2018年12月19日

言霊 布斗麻邇講座・目を覚ましてなければならない時

今日、お話ししたことを翌月の会報に載せるというのが、19年間のしきたりでやってきたことですが、来月号は休刊になりましたので、私の喋ったことが追っては載るかもしれませんが、載らない可能性もありますので筋を立てずに喋りますので、チャランポランなことを言いだしたら「それは違うよ」と手を挙げて下さい。

新しい方もお見えのようですので、一応コトタマ学の概略を短い時間でお話しをさせて頂きたいと思います。今、新聞やテレビを観ますと日本の教育が世界から遅れてきたとか、取り返すのにやっきになって、又は道徳的にこれではいけないと美しい日本を表題にして、相談事が議会の中で行われているようでございます。

皆さん、この世を憂いておられて、シッカリやってくれと声援を送りたい処ですが、今の世の中をヒョッと観ますと、この世界の実情は数十人の人が一月や二月論議して、こうしようと固めたくらいでは、とても良くなるようにならないと感じます。

イエス・キリストの教えに「目を覚ましおれ」とあります、世の変わり目には色んなことが次々と起こるが、目を覚ましておれば必ず分かるからと書いてございますが、目を覚ましてなければならない時に入ってきたようでございます。

布斗麻邇講座「肇国」(H19年2月・会報225-1)

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2018年12月18日

言霊 布斗麻邇講座・万葉の歌

何一つ隠すことのない社会が第三生命社会、万葉集をご覧になりますとお分かりでしょ?詠まれた歌は何一つ隠し所がないから、あのように詠める。この間のお歌会始の儀、お聞きになった方もいらっしゃると思いますが、万葉集の歌と比べて今の人の歌は、万葉集の歌が大学生なら、今の歌は幼稚園でももったいない、二三才、何もない。

歌というのは自分の万感を込めた、私という人格は「こうなんですよ」と高らかに詠まなければ三十一文字の歌とは言えない。与謝野晶子の歌は生命掛けた歌がたくさんございましょ、良いにつけ、悪いにつけ、日本人の歌とはそういうものなんです、

自分の生命なんです、今はそれもわけがわからなくなりました。明治は遠くなりにけり。万葉は遠くなりにけり。

布斗麻邇講座「今ここ」(H19年1月・会報224-5了)

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2018年12月17日

言霊 布斗麻邇講座・過去のことを正確に掴めば将来が分かる

世の中これからどうなんるんですか?というご質問でも結構ですよ。「これっきゃない」という道がある。コトタマ学から計算していきますと。私の先生もおっしゃっていました。

「こういうことを言うと人を惑わせるといけないから、私は自分の言ったことを一つずつ、一つずつ反省して、何回も、何回も反省して、ご破算にして初めから組み立てる、それでもいつでも結論は同じ処に行き着く。だから、島田さん、これは真理だよ。」

そのように亡くなる時に先生がおっしゃっていました。私は即座に、私は先生の所へお伺いした時から真理だと思って聞いておりますからと言いましたら、「そうですか。」その道で行きますと、過去のことを正確に掴めば将来のことは当たり前に分かる。

分からないのは過去のことを正確に掴んでいないから分からない。人間の過去というのは、言いたくないことはみんな暗闇に葬っています。そうでしょ?私だって言いたくないことはたくさんあります。積んだらボロ切れみたいにたくさんありますから。

それを言えば誰だってあると思います。別にいいじゃないですか、死ぬまで黙っていても。墓場まで持っていかなくてもこの世の中に持っていますから、ここに。それも何時か必要あればみんな分かってきます。

布斗麻邇講座「今ここ」(H19年1月・会報224-5)

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2018年12月16日

言霊 布斗麻邇講座・死なない生命

困ったんでしょうな、最後に「この野郎を選ぶしかないな」と思われたのでしょう。よく、「貴方の後を継ぐ人は決まっているのですか?」とくだらないことを聞かれます。私は全然考えたことがない。

誰が継ぐとか継がないとかは問題じゃない。私も生まれた時にこんな話をするなんて思いもよらなかったですから。これは皇祖皇宗の純粋な日本人の血筋を受け継いでいる今は何処にいらっしゃるか分からないけれど、皇祖皇宗の人一人が決めることなんです。そんな畏れ多いことを考えたこともない。

「もういいよ」と言われたら「はい、さようなら」と言うだけの話です。人間が決して違わないということを何回も実験して分かっています。決して死なないことを。だから死ぬということに何とも思わない。

ただ、年取って一人でおりますと、死ぬ時に知らない内に死んでしまうと迷惑をかけるかな、それが一番気がかりですけど。でも、八十年も生きればね、この世の中に迷惑をかけっぱなしで、八十年ものさばってきたのですから、一週間位なら大っぴらに迷惑かけてもいいや、なんて思います。

布斗麻邇講座「今ここ」(H19年1月・会報224-5)

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2018年12月15日

言霊 布斗麻邇講座・君子豹変

私の先生(小笠原孝次氏)は、思い出したら面白い先生でした。昨日もちょっと人に話したのですが、街で見かけるサトウ薬品のゾウ、鼻が動く、どういうわけか、先生はあれの前を通る時に鼻をはじきましてね、笑

筋の通らない話をしますとやにわ大きな声で「君!君の言っていることは間違っている、死んじゃいなさい、今ここで死になさい!」飲み屋の中で大きな声で言うのですから。名指しして「君、死になさい、ここで死んじゃいなさい!」と言ってたかと思うと三十秒もしない内に名指しした人と笑いながら喋っている。

君子豹変、見事です、そういう先生でした、いつ怒鳴られるか、明治生まれの人ですから。ここに連れてきて一日喋らせたら、こんなに人がいて、私の先生は小躍りして喜んで色んなことを喋りだすと思います。

先生のご講義は集まってもいつも十人、少なくて三人、いつも滔々とお話しされて「質問はございますか?」誰もしない。「弟子くらいあてにならないものはないな」、私も弟子ですが、「あっ、そうだったな」って。笑

布斗麻邇講座「今ここ」(H19年1月・会報224-5)

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2018年12月14日

言霊 布斗麻邇講座・日の出前が一番暗い

何故なら自分の生命の学問なんですから。生命に質問すれば必ず答えてくれる。ふざけてはダメですが、ちゃんと質問すれば必ずお答えが返ってくる学問です。その答えは決して間違いない。

万人に通じて正しい、知識、真義なんですから、これをもって堂々と日本の伝統を発揮する国にしていけば良いのです。そういう機運がグーンと高まってきますが、世情はもっとやかましくなっていきます。

朝日が昇る間際が一番暗いといいます、それと同じにこのコトタマ学がもうちょっとシッカリとした根を生やす時が、世の中が一番暗くなる時です。それに巻き込まれないように自分の心は目をシッカリ覚ましておれば、傍でどんなことが起ころうとも、その人は決して巻き込まれないであろう。

そう私は念じておりますが、人間は三千年の因縁がありますから、私の先生の先生は残念なことに進駐軍のバイクに跳ね飛ばされて肝臓破裂で亡くなりました。そういうこともありますから総てがハッピーエンドになるとは限りません。でも、人間はそんなことがあっても死なないのですからハッピーエンドなんですな。

それよりも何万年も続いている日本の国の完全な宝、崇神天皇以後の二千年間は宮中の賢所にしかない世界人類の宝をこうやって勉強させていただく幸福感がございます。そのことを心の中心において一つ、今後お勉強下さいませ。

一年の年頭にあたりお願い申し上げます。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4了)

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2018年12月13日

言霊 布斗麻邇講座・頭の中の結界

証明しようがない、相手はオレンジの種がどういうものかを知らない。わけない、オレンジがこういうものだと持ってきて、皮や実を剥いて種を出せばいい。としたらイエス・キリストが汝一人において証明せよということは、あなた一人が救世主になる。俺も救世主だったんだ、それならイエス・キリストも救世主だと言える。

でも、そういうものなんです、人間とは神や仏と言われる、年賀状に書きましたけど、この頭の芯の芯に結界がある。この結界はどんなに悪事に染まり働いた人でも、その芯にだけは悪事が及ばない処、常に清浄無垢な処。

そこの名前を三つくらいあげて、敷島の大和の国、ホツマの国、とか。昔の人はその頭の芯にあるコトタマ五十音で結界された脳の部分をこういうように呼ぶ、悪いものがこの世の中に入って来ない清浄で豊かな日本を創った時に、日本の国をそう呼んだのです。

敷島の倭の国の「敷」は五十(イソ)島、五十のコトタマで結界されたという意味です。このコトタマ学は自分の心に問うてみると、完全に答えてくれる学問です。「俺はこういうように思ったが本当か?」と自分の心に何度も問うていく内に他のことまで全部分かってくる。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月12日

言霊 布斗麻邇講座・聖書がある目的

「そうですか、それでは聖書がどういう意味で書かれたか、ご存知ですか?」そんなに大したことは分かりません。

それでは一言、貴方に申し上げましょうか。聖書がある目的をご存知ですか?聖書というものは聖書に書かれている救世主が本当に救世主であるかどうかを貴方自身が証明せよ。

イエス・キリストが言ったから『こういう人になりたい』とか、こういう言葉に関係しているから『右の頬を打たれたら左の頬も打たれよ』とかに感激して、そのような教えに倣うとしたらイエス・キリストは泣くのですよ。

イエス・キリストが救世主であることを汝一人において証明せよ、これしかない。それがイエス・キリストに報いる唯一つの道です。もう一つ、「ここにオレンジの種があるとして、オレンジの種を知らない人にオレンジの種であることを証明するにはどうしたら良いか。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月11日

言霊 布斗麻邇講座・自分が分からなければ世界中が分からない

ただし、私の先生と何処が違うかと言えば、言霊百神を自分の心に照らし合わせて全部分かってしまっています。先生の時は八十神までしか分からないとおっしゃっていました。残りの二十神を引き継いで二十五年間かけて、もうここに書いてある処はもう少し踏み込んで書いた方が良い処が何箇所かありますけど、訂正する処は一つもございません。

ですから、私は新しいことに関して、それほど、自分のこの世の中が新しくなっていく、どう変わっていくかには興味がありましても、文章を書き直すことはまずありません。そういう点では暇がございます。

「貴方の責任ですよ」と言われても、ご相談には何回でも乗らせていただきますから、ご遠慮なくいらして下さい。その後はご自分の責任でなさって下さい。自分の責任というのは、自分というものはこの地上でもって63億分の1しかいない。

その自分が分からなければ世界中が分からないということになります。あの人が分かったと言っても分かったかどうか分からない、自分が分からない。私の先生はこうも言いました。「あなたは聖書読んだことがありますか?」旧約聖書は二回くらい読みました、新約聖書は三四回は通読いたしました。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月10日

言霊 布斗麻邇講座・これからは貴方の責任

でも、新しい文章を書くには自分が知らないと書けない。誤魔化して書けないはずだと思いますから。会報を書く時に今までの文章を見たことがない。正直言って、この「コトタマ学入門」をピンからキリまで読んだのは会報に載せるようになってから。

初めて読んだ自分の文章に感心します。今でも書けないことをよく書いたなって。ですから、決して読まないことにしています。新しい気持ちで書く、それがスラスラと書ければ自分が分かったのであって。

そういうことですから自分が「こう思うな、ああ思うな」、先生はこう言ったけれど、そんなことしなくても分かるんじゃないかな。というようなことをお思いになっているに違いない。何故なら、私が先生に対してそう思いましたから。

ですから「もういらっしゃらなくても結構です、これからは貴方の責任ですよ」と申し上げた方が実際のことを言って、素晴らしいことなんではないかと、こう思ってお年玉を今日は発行したわけでございます。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月09日

言霊 布斗麻邇講座・今ここ

そこで、今日のお年玉の話、今回でコトタマ学の講座は五回目ですから、耳にタコが出来た方も中にはいらっしゃる。その方が「子音はどうして分かるのですか?母音はどうして分かるのですか?父韻はどうして分かるのですか?」と訊かれる。

去年の十一月に初めていらした方が、「私は通えと言われるのでしたら、私は毎日でも通いますから教えてください。仕事を今年は一生懸命勤め来年になったら電話しますから、その時は何日でもお伺いしますので」と言われ「結構ですよ」とお返事しました。

でも、考えてみると以前からズーッといらしている方たちが何人もいらっしゃる。古事記と言霊に書いてあることは「あっ、聞いたことがある」と思っているに相違ない。そういう方たちにお年玉です、今日以後は来なくていいですよ。笑

それは私が一生懸命話しをして、間違ったことを言ってはいけないと思いますから、会報を書く時に今までの講義した内容や話をしたことを絶対に見ない。見て書きますと便利ですから。書いてあることを写してしまうなら。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月08日

言霊 布斗麻邇講座・相手が分かっていれば私も分かる

いよいよ、自分事となりましたら。先生の所へ通って二年位、前からいらしている方には何度もしている話ですが、私が鬼怒川の河川敷で禅のようなものをやりながら、「空」って何だ、「色」って何だ。

こういうことも教えてくれました。「空を知りたいと言っているけれど、空の中から生まれて、空の中で育ち、死ぬと空の中へ返っていく、空とは離れられない存在なんですよ。なのに、空を求めてどうするんですか。それは二階の上に二階を造るようなものだ。」

ですが、その意味がわからない。空の中から生まれ、空の中で育ち、死んだら空の中へ入る、その「空」って、後は教えてくれない、坊主に訊け。お陰様でそういうことを聞かせていただいていたので、私は禅坊主に会ったことがなく、空というものがどういうものか、自分の勉強からある程度は分かったような気がします。

けれど、空の意味を教わっていない方に、自分が会得した「空」というものが本当の空であるかどうかを教わっていないので、これも分かりませんから、私に尋ねられても分からないかもしれない、分かるかもしれない。たぶん、相手が分かっていれば私も分かると思います。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月07日

言霊 布斗麻邇講座・求めても分からない、求めなければ分からない

先生を怒らすことを言った覚えもないし、何故かと言うと最初にお会いした時から何年も経って、その時言われたことを忘れてしまっておりましたから。家に帰って夕飯食べて寝ようかなと思った時に、「教えるのは私の責任、教えてしまったら貴方の責任です」と言われたことを思い出した。

先生はそうかと言って、古事記の百神が解けたわけではなかった、それを知るために朝から晩まで忙しかった。ですからコトタマ学については答えてくれましたが、自覚するにはどうしたら良いのか、禅のいう「空」とはどういうものなのか、聖書の内容は「禅坊主に訊いてくれ、牧師に訊いてくれ」と言って答えてくれなかった。

後から聞きましたら「この人は禅をやるようになるだろう」と、必要な心構えは教えてくれておりましたから。禅の「空」を知るには、島田さん、「空」を知ろうとしないと分からない。ここまでは分かる、でも、知ろうとしている内は分からない、そうなると雲を掴むような話。

知りたいと思っている内は分からない、知りたいと思っている内も分からない。それならどうなんだ、どうすればいい、そうしましたら「坊さんに訊け」、そうなりますと自分で探すしかないな、と思って引き下がっていた。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月06日

言霊 布斗麻邇講座・巣立ちの時

それまで何でもやってきたので大概のことは出来ますので暮らすには苦労がない。その時にどんなことをしたか、泥棒も人殺しもしておりませんからご安心下さい。それでも人に喜ばれることをしながら暮らしておりました。

そうこうしている内にそこでも満足できなくなって、東京へ出まして、都内から先生の所へせっせと通いながら勉強しておりました。昭和四十三年か五年、記憶が定かでないですが、先生の所から「これで失礼します」と靴を履きかけた。

そうしましたら、後ろに立っていた先生が「島田さん、明日から来なくていいよ。」たまげてしまって、振り返りましたら、先生はサッサと背を向けて机に座ってしまい、取り付く島もない。

こちらを向いて座ってくれれば「何故です?」、「どうしてですか?」と聞くところです。背を向けられて座られていたなら聞くのも野暮です。「帰ります」と言って、帰りの電車の中で「何故なんだろう?」

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月05日

言霊 布斗麻邇講座・就職活動

義理の兄に「実は東京へ出たい」と申しましたら、「ほぉら来た、こんな片田舎にいる人じゃないよ。雲の上の人だから、いいよ」と言ってくれまして、「貴方はこの二年間、機械のことをよーく覚えて上手いから、自分は機械一級の腕前を持っていると言っても嘘じゃないから。もし食うに困ったら機械弄っていきなさいよ。証明書がいるなら私が出してあげるから。」

東京に出て来た時に機械工で生計を立てようと思って、職安へ行って経歴を見て「明日から来て下さい」と言われる。そこへ行きましてどの機械を担当するのかを聞きましたら、「あのお爺さんのいる機械だよ。」

あのお爺さんはどうなるんですか?「それは仕方がないね、あの人はもう年で手つきも遅くなってしまっているから。」辞めるんですか?「そうなりますね。」それじゃ、私は遠慮します、あの人の仕事をぶんどってまで働きたくないです。それから、三回位就職活動しましたけど、やはり、この調子で。

機械工で食べるのは非常手段にとっておいて、先生の所まで往復するのが楽な所に行こうと思って、又、もとにいたところ下妻へ帰って、そこで下宿しながら、私は何処にも親戚の所以外の所で機械工として勤めたことがない。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月04日

言霊 布斗麻邇講座・巣立ちまでの勉強

「けれど、これを知ったからと言って何の価値もありません。ただし、生きていることの原則を自分で証明して、確かに法則通りになっていることを証明するのは貴方の仕事です。私の責任ではありません。教えるまでは私の仕事ですけれども。教えてしまったら、とっくに私の翼から離れて巣立ちをせねばなりません、それでよろしければお教えいたしましょう。」

では、よろしくお願いします、ということで安曇平から一月に一遍、土曜日の最終の汽車ですと、日曜日の朝の五時半に新宿の駅に着きます。あまりに早いと迷惑になりますので、新宿に着いたらすぐ山手線に乗り換えて。

山手線は止まりませんしグルグル回って「何時まで乗ってんだ」とも言われない。冬はあったかですし、好都合ですから。そうやって八時半頃まで山手線の車内にいて、それから先生のお宅へ行って、だいたい九時半くらい、それから三時、四時頃まで伺って、弁当持参でしたから、お茶を出してもらい、一日お話しを聞いて、最終列車に乗って長野へ帰りました。

それが半年以上続きました。それが物足らなくなりまして、何故か、当時はコトタマの本は一冊も出てない。ですから何でもかんでも先生の言葉を聞いて勉強しなくてはなりませんでした。それもありますが、一月に一度では物足らなくなったのもあり。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月03日

言霊 布斗麻邇講座・知ったところで何の価値もない

その手紙を読んだ時の嬉しさ、そのパンフレットの裏表を見ましたら、私が喉から手が出るほど望んでいた「今後どうしたら良いか」が完璧に書いてある。うわぁ〜、私は今から生きることが見つかった!ほんとうに嬉しかったです。

工場が休みの日に飛んで行きまして、その時、先生は雑色という所、ご存知ないかもしれませんが、蒲田から少し入った所、町工場の多い所でしたが。そこに訪ねて行った時のことを今でもハッキリ覚えています。

中に入って、名前を名乗って、先生のコトタマの学問を教えて下さい。「そうですか、まあ、お入り下さい。」小さなちゃぶ台を挟んで先生と二人、五時間位話しまして、「それでは貴方にコトタマの学問をお教えすることにいたしましょう。」

「私は誠心誠意、責任を持ってお引き受け致します。但し、この学問は心の学問です。心がいつも動いているのをどういうように動いているのかを完全に解説した学問です。この学問を知らなくてもちゃんと一生は動いていけます。」

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月02日

言霊 布斗麻邇講座・コトタマとの出合い

そう言ってくれましたが、その時はもう私は論文を世に出す気がすっかりなくなってしまいましたから、その論文を受け取りに行ってペコペコと何回も頭を下げました。二ヶ月も手間をとらせたのですから。

本を出すにしろ、止めるにしろ、十何年間かけたものがダメだとした以上、やることがなくなってしまった。まだ三十二歳でしたから、それから生きるとしても飯は食っていかなくてはならないのだから、食う飯の分だけは働いて、後の一生は何もすることがないから呑気に暮らそうと思いました。

そうしましたら、安曇平の姉から手伝いに来てくれないかの知らせがありましたから、調度いいと行ってしまいました。一年くらいしてもう機械を弄くりながら暮すんだなと、ヒョッと暇な時には何だかゾーッとする孤独感が来まして、機械を弄るのも一つの人間の暮らしとしては立派な暮らし方ではあるけれど、自分がこれをするために生まれてきたとは思わないが、これは致し方ないことだと思っておりました。

そんな時に東京に居た時に知り合った弁護士さんから「今日、街で有名な聖人に会った、素晴らしい人だった。君も良かったらその人に会ってみたらどうだい?その人の書いたパンフレットを一部同封するから読んでみて下さい」と書かれた手紙が来ました。

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年12月01日

言霊 布斗麻邇講座・絵を描いた餅

歩きながら、これからの来し方を考えておりましたら、だんだん心細くなりまして、それは自分の書いたものは、自分が真理のはずだと思って、こういう世の中が来ると書いたものの、そういう世の中は自然に来るものじゃない。来させないと来ない、その来させる方法は書いてない。

これはインチキだ、絵に描いた餅なんだ、こんなものを若い方に見せたら、とんでもない罪作りになってしまう、ということに気が付いた。それから電話をしまして二月も経っていましたから。

実は面倒なことをお引き受けいただいて、非常に申し訳ないのですが、私の心がガラリと変わって、これは没にすることにいたしました。だから、ないものにして下さい。平身低頭、電話で謝り、断りました。そうしましたら

「今、ほとんど読み終わる所なんだけれど、君、なかなか面白いよ、これは。日刊工業新聞から単行本で出すように頼んであげるから。少し難しい言葉が多いから平易な言葉に直してくれたら、十分これは売れるよ。」

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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2018年11月30日

言霊 布斗麻邇講座・俺の仕事は終わった

それまで私は長野県の安曇平にある姉が嫁に行った先の小さな、工員が二十名くらいの工場に手伝いに行っておりました。

私は十九歳の頃から研究した拙い学問ですが、次の時代はこうなるのではなかろうか、こういうことを主眼にした時代が来るに相違ない。そのようなことを三十二歳の時に論文にして仕上げました。

当時、日本工業新聞の顧問をされていた或る大先輩と偶然会った時に、この人なら論文を預ける人に足りる人だと思って、このようなことが書いてありますので読んでいただきご批判をいただけますでしょうか。

そうしましたら二三頁ペラペラと捲りまして「何だか難しそうだから、これだけのボリュームがあると少なくとも二三ヶ月はお借りすることになりますが、いいですか?」と言われましたので、どうぞよろしくお願い致します。

預けまして帰りました、それから私はもうやることがなくなってしまい、茨城県の田舎、鬼怒川と小貝川に挟まれた下妻におりましたから、鬼怒川と小貝川の堤防を朝早く家を出て一日50kmも歩いて「これで、俺の仕事は終わった。」

布斗麻邇講座「目を覚ましおれ」(H19年1月・会報224-4)

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