2017年05月15日

言霊 言霊学講話・音子と音名

その建御雷の後に「…男の神」という「男」が付いています。これを男女で分けますと主体の方、主客どちらが偉いのかではなく、主体を男(音の子)、客体を女(音の名)、「男」ですから主体側の真理と古事記は理っている。

ですから、それを黄泉国なり自分以外に適用したら、それが真理として通用するか、どうか、今後の話ですよということを、この「建御雷の男の神」という神様の名前で匂わしている。

これから始まる「禊祓」は、主体的な真理が客体側の何時何処で適用しても真理として使えるか、使えないかと言う実験なのです。黄泉国と禊祓の章でいよいよその実験を証明しようと太安万侶さんはしているのです。

黄泉国の客観的な物の研究の領域へ行ってしまった伊耶那美命を、主人である、夫である伊耶那岐命は追いかけていきます。そうしますと客観的な物質世界は今から数千年前に始まったばかりの未発達、地についたばかりの騒がしさ。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月14日

言霊 言霊学講話・主観側の結論

これが人間の二大思考領域。「これがお茶だ」と思ったら、「何故お茶と思ったのか」を心の方で研究する領域(ア)と「お茶とは何ぞや」のお茶を物質として研究する領域(ワ)の二つに分かれます。

sanshin.gifでも、本体の宇宙は一つ。ここに何かがあって、それが、思考が起こると同時に考える方と考えられる方に分れる。本体は宇宙生命で同じもの、でも、人間の思考の宿命として考えると瞬間的に分かれてしまう。

その純粋な主観側の結論としての「禊祓」がございますから、そのことをお気に留めていただくと良いかと存じます。

伊耶那岐命が自分の心の中で最高の心の持ち方を完成して「建御雷の男の神」という名前を付けました。今、サッカーが盛んな鹿島アントラーズの本拠地、鹿島神宮という所に奉られている神様です。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月13日

言霊 言霊学講話・高天原と黄泉国

それを古事記は五十人の子供を生んで子供の種が尽きた伊耶那美命を「御陰炙(みほどや)かえて…」と表現しています。今で言うと子宮が熱をもって産めなくなってしまった。「…病(や)み臥(こや)せり」と続いて、これは死んでしまったということです。

ですが、次の章では子供を生み尽くして死んでしまった伊耶那美命は黄泉国で活動している、これはどういうことになっているのか。一般図書の古事記の注釈では黄泉(こうせん)、冥界で生活していると日本の国文学者は説いています。

冥界ではなく、思考が働くと同時に頭の中では、考える側と考えられる側に分かれます。高天原の領域は考える側の主体側、純粋な心の領域。

奥さんの伊耶那美命が死んでしまって行ったのは黄泉の国ではなくて考えられる側の客体側の領域。物事を客観的に見て、それを研究する領域。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月12日

言霊 言霊学講話・両児島

ですが、これからの古事記は
ここに詔りたまはく、「上つ瀬は瀬速(はや)し、下つ瀬は弱し」と詔りたまひて、初めて中つ瀬に堕(い)り潜(かづ)きて滌ぎたまふ時に、成りませる神の名は、八十禍津日 (やそまがつひ)の神、次に大禍津日(おほまがつひ)の神。
この二神(ふたはしら)は、かの穢(きたな)き繁(し)き国に到りたまひし時の、汚垢(けがれ)によりて成りませる神なり。
この章は来月に持ち越しますが、このように太安万侶さんはどういうようにこの「禊祓」を説こうとしてきたか。その心の中に入ってそれを説明してみたいと思います。そうしますと太安万侶さんの結論がどれだけ素晴らしいことか。

もし、これが分かったならば、人類の指針として「衝立つ船戸の神」を掲げたことと同じくらい素晴らしいことであると、言外に太安万侶さんが教えて下さっている章です。

太安万侶さんが「禊祓」をどのように説いたかをお浚いしてお話します。
前にお話しましたように伊耶那岐命は奥さんの伊耶那美命が黄泉国へ行ってしまった。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月11日

言霊 言霊学講話・イキる

前の会報に「イる」という境地が分かったなら、人間の最高の境地と申し上げました。「イる」という境地は総てのことを分かっていて何もしない。けれど、何かやらなければならない時には、「では、な」と立ち上がる姿を日本語では「イキる」と申します。

「イる」に「キ」が入る、それは父韻の活動の総てを分かった者が人類本来の知性の根源である力動韻(父韻)を意識的に使う時に宇宙が動きます、文句なく動きます。それを自分の心の中で自覚する段階がイの次元です。

そのメカニズムを教えてくれているのは、五千年前の日本の霊知り、その教えを纏めたのが、今から千三百年前に太安万侶と言うが天才的な人が、神話というふざけた形の指月の指で古事記を編纂しました。

今までお話した「衝立つ船戸の神」から「辺津甲斐弁羅の神」までは、神様がどういう意味なのかを「察しなさいよ」、つまり「禊祓」の時の人間の心の運びはこういうことですよとお話し申し上げました。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月10日

言霊 言霊学講話・イの境地を自覚する

何故、このように細かくしっかりと区別してお話出来るかと申しますと、これからお話する「禊祓」の本番、言霊の動きによって「禊祓」の行を五十の言霊が自由に踊って素晴らしい人間の現象を生み出していく前説になります。

「帰ったらカレーライスでも食いたいな」と思った、それはどういうことでそう思ったのか。言霊が物凄い勢いで頭の中でクルクル活動し、それらを全部意識して、人間の生命を直視する時にだけ出来ることです。

言霊の先天活動として母音で表せる人間の魂の故郷。尊厳、つまり宇宙。宇宙のイ段は母音であると同時に人間の知性である父韻の働きである性能、いわゆる、大自然の性能と同時に人間の知性の根源でもある。

そして、イの境地を自覚しますと大自然であると同時に宇宙を創造する役目をいたします。宇宙の創造神を想像した時、あちこちに動き回っているかと言えば、ジーッと坐っていながらに総てのことを知ることが出来る。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月09日

言霊 言霊学講話・霊葉(ヒバ)

言霊として説明がつくことが出来るならば、言霊を「霊葉」(ヒバ)と申します、光の言葉。ヨハネ伝の冒頭には「太初(はじめ)に言(ことば)あり。言は神と偕(とも)にあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り」と書かれてあります。

神である言葉、それは人の光なり。その光の言葉を加えなければなりません。外国の一切の文化を絶対に別け隔てなく吸収して、それに新しい生命を与えて、総てのどんな悪人もどんな善人も活かして、その総合体として世界の文明を創っていく。

その大事業は決してよりどのようにしたら成就し、総てを生かしていく、その時にどういう言葉を原動力して発するべきかの作業が次です。

こういうように人間は心を運んでいる、運用している詳細は太安万侶の文章から初めて「ああ、そうだったのか」と分かりますことで、世界の心理学者が千人集まりましてもこんなに詳しくは説明して下さいません。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月08日

言霊 言霊学講話・同じ言葉としてまとめる

奥津甲斐弁羅(おきつかひべら)の神、次に辺津甲斐弁羅(へつかひべら)の神・・・
 「甲斐」は地名と関係なく山と山の間の峡谷のこと。出発点の状況を結果に向かってどういうようにしたら行き着くことが出来るか。出発点から終着点にまとまるにはどういう力が必要なのか。

 この両方の力は実は分かれているものではなくて、頭の上では分かれていますが、それを推進していくには同じ言葉としてまとまらなければなりません。それには奥と辺の間を縮めなければなりません。

 回を減らすから「かひべら」、何だ、そんなことかと思われるかもしれませんが、心理学的に皆「どうしたら良いかな」の時には必ずこの操作をしています。ご自分の心をよく観て下さいませ。

参照リンク)
 言霊 日本と世界の歴史・喜んで納得してもらう
 言霊 日本と世界の歴史・何とか仲良くなりましょうよ

 自分の心の判断力の言葉によって心が動いていくには何かの助けが必要になります。それはどのような助けの言葉なのか。これからは心理上の説明ではなくて、人間の心の中に起こっていることをイ段の言霊の動きとして述べる章に入ります。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月07日

言霊 言霊学講話・始めの状況を渡していく

 こういうことから始めるのだなと分かれば、文明を創造して成功したら、こういう姿になるんだなというイメージは誰でもお分かりになる。始めが分かれば終着点が分かる、その終着点の方へ状況を遠ざける、縮めて考える。奥疎、辺疎のイメージが決まりますと、

奥津那芸佐毘古(おきつなぎさひこ)の神、辺津那芸佐毘古(へつなぎさひこ)の神・・・
 名前を見ただけでは指月の指ですから分かりません。自分が「人類則我」という立場に立ったとしたら、今の地球上の状況をどういうように変えるべきかをご自分自身が考える時、殺しても生かしても勝手です、誰にも迷惑はかからない。

 ですが、自分がアガベという最高の愛情を以て、総ての人を見る立場から自分の中に取り込む時、自分自身の身体と同じですから、始めの状況を渡していく「津」は渡す意。

 「那」は総て、「芸」は技、総ての技、「佐」は助け、「毘古」は力、出発点の持っている技を助けて完成の方向へ持っていく総ての力は「何か」を問いかける。

 「辺津那芸佐毘古」は結果として「こうなるのが良い」とするにはどういう力が、どういう助けが要るかを調べる。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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2017年05月06日

言霊 言霊学講話・こういうものから始める

次に投げ棄つる左の御手の手纏(たまき)に成りませる神の名は、奥疎(おきさかる)の神。次に奥津那芸佐毘古(なぎさひこ)の神。次に奥津甲斐弁羅(かひべら)の神。次に投げ棄つる右の御手の手纏に成りませる神の名は、辺疎(へさかる)の神。次に辺津那芸佐毘古の神。次に辺津甲斐弁羅の神。
自分の身に外国で見聞きしたことを付けた自分、その自分をどういうように分析処理していけば良いかの方法を書き表したのが以上の六神の名前です。

奥疎(おきさかる)の神、辺疎(へさかる)の神・・・
 「奥」と申しますのは起きる起点になる物事の始め。「辺」は山なら登って下っていく先、物事の終わり。外国の文化を身に付けて帰って来たその自分を起源として、創造を始めようとするその出発点が「奥」。

 その状況の出発点をぎゅーっと「さかる(疎)」、距離を遠ざける、疎遠の「疎」、自分というものの出発点の方向にコンパクトにまとめて、「こういうものから始める」というのを明らかにする。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

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