2017年04月15日

言霊 言霊学講話・十拳剣(トツカノツルギ)

これを何千年も前に日本人の祖先として、父の名として「イ字本不生」。人間の最高の魂の存在であるイの次元、宇宙の働きとして「チイキミシリヒニ」の八父韻。

このお父さんの存在を二千年前に神倭王朝第十代崇神天皇が隠してしまいました。何処に隠したか、伊勢神宮の本殿にある八咫の鏡として隠してしまいました。八父韻を表わす八咫の鏡は八角形をしています。

八咫の鏡である太祝詞音図は八父韻の両側に母音と半母音がありますことから十拳剣、拳を十連ねた剣として言い表しています。

父韻はイ段にありますので一番上の、伊勢神宮の内宮本殿の屋根に鰹木(数招き)が十並んでいます。「招き」(おき)は、招待、こっちへ来いよ、来いよ、手へんに召す。伊勢神宮の本殿に十本、外宮は九本(九拳剣)、この数の違いは本に書いてございますので、疑問に思われましたらお読み下さい。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-0了)

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2017年04月14日

言霊 言霊学講話・父の正体

お母さんは分かった、でもお父さんは天の彼方の神、崇めることしか出来ないということになります。私は宗教についてはまったくの素人ですから間違っていましたらごめんなさい。

ですが、言霊の原理から見ますとそれが世界の現状です。では、もう一つ進んで、お父さんも同根なら本当の兄弟です。それには二千年間完全に世界から姿を消しており、また言霊の原理が蘇りませんと、「お父さんも同根なり」を自覚出来ません。

宗教と言霊の原理は何処から違っているのか、この父の名が「あるか、ないか」、「天にまします父なる神よ、その名を崇めさせ給え」の神様の名は八つの父韻を指します。

父韻は人間の心の一番奥底にあって、総ての人間の心の営みを創造する、クリエイトしていく原動力となる火花です。捉えようがないのです、心の奥でパチパチッと光る火花。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月13日

言霊 言霊学講話・宗教では存在しない父

ウオの世界に自分が「嫌だ々々」と言っていたその知恵に頼らざるを得ない。世界的な宗教団体に私も出席したことがありますが、「我と汝同根、また奇特なり」と言った人なのかと思えない程に喧々諤々、疲れてしまうと「もういいや、又にしましょう」ということになる。

それが今の宗教界の実情です。宗教はアを求めるには頼らざるを得ません。けれど、宗教では世界は治まっていかないということがわかってきます。何故ならば、お前と俺は同一のお母さんと知りました。

ところが、お父さんはどうなのか。世の中にはお母さんは同じでもお父さんが違うという人はたくさんいます。これが皆目わからない、この世に存在しない、宗教では存在しない。

キリスト教の最高の祈りとして「天にまします父なる神よ、その名を崇めさせ給え」、天にいるお父さんの神よ、その名前を崇めさせて下さい。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月12日

言霊 言霊学講話・アの境地に達しても授かっていない

「我と汝同根、また奇特なり」を知ったのに何故世界には戦争が絶えないのか。諍いが少なくなるどころか多くなるばかりなのか。「愛」を知りましたが、何故「愛」の下に戦いのない世界を創る智慧がないのか。

愛と慈悲の心に変わりはありませんが、このウオの世界を仲良くさせよう、諍いのない世界にしようとする時に、ウオの矛盾に苦しんでアの境地にいった人が、否応なしにまたウオの世界の知恵に戻ってしまいます。

ウオの世界の知恵しか持ち合わせていない、そこに矛盾があります。経験知の世界は各々が主張をしますと必ず争い事が起こることを知りながら、それが嫌だからこの平等の愛の世界を求めたはずなのに。

自分は兄弟であることを知りましたから、自分は争い事をしない、でも、年中争っている世界をどのようにしたら良いのかの智慧、それはアの境地に達しても授かっていない、自覚していないということに変わりはございません。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月11日

言霊 言霊学講話・宗教の教えにない

その素晴らしい世界がアの世界。ところがアを知れば戦争がなくなるのか、何千年も前から「また奇特なり」と言いつつ、世の中に戦争は絶えません。何故絶えないのか、兄弟同士で喧嘩するのが誰も良いとは思っていませんが、戦争をなくす手立てを知らない。

アという世界から観ると、兄弟として生まれながら、お互いが兄弟であることを知らない。少なくともアという段階に来た時に、初めて兄弟だということを知った。ところがこの兄弟であるということに矛盾がある。

iwasaka.gifそれは宗教では教えてくれない言霊布斗麻邇独特のもの。人間の心の先天構造十七言霊(ウ・アワ・オエヲヱ・チキシヒイミリニ・イヰ)、何方でも生まれながらに授かっています。

ウオアと反省していき、アの段階で自覚できた時、これは母音ですから、人間ならお母さんは同じお母さん、兄弟がてんでバラバラになって、ある時に出会って戸籍を調べたら「どうやら兄弟らしい」ということです。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月10日

言霊 言霊学講話・我と汝同根、また奇特なり

「宇宙が始まって以来あるのがアですよ」という意味ですから、アが世界語(ミダ、ーメン、ラー)になる大本は「阿字本不生」で説明がつきます。

このアの世界が分かりますと、自分の生命の根源が「ア」ということ、広い々々宇宙が自分の心の住処だと自覚しますと、自分だけが住んでいるのではなくて、あいつも住んでいるということが分かります。

心はどの人間も心の根源は同じ根っこから出てくる、ただ枝葉として違うだけ。禅語では「我と汝同根、また奇特なり」と申します。奇特と申しますのは「有り難い」と言うことです。

「お前と俺は同じ根っこから出ている兄弟なんだ、なんて有り難いことだ、兄弟なのに何でそんなに諍って戦争したり、喧嘩したり、殴り合いしたりするんだ。止めようじゃないか」ということに気がつく、これは素晴らしいこと。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月09日

言霊 言霊学講話・生まれながらに自由なア

世界的な単語は他にたくさんございます。仏教、ヒンズー教ではマニ(麻邇)、キリスト教ではマナ。それぞれの宗教の教義は違いますが、人間の究極の言葉という意味では同じです。

アは人間の理屈を超えた世界、だけど厳然とある世界、この世界に入りますと個人的なウオの束縛がフッと消えまして、自分の本生が宇宙であるということ現実に悟ることが出来る領域に飛び出します。

仏教ではそれをアが付く「阿闍梨」(アジャリ)と申します。比叡山の千日回峰行を完了したお坊さんは明治時代以前では、大きな阿弥陀様の世界、宇宙を知った方は「大阿闍梨」の称号を賜って、天皇の前に草履履きでお目通り出来たお許しをいただいた。

アを知った人という意味です。高野山真言宗では「阿字本不生」と申します。「アという音は元々うまれないんだよ」という意味です。「生まれない」ということは本からある、「生まれる」のは今ままでなかったけれど、ここからいるということです。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月08日

言霊 言霊学講話・あるがまま

宗教は自分ならざる存在、神を認めること。そうしますと人間の合理性では掴むことが出来ないもの。むしろそれを逆に申しますと、人間の合理性をそこから与えられている世界を求めるようになります。

その宗教の世界、合理的ではないが実際に人間が生かしていただいている実力の世界。それはアの世界。生まれながらに具わっていますが、ただ自覚をしていない、ですが、ウオの下から上がってきましてアの世界を求めるようになります。

アの世界とは「ー」、形容が付かない、「イー」とは申しません。不思議だなと言う時には「オー」、不思議さがないと「アー」、宗教的な言葉には必ずこの「ア」が付きます。アーメン、阿弥陀(アミダ)、アラー等々。

日本語じゃないのになぜ「アーメン」なんだ、昔、「ア」という一字は世界語でした。宗教的な言葉には「ア」が付きました。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月07日

言霊 言霊学講話・物事を合理性をもって理解しようとすると合理的でないものに突き当たる

話に聞いたことがありますが、世界人種の中で効率を求めて止まないのはドイツ人だと。そのドイツ人社会では一番世界で迷信が多いのだそうです。私はドイツへ行ったことがないので事実かどうかは知りませんが、理屈では理解が出来ます。

物事を合理性をもって理解しようとしますと、合理的でないものに突き当たります。この合理的でないものは合理的な考え方の一番の限界です。そこに迷信というものが起こります。

野球選手も優勝するまで髭を剃らないなんてことを言います。でも、優勝することと髭を剃らないことは何の関係もございません。でもそれに頼らざるを得ない。一生懸命練習して、これ以上練習のしようがないほど練習したけど、だから勝つというわけでもない。

では、験を担ぐ、いわゆる、合理的でないものに頼ることになる。それに頼らないとなんとなく自信がもてなくなる。又は、この道を通って球場へ行くと負けるということで、この道は通らないというような野球選手も多いようです。これは不合理です。

ですが、その合理性を求めて他の人間宇宙があるのではないか、その世界を求めると、これは宗教というものに突き当たる。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月06日

言霊 言霊学講話・不合理なウとオの世界

この「ウ」の宇宙から人間の性能として何が出てくるかと言えば、五官感覚(眼耳鼻舌皮)によって知り得る心の世界。この宇宙から広く進展しますと、人間の営みの産業経済活動が起こります。

その次の段階である「オ」の宇宙は、五官感覚で捉えられる出来事AとBをどのような関連があるのかを考える宇宙。何故「オ」の宇宙なのか。物事の関連を考えるには、自分が体験した心の現象を思い起こす。

一秒前に起こったことを今現在に記憶を呼び覚まして、それを頭に止めて、その関連を調べていきます。記憶と申しますのは尻尾、過ぎ去ったことは尾です。これは広い意味で学問、これは経験知。経験したことの記憶を思い返してその記憶の関連を調べる。

人間と申しますのはウの宇宙とその関連性を求めるオの宇宙だけに目をやりまして世の中に生きておりますと、世の中は矛盾だらけだと気が付きます。どうしても理屈に合わないことが世の中にあり過ぎる。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月05日

言霊 言霊学講話・心の宇宙

この目に映る宇宙は物質的な現象界の宇宙、その現象がどうして出てくるかを分析しますと、分子、原子、原子核内の動きから、一つの物質宇宙もそのように段階的に見ていきますと大きく分けて何階層かの宇宙にも考えられます。

宇宙を観る目は、目で見た宇宙、科学的に分析して原子の段階に目を据えた宇宙。もっとそこから進めていきまして、陽子、中性子、又は16乃至17のコークから物質宇宙を見るとどうなるか。そのように幾段階かに分けますと分かります。

人間の心の宇宙も大きく分けて五つの次元の宇宙(ウオアエイ)、五つの段階を持った宇宙であることが分かってまいります。この五つの宇宙に人間は生まれた時から住んでいます。その宇宙が何であるかを知らなくてもその五つの宇宙に住んでいます。

但し、その宇宙がどういう段階かの疑問を起して、それを知ろうとするならば、一つの方法しかございません。それは目に見える現象として出てきた宇宙を考えれば、身に感じる宇宙は「ウ」の宇宙。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月04日

言霊 言霊学講話・同じ宇宙の住処

人間はそれを可能にする心境までいくことが出来るのかをまず説明した上で、その心境に至った時はこういうことが可能になるということから「禊祓」を説明することにいたします。

毎度申し上げることですが、人間がオギャーと生まれた時から五つの性能を授かって参ります。古代の日本人はその五つの性能に対してアイウエオ五十音の五母音をそれに当てました。

アイウエオという五つの母音を持って人間がこの世に生まれてくる時には、どういう性能をいただいて生まれて来るか。言い換えますと、人間が住んでいるそこにある宇宙はどういう宇宙なのか。

外にある宇宙は一つしかございません。この宇宙に対して人間が「お前の見ている宇宙と俺の見ている宇宙は違う」と言ったら笑われます。一つしかない宇宙ですから。但しこの宇宙にも分析しますと色んな宇宙がございます。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月03日

言霊 言霊学講話・人間社会の文明をどのように創っていったら良いかの行い

どういうことか、自分がこの世の中に居て、社会に出て色んな事を経験いたします。その経験したことを基にして、人間社会の文明をどのように創っていったら良いかの行いです。

今の政治家が聞いたらあまりに大きなテーマですからひっくり返って気絶するんじゃないかくらいの考えです。それでいて実行するには、世界中を飛び回らなければ成就しないのか、出来ないのか、と言えば「さにあらず。」

今此処から一歩も動かずして、心の中心に住んでそれを実行することでございます。

その方法は話しが進む内にご理解いただけるのではないかと思います。そういうことをするには、どういう心境であれば可能なのか。それを前提にお話ししておりませんと、物事がおとぎ話になってしまいます。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月02日

言霊 言霊学講話・ミソギバライとは

それはこの言霊フトマニに携わってきた時から目指してきたことです。簡潔に物事を理解していただくにはどうすれば良いか、自分が経験してしまう、自分の心の中で禊祓の行を実際に体験すれば理論は要らず「こうやるのですよ」と言えば済むことです。

それを目指して老躯に鞭打ち励んでおります。分かったところをそのまま、その月にお伝えしていき、私が何時あの世に行ってしまっても言い遺したことがない状態になれば素晴らしいと思い、お話しを申し上げます。

では「禊祓」とはどういうことなのかの理屈は何回も申し上げております。今回はなるべく例をひいてお話させていただこうと思います。

「禊祓」とは昔の古神道の言葉ですから、滝に打たれ、冬に冷たい水を浴びるといった、自分の心に付いた罪穢れを祓うと現代人は思っております。昔の禊祓と申しますのは、そういった行とはまったく別です。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月01日

言霊 言霊学講話・人類にとって最高の藝術であって最高に難しいものは何か

一週間ほど前になりますが、古事記の古神道の総結論になります禊祓の行、最も真実に近いと思われるやり方の朧気ですが感得いたしましたことを、今月と来月、二回に亘ってお伝えを申し上げようと思います。

もし、今月と来月で私がお話申し上げる事が出来たら、それは世の中にとって素晴らしい何かの転換の芽が出て来るはずのものでございます。人類にとって最高の藝術であって最高に難しいものは何か。

それは人類文明をどう創るか、人類の社会をどのような社会にしていけば良いか、これは高度な政治的な問題であると同時に、高度な藝術活動でもあります。社会において人間の一人一人が一つも自由を束縛されず、それでいて総ての人が満足していく社会を創ることが出来るなら、これほど素晴らしい政治活動、藝術活動はないはずです。

それを可能にするのが古神道の禊祓の行法です。「禊祓というのは簡単に言うとどういうこと何ですか?」の質問を何人かの方々から訊かれまして、一番難しいことをお話するのに一番難しいのは簡単に申し上げることです。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年03月31日

言霊 言霊学講話・「知らない」ということを自分で決めるわけにいかない

アを自覚して、相手のワをも自覚して、「こうすれば成就するよ」と予言できる心の運び。その運び方の中で、何処が自分も相手にもヒカリが差し出すかは「ナ」。このヒカリが差す処が今まで全然分かりませんでした。

理論的に捏ね回して理解しておりましたところ、そんなものが吹っ飛んでしまって、悪人がそのまま善人になる、「カ」ーッと心に焼き付きますと、ありのまま、そのままで光の歴史の中で取り上げられる。

昔のスメラミコトはこの方法で政を行っていた、この学問は「知らない」ということを自分で決めるわけにいかない。何故なら私が知ったわけではありません、皆さんに私も教えられているからです。

勉強されて「あの時、あの野郎が言っていたのは、ここだったんだな」とお分かり下されば私は光栄でございます。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-04了)

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2017年03月30日

言霊 言霊学講話・ヒカリを何処で自覚できるのか

このやり方の道は禊祓として書いてあります。再肯定するのですよとは書いてございません。再肯定する段階でヒカリが差し込む。自分の中のヒカリが発散することを自覚する。

古事記に書いてあるヒカリを何処で自覚できるのか。神直日(かむなほび)、大直日(おほなほび)、伊豆能売(いづのめ)というところです。

石上神宮の布瑠の言本(ヒフミヨイムナヤコトモチ_ロラネシキルユヰツワヌ_ソヲタハクメ_カ_ウオエニサリヘテノマス_アセヱホレケ)日文四十七文字の何処がそのヒカリに当たる部分かと申しますと「ソヲタハクメ_カ」というところです。

futonorito.png心の底から「ー!」っと何をすべきかが分かってきます。その「カ」を三段階の(ウオエニサリヘテノマス_アセヱホレケ)といたします。その最高の精神構造に立ってくるアセの父韻の並びは「ア・タカマハラナヤサ・ワ」。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-04)

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2017年03月29日

言霊 言霊学講話・父母は子供を愛で包みながら行くべき道を指し示す

この人間が持っている本生の智慧の根本を神として崇めて、人間には具わっていない外のものとして信仰が成り立つ。神は「自分だ」としたら、アのお母様、イの働きの父韻がお父様、両方揃うことになります。

子供を愛で包みながらそこへ行くべき道を指し示す。それは本来の父親がする仕事でございます。父と母が完全に調和するとお子さんは育っていく。

アでは知識を「NO!」と否定しました、エの段階では肯定します。ただ、ここでは道を指し示すために肯定するその道とは言霊の原理です。言霊の五十音に照らし合わせて、今まで自分がやってきたことを「NO」と言った経験知をもう一度見直す。

これは分際がある、一定の限度がある知識だとして否定したわけです。その限度とはどういう限度なのかを五十音に当てはめる。今度は再肯定をする。これが上に上がっていく道です。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-04)

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2017年03月28日

言霊 言霊学講話・イロハとカゾ

一千万年経とうと絶対に変わらない、一つ覚えたものは人間が死んでからでも言葉としてズーッと残ります、保証します。否定して何にもなくなる時、自我と申しますのは、自分が仕入れた良し悪しの知識の総量です。それを否定したら自我がなくなり、アの宇宙へ飛び出す。

アのお母様の愛はお子さんがどんなに無茶なことをしても「よしよし」と言って、初めからガンと叱らない。何とかおとなしくさせよう、良い子にさせよう、自分の身を切ってでも子供を助けようとするのがお母さんです。

でも人間の性能はその愛だけではございません。愛と同時に、お母さんだけでは子供は生まれません、お父さんがいる。昔、「イロハ」と言えば母親のことを謂いました、父親は「カゾ」(数)と申しました。

何通りに変わったとか、数は現象の変化を表わします。永遠に変わらないものには数はございません。現象の変化に付随するのが数、その数が父親です。ということは母親を刺激して現象を表示させる父親の働きである八つの父韻が父親です。

キリスト教はこの父の名、八つの父韻を「天にまします父なる神よ、御名を崇めさせたまえ」と最高の祈りにしています。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-04)

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2017年03月27日

言霊 言霊学講話・相手ではなく自分を変える

「人を殺すなかれ」というのは真理です。どんなことがあったとしても人を殺すことはいけません。ですが、「打て!」と命令されて逆らえば、アメリカでは営倉に入れられて銃殺刑です。もしくはキャンプに送られて重労働を課せられる。

自分の持っている学問は一般全部には通用しない、ここからここまでという限界があるということを自分に言い聞かせなければなりません。その行為を禅では「無」と申します。

この考えは全般には通用しない部分的真理である、理論的な方は相手を批判する、だからぶつかり合う。自分の考えを「NO!」と否定して、相手ではなく自分を変える、これしか方法はない。

オの理論からアへ上げるには「NO!」、どんなに立派な理論であっても。でも、安心して下さい、「NO!」と否定してもその学問は消えてしまうわけではありません。人間は一度覚えたものは脳裏から消え去ることはありません。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-04)

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