2017年07月10日

言霊 言霊学講話・言霊の原理の言葉で引き上げる

 それと同時に、八十禍津日神、大禍津日神、神直日、大直日、伊豆能売と出てきます。アの八十禍津日神は「瀬速し」で行けない。イの大禍津日神は「瀬弱し」、遅くて行けない。それではウオエが適当だろうと決まった。

 その時に、八十禍津日神は上に五十音(アオウエイ)と下に五十音(イエウオア)の百音図にすると、言霊原理から見た外国の文化は「こういうように見える」、外国語は「こういうように表現している」。

 同じ現象なのに言霊(上・五十音)と外国語(下・五十音)の表わし方は違う、だから引き上げなければならない。外国の言葉は一地方の言葉です。世界人類に通用する言霊の原理の言葉で引き上げなければなりません。

 それを引き上げるのにこの神様が「宇都志日金拆の命」、現実的な世界の色んな言葉そのものを神名に変えて広げる人、言い換えますと、一つには奥疎から辺疎に渡す、もう一つは下の五十音を上の五十音へ引き上げて言霊で表わす、その両方をやっている役職名です。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月09日

言霊 言霊学講話・綿津見と阿曇は同じ

 金は「神名」、拆は「咲く」の当て字。外国から来た世界全体の文化の何語であろうが、その言葉を「日」である言霊によって表して、人に伝播する、知らせる、そういう役の人。これも阿曇と等しく、明らかに続けて外国の文化が表現している言葉を言霊でもって神名に直す人。

 二月ばかり前にお話しました禊祓の行法の「奥疎の神・辺疎の神/奥津那芸佐毘古の神・辺津那芸佐毘古の神/奥津甲斐弁羅の神・辺津甲斐弁羅の神」六神。

 自分が外国の言葉を知ってしまった、色んな文化を体験してしまったのが「奥疎」、禊祓の始まり。その知ってしまった自分を禊祓することによって新しい文明を創っていく。その知ってしまった文化を純粋に見て(実相)、ここから禊祓が始まるんだな、自分の身に置き換えて、自分がこうなった時に完成して終わる「辺疎」。

 こうなる為には奥から辺に渡さなければならない。その渡すことが完全に出来る言葉が「綿津見」、それと、明らかに続いて見る(阿曇)ことは同じことになります。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月08日

言霊 言霊学講話・アナ〜マナ〜カナ

 綿津見の神が原理としたら、それを実際に運用するとどういうことになるのか。
「宇都志日金拆の命」、「宇」は家、「都」(宮の子:五十音の一音々々)は言葉、「志」は言葉の意志、「日」は言霊、「宇都志」で現(うつ)し、現実、言葉そのものを言霊でもって「金拆」は神名咲く。

 言葉になる前はどういうことが頭脳内で起こっているか。言葉になる前の十七の言霊で構成されている先天音の天名(あな:ウアワオエヲヱチキヒシミリイニイヰ)が、言い出したくなってウズウズしてくると、先天は意識に捉えることが出来ない音ですから何だか分からない。

 次に「何の考えを言葉にしようとしているのかな」と未だ言葉に結びつきませんから先天をイメージ化する未鳴(まな:タトヨツテヤユエケメ)。イメージが決まっても言葉に結び付きませんから「どういう言葉でそれを表そうかな」(クムスルソセホヘ)の現象が起こり、「こういう言葉で言おう」と決定します。

 その次に、神名(かな:フモハヌ)と口に出して喋る。空中に飛ぶ場合もあるし、録音する場合もある。又は電波で世界中に広がっていく。ということは目に見える文字に出来るもの、文字ですぐ分かるもの、それを「神名」と申します。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月07日

言霊 言霊学講話・確実に目的へ渡す

 綿津見の神というのは原理ですから、神話の意味する「神様の子」と申しますのは、言霊の原理や構造を実行する人、又はその運用することを「子」と表わします。実際のオギャーと産まれてきた子ではないのです。

 原理の内容を運用する人を「神様の子」と言い表します。その綿津見の神の子である「宇都志日金拆の命」と申しますのは、ウ〜ウ、オ〜ヲ、エ〜ヱへ渡す八つの現象子音のことです。

 「此処から渋谷へどう行けばいいでしょう?」って聞かれたら、「この道を歩いて行って右に曲がれば地下鉄の駅がありますから、日比谷線から銀座線に乗り換えれば渋谷へ行きますよ」と説明されれば、後誰に聞くまでもなく、その通りに行けば渋谷へ行けます。

 エ(政治)の後天現象子音は「テケメヘレネエセ」と整っておりますのでヱに渡す大真理になるわけです。これが先天父韻の「チキミヒリニイシ」では、銀座線の築地駅で乗り換えれば良いのか分からない、迷わずピシャリと証明される。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月06日

言霊 言霊学講話・言霊五十音とそれを運用する原理五十音

 阿曇の連等が原理である綿津見の神を祖先の神様だとお奉りしている意味も分かります。ただ祖先を「有り難い」とお奉りしているわけではありません。この場合はあくまで人間の心の構造とその働きを明らかにした百の神様を「祖神」としています。

 この神様を今の神社神道は「皇祖神」と言います。昔のスメラミコトと申しますのは、言霊の五十音を自分の心構えとして自覚して、その上で政治をお遣りになっていた。

 言霊五十音とそれを運用する原理五十音、全部で百の神様が「祖神」と言いますから、役所に中で何処を分担し働いているかをも含めて、原理を施行している、原理を神として奉っている代々の一族と言う意味になります。

かれ阿曇の連等は、その綿津見の神の子の宇都志日金拆の命の子孫なり・・・
 阿曇が出てきて、綿津見の神が出てくるのは、宇都志日金拆(うつしひかなさく)の命の子孫(のち)と言うことになると、とても重要な意味がある。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月05日

言霊 言霊学講話・三つの綿津見の神と筒男の命

 八つの子音でもって明らかに目の前に示しましたよ。三つの綿津見の神と筒男の命によって禊祓は何時何処でも確実に成功しますよ、絶対の真理でありますよ、ということが確認できました。

この三柱の綿津見の神は、阿曇の連等が祖神と斎く神なり・・・
 阿曇というのは色んな所で名前が残っています。一番有名なのは長野県の安曇平野。阿曇は明らかに続いて現われる意、言霊の一音々々から言いますと。そして綿津見は、例えばエからテケメヘレネエセと続いてヱと現れる。

 ということは「阿曇」と「綿津見」は言霊学を知っていたら、同じことを言っているということが分かります。何故同じことを言うのか。「連」は昔の朝廷の仕事をやっているその役目について名前を付けられた。

 阿曇と綿津見は同じことをしているのですから、綿津見の神乃至底筒の男の命とする神話でもって証明された肩書。働きは原理ですから、その原理を応用して政治に使って運用している人に「阿曇」と言う名を賜った。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月04日

言霊 言霊学講話・三位一体

kami-naka-shimo_se.gif中津瀬の綿津見(瀬に渡して現れる)の神と申しますのは、底津綿津見の神・中津綿津見の神・上筒津綿津見の神のことです。三つの瀬の内、上津瀬(ア)は速し、下津瀬(イ)は弱し、禊祓には適当でないことを確かめた上で、中津瀬のオ〜ヲ(上筒)、ウ〜ウ(中筒)、エ〜ヱ(底筒)の流れが禊祓に適当であるということが分かりました。

次に水底に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、底津綿津見の神。次に底筒の男の命・・・
 エから始まり「テケメヘレネエセ」で終わる(底筒の男の命)。「テケメヘレネエセ」の現象を通して禊祓は確実に成功しますを確認する底津綿津見の神。

中に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、中津綿津見の神。次に中筒の男の命・・・
 ウから始まり「ツクムフルヌユス」で終わる(中筒の男の命)。「ツクムフルヌユス」の現象を通して禊祓は成功しますよ、確実に「イケる」と確認する中津綿津見の神。

水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、上津綿津見の神。次に上筒(うわつつ)の男(を)の命・・・
 オから始まり「トコモホロノヨソ」で終わる(上筒の男の命)。「トコモホロノヨソ」の現象を通して禊祓は成功しますよ、確実に「イケる」と確認する上津綿津見の神。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月03日

言霊 言霊学講話・総結論の仕組み

何故、「禊祓の総結論の三貴子が出てきて完成しますよ」と言うべき所にこの三行を付け加えたのか。それを一言で言いますと、こういう原理が打ち立てられた後は「長く世の中から一旦、隠されてしまいますよ」ということを含んでいるのです。

又、言霊の原理が日の目を見るようになった時、この原理によって世界人類の歴史が現実に創造されていく時には、こういう役所が世界文明を創造する働きになりますよ、それを謳った文章です。

ですから全然関係がないことではなくて「総結論が三人の筒男の神として、それが実際に今後活動する時が来たならば、こういうような仕組みですよ」と述べた文章です。

一見読んだだけではこういうことになるということは何処にも書いてございません。言霊学から説明させていただきますと「成程な」とお分かりになると思います。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月02日

言霊 言霊学講話・挿入文の意味

先月で底・中・上筒の男の命が終わりまして、その三つの命が古事記の禊祓の最終的な内容になるものです。そこでその次の三貴子(みはしらのうずみこ)の天照大御神、月読命、須佐之男の命が生まれて来るはずなのですが、その前に次の三行ばかり、禊祓とは関係がないように見える文章が挿入されております。

それは何故なのかが分かってまいりますと、太安万侶さんが挿入文を入れた訳が分かってまいります。言霊の原理が現実の文明創造を人類史上行われることになりますと、実際どういうことで世界各国から文化が集められて、人類の文明として創造されていくかのメカニズムは「こうなのだ」と示唆した三行です。

この三行のちょっと前から読みます。
次に水底に滌(すす)ぎたまふ時に成りませる神の名は、底津 綿津見の神。次に底筒の男の命。中に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、中津綿津見の神。次に中筒の男の命。水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、 上津綿津見の神。次に上筒の男の命。

この三柱の綿津見の神は、阿曇(あずみ)の連(むらじ)等が祖神(おやがみ)と斎(いつ)く神なり。かれ阿曇の連等は、その綿津見の神の子宇都志日金拆(うつしひかなさく)の命の子孫(のち)なり。その底筒の男の命、中筒の男の命、上筒の男の命三柱の神は墨の江の三前(すみのえのみまへ)の大神なり。

言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

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2017年07月01日

言霊 言霊学講話・十七文字で心の宇宙の情景(空相)を表現できる

又、丈草の俳句にはすごい切れ味の良さが見られます。「水底の岩に落ち着く木の葉かな」、寂しい辞世の句。自分が一生懸命有名になりたいと働いたけれど、枯れ葉が水の上に落ちて、最後は水底の岩の上にひっかかってやがて朽ちて溶けてしまうような運命なのだ。

俳句は五七五の十七文字で心の宇宙の情景(空相)を表現できる素晴らしい至難の技、神様の技と言っても良い。

「桐一葉落ちて天下の秋を知る」。今まで遮二無二に働いてきて、自分も生かされていた、澄んだ空気の下、風もないのに桐の葉がガサッと落ちる音を聞きながら、心も澄ますことも出来るんだなあ。

そのように素晴らしい感性を俳句は作れます。その人間の素晴らしさ、生きていて良かったという素晴らしさは、この五七五の十七文字にある先天の素晴らしさにある。

宇宙がどよめいて雷がピカピカと光る、そうしますとゴロゴロ。昔の人は頭脳の発想を雷光(いかづち)に喩えた。ピカピカッ、ゴロゴロと言葉が出て来る。大自然の現象を人間の生命の営みに当てはめて、何も自分の感情を言い表さないで、その感情以上の感情を表わす。この藝術の素晴らしさは日本語でしか出来ない。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-05了)

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2017年06月30日

言霊 言霊学講話・アの宇宙

そのように日本語は奇妙奇天烈とも思える神の技とも言える機能がある。自分のお好きな俳句を頭に描いていただくとお分かりになると思います。

私の好きな俳句、「夕立の後追う小草の入日かな」、夕立の後に丘の上の一本の小草の中に入っていった。今此処で小草の中に大きな宇宙が入っていった。壮大な天体ショウを見るような、それを愛でる人間のアという心、十七文字で見事に描き出す。

長い間、病気で臥せていたある方が快気したのでお手紙をいただいた。仕事に復帰したのは良いのですが、その会社がつぶれる寸前で、その救済に親会社から猛烈社長が派遣されて、真夜中まで連日酷使された。それで能率が上がるのでもない、ただ資料をひっぱたいているだけで。

私はお手紙の内容に触れずに蕪村の有名な俳句、「春の海終日のたりのたりかな」を添えて返事を書きました。春のポカポカとした浜辺で欠伸が出るような長閑でノンビリしている。ノンビリしない人のことを考えると、世の中はたいそう騒がしいのだなと何の責任もなく見ているようだ。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-05)

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2017年06月29日

言霊 言霊学講話・言葉に発する前の人間の心の構造

人間の万物を発想する機能、文化文明を創るのは言葉によって行う。言葉がなければ文明文化はございません。パントマイムは言葉があるということを知った上で成り立っています。言葉がなければ何の面白みはございません。

ヨハネ伝の冒頭にございますように「太初(はじめ)に言葉あり、言葉は神と偕にあり、言葉は神なりき。」言葉が総てなのです。万物の霊長と言われる所以は人間に言葉があるからです。でも、アメーバにも言葉がある。

ただし、人間のように人間の生命の総てを言葉で表わすことが出来る言葉を使えるのは人間だけです。その言葉の中で物事の原動力となる人間の発想以前、言葉に発する前の人間の心の構造、頭脳内の構造と言ってもいい、それが十七の言霊で出来ている。

先天構造は五母音、半五母音、八父韻の言霊からなります。全部で十八ですが、半母音のウは重複しますから勘定しません。言葉に出して現象が起こる前の人間の心の働きの構造です。先天構造のリズムを言葉として発露したのが俳句です。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-05)

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2017年06月28日

言霊 言霊学講話・何故俳句が五七五の十七なのか

何故俳句が五七五の十七なのか、何故五七五七七の和歌が三十一文字なのか、それは絶対にそうでなければならない理由があるから。

五六五でも、十七文字を承知の上なら字余りで十八文字になろうが、山頭火のような自由詩でも結構です。でも、十七文字の本意を知らないで作ったら空中分解する第二芸術になります。

五七五は人間の生命が乗っているリズム、野上弥生子さんという百歳くらいまで生きられた小説家が、芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」は芭蕉が俳句の真髄を得た瞬間の句であると、素晴らしい筆でもって表した文章を読んだことがあります。

古池に蛙が一匹飛び込んだらポチャンと水の音がした。これを五七五で読みますと「ふるいけや かわずとびこむ みずのおと」、蛙が飛び込んだ水の音の余韻が宇宙に反響するような、何千年、何万年も前から人知れず在ったような未踏の古池の光景を音まで映し出す。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-05)

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2017年06月27日

言霊 言霊学講話・虫の鳴き音を歌だと聞こえる

と同時に、例えば黄色の「キ」、この宇宙全体の中で凡そ「キ」と名付けられるべき内容を総て言霊キが握っている。説明するのは難しいですが、日本語の「ア」が含まれる言葉の意味は変わらない、何処にどう使われていても変わらない。その「ア」という光を放っている。

コトタマ学が分かりますと、コトタマの光そのものが分かりますから、嘘が通用しないと同時に、嘘が本当のことの手助けをしてくれます。外国語はそういうことが無きにしも非ず、日本語ほどハッキリはしません。

日本語を使わせていただいているがために虫の鳴き音を歌だと聞こえる。これは日本語以外の言語では解せない。

俳句という藝術があります。京都大学の桑原先生は、俳句は第二芸術であると、俳句が何故五七五なのかを死ぬまでご存知なかったから、そのようにおっしゃったのだと思います。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-05)

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2017年06月26日

言霊 言霊学講話・本当も嘘も分かるから真実

日本語を作る日本語の語源となる言霊布斗麻邇の原理だけは永久不変です。この原理を知った上で、その時々の日本語を使うのであれば昔と同じように、威力のある、先ほども申しました伊豆能売(イズノメ)の言葉でございます。

どういうことかは、ご自分が五十音の一音でもお分かりになりますと「素晴らしい」ということが、口でいくら「素晴らしい」と言っても形容できない言い表せない程、素晴らしいのです。それはこの原理を知って日本語を使いますと、どんなことを喋っていても、その話の内容の本当か嘘が全部分かります。

本当だけが分かるのではありません。本当も嘘も分かるから真実です。そうなりますと嘘を言っても始まりませんから、嘘を含めた本当、嘘が本当のことを言う一つの手段になる。

影は光を表わすための一つの手段として考えれば、影を持っていることは表の光を引き立たせるためであるように、どんなに大嘘を付いても真実が分かった嘘なら、それは嘘にはなりません。というようなことが分かります。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-05)

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2017年06月25日

言霊 言霊学講話・布斗麻邇(フトマニ)

それでも結構ですが、日本語の価値をご存知ないからそういうことをおっしゃっている。日本語を今の宝石で喩えますと今ある宝石では喩えようがない程、価値のある言語です。

右翼の方が「日本人は偉い」と申しますが、とんでもない、日本人は他の世界の人々と較べて「偉い、偉くない」とかを比べるものは何も持ち合わせていません。けれど、日本語が素晴らしい。

この日本語によって築く文明、文化の価値が分かれば、言霊の原理を知って日本語を使うようになりますと物質だけでない精神文化においても、人類は素晴らしい飛躍を遂げる原動力となるのが日本語です。

昔の日本語は今私達が使っている日本語とはまったく違う日本語だったようです。それは万葉集を見ましても想像できますが、どの時代に於いても言葉は変遷しますから違っていてもかまいません。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-05)

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2017年06月24日

言霊 言霊学講話・日本語が国語である意味

これから先の古事記の話を後四十分ありますから、先に申しました三行の挿話の部分をお話しようかと思います。今後の世界が新しい世界に入った時にはこの三行が、ものすごい光を放つことになります。

この三柱の綿津見の神は、阿曇(あずみ)の連(むらじ)等が祖神(おやがみ)と斎(いつ)く神なり。かれ阿曇の連等は、その綿津見の神の子宇都志日金拆(うつしひかなさく)の命の子孫(のち)なり。その底筒の男の命、中筒の男の命、上筒の男の命三柱の神は墨の江の三前(すみのえのみまへ)の大神なり。

どういうような手繰りで世界全体の文明を創るかということを実行していったか。そういうようなことを行う役所はどういう機能なのか。時が来ればこうなるであろうとこの三行を挿れたのだと思います。

それはどういうことかと申しますと、私どもが日常使っている日本語、言霊の原理から申しますと素晴らしい言語であるという裏付けになります。この日本語を文部省の中には「小さい時から英語にしてしまったらどうか、エスペラント語にしたらどうか」というような意見をお持ちの学者さんがいらっしゃるようです。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-05)

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2017年06月23日

言霊 言霊学講話・三貴子(ミハシラノウズミコ)の誕生

伊耶那岐命は伊耶那岐の大神として検証いたしましたことを総て以上でやり終えました。「してやったり!」これから総結論であります「三貴子」の誕生となります。

これが成功し、万物に、何処へ行っても間違いない人類文明を創造する神様の名前が、学問では「月読命」、産業・経済では「須佐之男の命」、道徳・政治では「天照大御神」と申します。

ここまで人間がスーッと「三貴子」まで生まれるのかというと、古事記に三行ほどの挿話が入っている。この辺が奇妙奇天烈、太安万侶さんの真骨頂なのですが、これは来月にお話しようかと今、迷っています。(笑)

こういうことから、一点の疑いもなく、人間の心の隅から隅までほじくるようにして、ここまで完成してまいります、これが禊祓です。


つづき
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2017年06月22日

言霊 言霊学講話・自証から他証

伊耶那岐の大神は「禊祓」をする前から「建御雷の男の神」から「こうなるであろう」という確信を既に持っていた。だから「衝立つ船戸の神」として禊祓の指針として高く掲げて「〜であろう」と予想し、検討したことがその通りになった。

そうなりますと、俺の主観的な原理は、何時、何処でもどんな文化を吸収しても同じような経路を辿り、同じように成功するのだから、主観的であると同時に客観的ということは絶対的必要にして十分な原理であることを確証した。

中に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、中津綿津見の神。次に中筒の男の命・・・
 ウ段で検証されましたのを「中津綿津見の神」と申します。その経路を示すのは「中筒の男の命」、その子音の並びは「ツクムフルヌユス」です。どんな外国の産業・経済もこのような手順を踏めば人類総てのものになり得るということが分かった。

水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、上津綿津見の神。次に上筒の男の命・・・
 黄泉国の学問を人類全般の学問として、高天原の精神構造に組み込むことが出来るオ段で検証されました「上津綿津見の神」、子音の並び(上筒の男の命)は「トコモホロノヨソ」です。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-04)

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2017年06月21日

言霊 言霊学講話・筒の男の神

次に水底に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、底津綿津見の神。次に底筒の男の命・・・
 エ段で検証されましたのを「底津綿津見の神」と申します。底のエ段において渡して現れる、証拠がちゃんと現れる神様。伊耶那岐の大神が「これで完全だ」と確信を持てた。

 何故、確信が持てたのか、それは父韻でも母音でもない、現象子音でもってその証拠が現れましたから間違いない。エ段においてはこういう現象が起こることが分かってしまえば、これは云々する必要はない真理です。

 証明が済んだ実際の現象の続きを「底筒の男の命」と申します。「筒」と言うのは八つの子音が一つのチャンネルのように続いて現れる、その子音の並びは「テケメヘレネエセ」です。間違いなく「いける」にはこういう経過を辿りますよということです。

 今まで伊耶那岐命の心の中だけの最高の精神真理でありました「建御雷の男の神」の音図が、実は全然性質の異なる黄泉国の文化を吸収するにあたっても、同じような経過し、同じような結果が出て来る。これは「間違いない」と証拠だてたのがこの「筒の男の神」です。

 エ段の子音の並び「テケメヘレネエセ」は古事記に書いていないだろうと思われるでしょうが、そこが太安万侶さんの特有の言い回しです。


言霊学講話「三つのチャンネル」(H16年6月・会報193-04)

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