パターンは五十人いれば五十通り、現在の世界人口は63億人いるのですから、63億通りあると思われるでしょう。

あくまでも正面から観てそう思われるのであって、心の奥の奥の心の構造から観ますと、たった三通りしかございません。どういうことかと申しますと、コトタマ学では八拳剣、九拳剣、十拳剣の三通り、西洋哲学では弁証法六通りの考え方、東洋哲学では演繹法八通りの考え方。

もう一つは世界的には知られていませんが、西洋と東洋の原理が二つありながら、地球の人類が破綻をきたさないように、弁証法と演繹法を守っていながらピタッと保全をしている十という力がございます。

六通りと八通りのお話しは今まで語ってまいりましたが、ここでちょっと振り返りますと、正反合の弁証法哲学、今は西洋の考え方が広まってしまいましたから、地球人類の少なくとも八割以上の方は弁証法の考え方を使っているはずでございます。

布斗麻邇講座「八・九・十拳剣」(H19年3月・会報226-1)

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2019年02月04日

言霊 布斗麻邇講座・言うことを聞かない念

どういうことか、そういう生活をしてきたならば、今思うのにこういうように思うべきはずなのが、そう思わない。ということはそこに他の要素が入ってきたということが窺えます。

だけど、生まれてからの自分は現実に生きている自分ですから、それ以外のものが入ってくる余地はなかろうにと思うのですが、さにあらず、現実に頑として、今の私のことの思いに言うことを聞かないことが残る。強固に残る、それをジーっと見つめていますと。

今のお子さんはテレビがございますので知恵が早くつきます。私が子供だった頃はテレビがなかった。ラジオはありましたが高価でしたからラジオもほとんど聴かず、ラジオは大人のもので、大人の興味のある番組しか放送しなかったようで子供の時に聴いた記憶がございません。

その時代の自分はどういう気持でいたんだろう、気持ちでいたというよりは、子供にも判断力がある、父親、母親から言われて「こうだ」と言葉を返している。その返す言葉を少しずつ思い出してきますと、五歳になるかならない自分の心の判断力がどういう構造を持っているか。

布斗麻邇講座「八・九・十拳剣」(H19年3月・会報226-1)

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2019年02月03日

言霊 布斗麻邇講座・日記もやめる

その作業に取り掛かったわけでございます。やってみますと、始めのうちは妄想交々起こって吸収できないほど頭の中が一杯になって、それを繰り返し、繰り返しやっていきますと、だんだん静かになってきて、自分の心の中がだんだん整理されてきました。

そうなりますと、生まれてから今までの行いを、私は三十何歳から日記を付けだして、二月前まで日記をつけ続けており、どんなことが起こり、どんなことが起こったか、どんなことを思ったかという日記を付けてきました。

この二月はその日記を付けることも止めにしました。そういう過去からの流れを総て断ち切ってしまい、今ここで何もシガラミを持たない自分を見つめていきたい。そういう考えから日記も二月前から付けるのを止めにしました。

だいたい、生まれてから今までどういうことが起こったのか、日記を繰り返すまでもなく、自分の記憶にハッキリと映ってまいります。ところが、日記を書く、書かないことの生まれてからの記憶、現在の自分の生きている仕方がイコールにならないことがある。

布斗麻邇講座「八・九・十拳剣」(H19年3月・会報226-1)

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2019年02月02日

言霊 布斗麻邇講座・心を掴む

作ってしまいますと、こんなものか、と自分ながら驚いているわけですが、お陰さまで会報が出ている時と同じように講習会の時はお集まり下さいまして、お話しを聴いて下さるので有り難いと思っております。私のわがままをもう少しご辛抱下さいませ。

そういうわけで、昼間はどうしても雑用がございますので、坐る、座禅で謂うところの「坐る」、自分の本性を知る、自分はどうして生きていることを知る。

コトタマでは唯、今ここにいる本性を知るだけではなくて、過去、何万年に亘って自分が何をしてきたか、そして、今の歴史をどういうように自分の心の中に受け止めているか。将来、自分は何を実行可能であるかを、自分の心の中でざっと考えるのではなくて、確実にそれを掴んで、それを掴んだ立場から、皆さんのご質問にお答えしていく。

そういうことがハッキリした立場でやっていきたい、という欲望がものすごく起こりましたので、夜になりますと、早くご飯を済ませまして、六時頃からただ坐る。座禅のように「空」を知るために坐るのではなく、ただ座って自分を見つめていく。

布斗麻邇講座「八・九・十拳剣」(H19年3月・会報226-1)

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2019年02月01日

言霊 布斗麻邇講座・会報の筆を休めて

会報を休んだら少しは楽になるかなと思ったら、逆に忙しくなってしまって。電話だけでも三倍かかってきまして、これは何分かでこと済むのでけっして邪魔にはなりませんが。

この間を利用して私が生まれてから今までというよりは、生まれる前から今までの自分というものをもう一度見直しまして、この現実の世界が直面している事態をどういうように自分が考えたら良いか、処理していけば良いか、どのように関わっていくべきか。

というようなことを今までに皆様にお話ししてきたことを、もういっぺん洗い直して、もう一度新しい自分の生まれ変わった目、口で皆さんへお答えしていこうとする心がやにわに強くなりまして、自分でも分からない一月前に会報を休む行動に至ったのであります。

自分でもその前までは夢にも思わなかったことです。無理すれば会報の発行が出来ないわけはない。ですが、自分のことをご破算にしてしまって、ただ一人、キザに言いますと、宇宙と自分だけになってしまって、良い所、悪い所、間違っていた処、正しかった処を総て明らかにしたいという欲望というか、願いのために知らず知らずの内にこういう事態を作ってしまいました。

布斗麻邇講座「八・九・十拳剣」(H19年3月・会報226-1)

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2019年01月31日

言霊 布斗麻邇講座・七夕伝説

そのことを天照大神と須佐之男の命が宇宙の銀河を挟んで逢えなくなってしまう。年に一度、それを思い出すために7月7日の夕方を期して儚い逢瀬を交わした予言が七夕。時が来れば、7x7=49、その数50、易の原理(数霊)とその本となったコトタマの原理(言霊)を照らし合わせる。

須佐之男の命は「牽牛」と申します、牛は金星の王(ウ)です。織姫の天照大神(エ)は縦糸と横糸紡いで歴史を創造する。中国で謂う易の原理がコトタマの原理の成れの果てであることが分かった時、織姫と牽牛は、いよいよ第三文明の両輪になって、心と体の原理が一体となった生命原理の世の中を創造することになる。

この伝説は五大おとぎ話(桃太郎・花咲爺・舌切雀・かちかち山・浦島太郎)にも語られています。浦島太郎は違います、あれはもともとあった日本のお伽噺ではなくて、菅原道真の作ではございません。

浦島太郎については万葉集の始めに「浦島の子」として色んな歌が詠まれています。日本の国を表の島、浦島は中国のこと、中国が一番嫌がる言葉。中国は世界の真ん中だぞ、と威張っていますから。

聖徳太子は中国へ行って「日出る国の天使、昇位没する所の天使へ行かん、つつがなきや」と言ったので、当時の中国の王が「嫌な野郎だ」と怒った。日の出のことを言っているのではなくてイであるコトタマの原理が先駆けとなっている国という意味です。

布斗麻邇講座「神避り」(H19年2月・会報225-5了)

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2019年01月30日

言霊 布斗麻邇講座・神倭王朝

それがある程度の成果を得て、盛んになり、世界へ知り渡りだしたのが、だいたい三千年以上前だと推定されます。日本の国の霊知り達もその状況を無視することが出来ないので、日本の国もその風潮を受け入れなければならないということから、二千六百年前に、連綿と続いていた高天原日本の天皇の霊統が此処で切れます。

神武天皇が初代の新しい神倭王朝が建ちました。日本書紀に書かれております神武天皇の章をお読みになられますと、このことの意味がよくお分かりになると思います。「今までは我が国の素晴らしい習慣に則って政治を行ってきた、問題はなかった、けれど、これからはそうではない。そこに住んでいる民が何を欲するか、それを主眼にする政治を行う時代に来た。」

その時から世界の歴史上の指導勢力がガラッと変わる。それから六百年後に十代の崇神天皇の御代に、コトタマの原理を伊勢神宮にお奉りしてしまいました。十五代の応神天皇の御代以降は、国是が中国、朝鮮から色んな文物を輸入し、外国の文化でもって日本の国を建てる方針が決まります。

十三代、十四代、十五代の天皇の御代にどういうことが起こったか、古事記を読みますとよく分かってまいります。応神天皇から須佐之男の命の時代に入ります。天照大神は天の岩戸に引き篭められてしまう。

布斗麻邇講座「神避り」(H19年2月・会報225-5)

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