2020年07月08日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・天津菅麻音図は人間の営みから超越した次元

菅麻音図を図でご覧下さい。母音イと半母音ヰとの間にチキシヒイミリニの八つの父韻が並べてあります。言霊イ・ヰは人間の創造意志であり、八つの父韻はその意志の働きの振動ともいうべきもので、その父韻が母音アオウエの四次元の宇宙実在に働きかけて現象である子音を生みます。

ところが生まれたばかりの赤ちゃんは創造意志を持ってはいますが、まだその創造活動をほとんど発動はしていません。人為的活動をしていません。そこでこの図に書き表した父韻の並びは父韻の作用の四音チキシヒを右に、反作用のイミリニを左に並べました。

実は与えられてはいますが、活動していないのですから、その並びはどう書いても構わない事になります。全く菅麻音図とは大自然の中の人という生物の心の構造図なのです。

人間のすべての営みの現象はこの菅麻音図にある五十音言霊によって構成されますから、菅麻音図とは人間生命の一切を創造する親神である伊耶那岐の神の音図と呼ばれます。それは人間の営みの善悪、美醜、真偽、得失がそこから生まれて来ますが、この音図はこれから全く超越した次元であります。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月07日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・金木(競争原理)と菅麻(大自然の摂理)

「勝てば官軍」「力の強い者勝ち」の世の中となりました。天津金木は今日までの社会を表徴する最も適切な音図という事が出来ます。

古文書に「天皇モーゼに天津金木を教える」とありますように、金木音図の言葉の横の並び「カサタナハマヤラ」は、その自覚に立つものは「百戦闘うも危うからず」(孫子)とある如く、絶対無敵の戦法の所有者となります。旧約聖書に、エホバ神の「我は戦いの神、嫉みの神、仇を報ずる神」の宣言が見られるのも、ユダヤ民族が天津金木に依るカバラの原理の所持者なるが故であります。

この様に天津金木という音図は一にも二にも戦いの音図であり、この音図だけを新入学の小学生に教える現代日本はまだ欲望と戦いの戦場としての日本と言う事が出来ます。

 次に天津菅麻音図について説明しましょう。 菅麻とはすがすがしい心の衣の意味で、先に書きました如く生まれたばかりの赤ちゃんが天与に持っている心の構造であり、まだ人工的なものが混じっていない大自然の心という事が出来ます。

その五母音は天である言霊アを上に、地である言霊イを下に、その間にやがて人為の性能が加わるであろうと言霊オ・ウ・エが中に入る事となり、縦にアオウエイが並ぶ事は御理解頂けることと思います。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月06日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・音図の意味内容

しかし、この美文を現代人が容易に理解する為の説明はそう簡単には参りません。その一字一句の説明の段となりますと、人間の精神の精密な部分々々の内容を網羅した膨大な組織にわたっているものだからであります。そうでありますからご面倒でも少々難解で長い説明にお付き合い願う事となります。

金木_菅麻_太祝詞音図.jpg先ず大祓の対象となる天津金木と天津菅麻の説明から始めます。図を御参照下さい。天津金木音図は先にお話しましたように、人間の持つ五つの性能の中の言霊ウの次元より発現する五官感覚に基づく欲望性能を五つの性能の中心に置いた精神構造を表わした五十音言霊図です。即ち独走を始めた須佐之男命の音図なのです。

人類が第二の物質科学文明創造の時代に突入して、外国では三千年前、日本では二千年前、精神文明の中心原理であった言霊布斗麻邇を政治の面に適用することを停止してしまった事で、時を経るに従い、弱肉強食の生存競争が熾烈となって来ました。

人間の欲望性能が他の人間性能すべてを欲望達成の手段としてしまい、その世相は現代まで続いています。この二・三千年間は言霊ウの性能が他の人間性能との協調を捨て、独走した世間相を現出させました。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月05日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・四千年近い間「来るぞ、来るぞ」と予言されてきた

聞く所によりますと、過去千年にわたり皇室・宮中の罪穢の修祓を委任されて来た阿倍の清明に始まる土御門神道の大祓の行事の中には、祝詞の「八針に取辟きて」の所で種々の色に染め分けられた布を八つに「ピーッ」と音を立てて裂く仕事が行われているそうです。

その様な仕草によって大祓の行法の真の意味を呪示・表徴したものと考えられます。けれどそれは時が来たならば大祓の真法の精神内容を後世に伝える手段なのであって、布を八針に引き裂いたからと言って罪穢が消え失せるものでない事は勿論の事でありましょう。

二十一世紀を迎え人類が第一精神文明、第二物質科学文明に次ぐ第三の文明を創造すべき時が来ました。第一精神文明の基礎原理であったアイエオウの五十音言霊布斗麻邇が昔あったそのままの姿で復活しました。

その事によって大祓祝詞の精神内容も手にとる如く分かって来ました。「来るぞ、来るぞ」と四千年近い間、予言されてきた大祓祝詞の全人類の罪穢を祓う大いなる力を実行に移す時となったのであります。言霊原理に則り、その行法の内容を説明して参ります。

西暦でいう二十世紀、二千年の間に積もり積もった人類の罪穢を祓う方法の開示であり、大祓祝詞の最も重要な箇処でありますから、分かり易く一行か二行の文章で力強く表現出来ればこれに越した事はありません。現にこの手段開示の祝詞の文章は「斯く出でば……」から「天津祝詞の太祝詞事を宜れ」と美文でもって簡単に説明しています。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月04日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・宣言はあっても実行なし

この大祓祝詞が天津太祝詞子天皇によって制定されて以来、約四千年近い間、宮中に於いて六月と十二月の末に年に二回、天皇の御前に宮中に奉仕するすべての役職にある者を集め、大中臣がこの祝詞を称え、天下に向って宣言して今日に至ったのでありますが、制定された当時は兎も角、生存競争が熾烈となったここ二・三千年間に於いては祝詞を称える行事は続いていましたが、実際に大祓の修祓が実行された事は一度としてなかったのであります。

宣言はあっても実行なし、即ち「今にやるぞ、時が来たならば大祓が行われるぞ」と年に二回、宮中に於いて宣言されながら唯の一度として実行されなかったのがこの大祓祝詞の罪穢の修祓なのであります。

それは何故か、大祓祝詞の罪穢の祓いの方法を真に必要とする人類文明上の「時」が来なかったためであります。と共に日本人の大先祖であります皇祖皇宗の歴史創造の経綸上、この大祓の実行を必要とする迄の期間、大祓の真の意味を明らかにする根本原理であるアイエオウ五十音言霊の原理が宮中の天皇を初め、日本人・世界人類の意識の表面から全く忘却されてしまったからでもあります。

この期間、人々は大祓祝詞の意味を知る事なく過ぎたのであります。そして大祓の精神内容を呪示・表徴する神官による鹿爪らしい演戯・狂言様の仕草の儀式が行われて来ました。それは実際に大祓の実行を必要とする時が来るまで、大祓の精神内容を後世に伝える為の手段・演戯に過ぎないものであります。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月03日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・生命の道理に宜りなおしてみよ

 千座の置座に置き足らはして、 ──
 千座とは道の倉の意です。生命の道理の構造と言った意味であります。「置き足らして」とは、生命の道理に合うようにすべてを置いて見て、という事、

即ち「天津金木音図で示される人間の欲望を中心とした五十音図の中で、母音と半母音の列を切り離し、その母音と半母音の列と、中間に展開しているカサタナハマヤラの八行とを、生命の道理を示す構造の上に当てはめて置いて見て」という事であります。この作業が実際にはどの様なものか、は後程説明いたします。

 天津菅麻を、本刈断ち、末刈切りて ──
 天津菅麻とは天津菅麻音図の事で、人が生まれたばかりの天与の心の構造を表わす五十音言霊図の事であります。

菅麻とは「すがすがし い」の意で、生まれたばかりの赤ちゃんの心の衣の事です。「本刈断ち、本刈切りて」とは金木の時と同様に天津菅麻音図の母音、半母音の列を音図から切り離してしまう事であります。

つづき
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2020年07月02日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・天津金木音図の母音半母音の縦の並びを切り離す

天津金木とは音図に向かって最右端の母音の縦の並びがアイウエオとなり、横の十言霊がア・カサタナハマヤラ・ワと並ぶ五十音図の事であります。

現代の学童が学校で教わる五十音図のことであり、言霊学によれば人間の言霊ウの次元から発現する人間性能である五官感覚に基づく欲望現象を人間に与えられた五性能の一番中心に置いた時の人間の心の構造を五十音の言霊で表わした音図のことであります。

この天津金木音図を「本打切り、末打断ちて」とあります。音図に向って右の母音から物事は出発し、八つの現象子音の実相の変化を経過して、最後に向って左の半母音に至ってその物事は終結します。

でありますから、「天津金木を、本打切り」といえば音図の本である五母音の縦の並びを音図全体から切り離してしまうという意味であります。「末打断ちて」とは天津金木音図の半母音の縦の並びを切り離してしまう事となります。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月01日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・人類世界が絶体絶命の時

 斯く出でば ──
 弱肉強食の生存競争の世の中が進み、その果(はて)にこの地球上が人間の住むに耐えない程生命の危険が増大した時には、の意であります。

 天津宮事以ちて ──
 天津はこの場合政治と司る朝廷の、の意でありましょう。宮事の宮とは霊屋(みや)の意で、言霊の家即ち五十音言霊図を言います。天津宮事以って、の全部で「人類文明を創造する政庁である朝廷に於ては、政治の根本原理である五十音言霊の原理を操作・運用することによって」の意となります。

 大中臣(おおなかとみ) ──
 大祓の行事の最高責任者は政治の中心におられる天皇です。大祓の行事の対象となる人は宮中のお役人であり、また、国民・民衆であります。大中臣とは天皇と役人・民衆の中間にあって、天皇の司る大祓の儀の代行者として取り仕切る人、今の行政府の総理大臣に当る役の事であります。
 
 天津金木を、本打切り、末打断ちて、 ──
 この文章の解釈が従来は最も困難であった箇処であります。天津金木の内容が不明であったためであります。言霊学が復活して天津金木が言霊五十音図の事であることが判明し、との文章の意味も明らかになりました。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年06月30日

言霊 大祓祝詞の話(その五)大祓は如何になされるのか

 人類の第二物質科学文明時代が始まり、その文明創造促進のための方便として作り出された生存競争社会の中に現れて来ました人々の罪穢が、人類全体の生存の危機をもたらす事となった現在、危機回避の唯一の手段である大祓の方法の開示を披露する祝詞の第四章に入ります。

大祓といわれますから、罪穢を祓うためには、今日地鎮祭や開所式などで見られますように、神前に供えてある幣(ぬさ)を持ち、神主さんが参集した人々の前に立ち、その幣を左右に振ってお浄めをすると思われるかもしれません。または人々の心の中の罪を調べ、良い内容はそのままに、悪い内容は悔い改めさせて罪穢を無くすというキリスト教の懺悔の如き方法と思われる方もいらっしゃるかも知れません。

罪穢の祓いと言えば以上のような事が常識であると今日では思われています。けれど日本の布斗麻邇の原理に則った罪穢の祓いは今日の常識とは全く違ったものなのであります。

現在、私達の眼前に展開している人類社会存続の危機を転換して、第一、第二と続いた人類文明を更に飛躍させて人類の第三文明時代の創造を実現させる唯一の方法である大祓でありますから、これよりその大祓の内容を出来る限り詳細に説明して参り度いと思います。

先ずはその大祓の修祓の方法を字句を遂って説明し、次にその精神的内容の説明に入ります。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年06月29日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・人類に許された唯一の大祓は人類自らのものとなった

 折も折、この人類が罪穢を罪穢として自覚させる「人間とは何か」を示す鏡であり、その罪穢の祓いを予告した大祓祝詞の基礎原理である言霊布斗麻邇が二千年の闇を破り、不死鳥の如くこの世の中に太古の第一精神文明時代の姿そのままに甦って来ました。

この原理によって予告された大祓の内容はすべて解明され、眼前の地球人類の危機を回避させるいとも現実的で人類に許されたただ一つの大祓の実行方法が人類自らのものとなったのであります。

「大祓祝詞の話」はこれより大祓の眼目である、その人類の罪穢の修蔵の方法の開示である第四章に入ります。先ずその方法を示す第四章の文章を掲げます。
 天津宮事以ちて大中臣、天津金木を本打切り、末打断ちて、千座(ちくら)の置座(おきくら)に置足らはして、天津菅麻を、本刈り断ち、末刈切りて、八針に取辟(さ)きて、天津祝詞の太祝詞車と宣れ。

(次号に続く)【収載】百五十五号(平成十三年五月)了

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2020年06月28日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・第三文明への舵取り

 さて三千年の昔、皇祖皇宗の宏謨(こうぼ)による第一精神文明より第二の物質科学文明創造の時代に転換が行われて、物質科学文明の発達の基盤となる生存競争社会は時と共にその弱肉強食の相を濃くして行きました。

それにつれて競争社会の中に現れる人間の罪穢も深く大きくなって行きました。物質科学文明は私達の眼前にある如く、その絢爛たる姿を現しました。正に完成間近を思わせます。

と同時にその文明の培養土壌である競争社会の行き着く果として、地球大気の汚染、地球温暖化、人類の精神荒廃は人類全体の生存をも脅かす大罪となって現れて来ました。

今こそ人類全体に蔓延った罪穢を、人類全体が自らの罪穢であると自覚し、自らの罪の払拭に取り組まないならば、三千年の長い間幾多の犠牲を払って築き上げた物質科学文明社会も、人類全体の生命と共に消滅しなければならぬ事態を迎えました。

(次号に続く)【収載】百五十五号(平成十三年五月)

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2020年06月27日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・カバラの原理

これ等の音図は人間天与の性能表現の実相に従って同じ五十個の言霊をそれぞれ並べたものでありますから、五つの音図の中のどれ一つを知っても、思索によって外の四つの音図の構造を推定し得る可能性がありましょう。

神足別豊鋤天皇はその辺の消息を熟知した上で、モーゼには天津金木そのものではなく、ヘブライ語と数霊の法則に脚色・変化させて教え、その法則によって以後三千年にわたる世界人類の物質科学文明創造とその成果を手段とする世界の再統一の事業を委託したのでした。

民族特有の言語の法則という特殊なものに置き換えたユダヤのカバラの原理でありますから、これを如何に操作し、想像を逞しくしても元の人類共通の精神原理布斗麻邇には到達不可能な事であります。

ユダヤによる人類の第二物質科学文明成就の暁、その事業の手段である弱肉強食の生存競争の社会が遭遇する人類社会滅亡の危機を回避するただ一つの方策・原理である言霊布斗麻邇が大本教祖の謂う「九分九厘の一厘」の仕組となる皇祖皇宗の深謀遠慮を、大祓祝詞のこの天津罪、国津罪の説明の章に明らかに見ることが出来るので有ります。

(次号に続く)【収載】百五十五号(平成十三年五月)


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2020年06月26日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・外国からの特使には金木音図をアレンジし教えた

 竹内古文書には「鵜草葺不合皇朝五十八代御中主幸玉天皇の時、支那王伏羲(ふぎ)来朝、之に天津金木を教う」とあります。しかし伏羲に教えたのは言霊原理の天津金木そのものではなく、天津金木の原理を陰陽概念と数に置き換えた法則を伝えたのです。

伏義はこれに則り易を興しました。同様、「葺不合皇朝六十九代神足別豊翻天皇の時、ユダヤ王モーゼ来朝、天皇とれに天津金木を教う」とありますが、ここでもモーゼに教えたのは天津金木そのものではなく、金木原理をヘブライ語と数霊の法則に置き換えたものを伝えたに違いありません。

それが世に謂われるユダヤの「カバラ」なのであります。旧約聖書の五書に大祓の天津罪に関してとの記述がない事は以上の理由にあると考えられます。

 人間には天与の五つの性能があります。アイウエオ五母音言霊で表わします。その五つの性能の一つ一つを中心に置いた音図として、矢張り五種類の五十音図が作られます。天津菅麻(すがそ)(イ)、天津太祝詞(エ)、宝(ア)、赤珠(オ)、天津金木(ウ)の五種類です。

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2020年06月25日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・旧約聖書には天津罪の記述がない

 前にお伝えした事でありますが、鵜草葺不合皇朝六十九代神足別豊鋤天皇の時、ユダヤ王モーゼ来朝、その帰国するに当り天皇モーゼに詔(みことのり)して曰く「汝モーゼ汝一人より外に神なしと知れ」と竹内古文書に記されています。この勅語にありますように、五十音言霊学は「人とは神であり、同時に人である人」なのだと教えています。

その神であるべき人が我でもなく神でもない怪しい、卑しいものに自らの運命について教えを請う事など「以ての外」の事でありましょう。人としての尊厳も汚す行為であります。易を説明する「易経」の中にも「易を知るものは占わず」と警めています。

 以上でモーゼの五書と関連させた大祓祝詞の国津罪の説明を終えることといたしますが、ここで附け加えて申し上げたい事があります。
大祓が国津罪の一つ一つを簡単に列挙しただけなのに対し、旧約聖書は神エホバの言葉として詳細に説明しています。「大祓に於ける人間の罪の内容は旧約聖書を御覧下さい」と言わんばかりの関連性が窺えます。

にも拘わらず旧約聖書には大祓の天津罪に関する記事は何一つ見出し得ない事であります。と言う事は、葺不合朝の神足別豊鋤天皇はモーゼに天津罪に関する事を何も教えなかった、と解するべきなのでありましょう。

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2020年06月24日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・肉食、まじない、禁

 畜什し ── ケモノタホシ
 牛馬豚等の四足動物を殺し、食用とするととを言うのでしょう。
太古日本人は獣肉は食さないと聞いています。古書「ウエツフミ」には獣肉を食べると血が粘(ねば)る、と書いてあるそうです。

 蠱物せる罪 ── マジモノセルツミ
 蠱(まじ)物せる照とは辞書に「あやしい術で人を呪い害を加えること。まじなって人を病ましめ、苦しめ、死なせること」とあります。一般に「まじない」の事であります。

利未記に
憑鬼者(くちよせ)または卜筮師(うらないし)も恃(たか)みこれに従がう人あらば我わが面(かほ)をその人にむけ之をその民の中に絶つべし。(二十章六)

また申命記には
汝らの中間(うち)にその男子女子(むすこむすめ)をして火の中を通らしむる者あるべからずまた卜筮する者邪法を行なふ者禁厭(まじない)する者魔術を使ふ者 法印を結ぶ者憑鬼する者巫覡(かんなぎ)の業をなす者死者に詢(とふ)ことをする者あるべからず 凡て是等の事を為す者はエホバこれを憎みたまふ(十八章十〜十二)
とあります。

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2020年06月23日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・人を惑わす世迷い言

 昆虫の炎 ── ハフムシノワザワイ
 先師小笠原孝次氏は蝗(いなご)の災の事であろうと解しました。
利未記には
凡(すべ)ての人を汚すところの匍行物(はふもの)に捫(さは)れる者......(二十二章五)
と記されています。匍行物が何であるか、今のところ分かっていません。

 高津神の炎 ── コウヅガミノワザワイ
 高津神と言うと、直ぐに思いつくのは天津神の事であります。
天津神とは先に述べましたが、清浄無垢な高天原神界にある神を、即ち五十音言霊の事を言いますが、高津神とはそういう清浄な神界ではない、種々の因縁によって常に流転して止むことのない、また浄化されない霊の世界の魂のことであります。

 高津鳥の災 ── コウヅドリノワザワイ
 人と人との間を往き来して飛ぶ言霊のことであります。古事記の「天の鳥船」といえば、人の言葉を構成している五十音言霊のそれぞれの内容の事であります。

高津鳥とは清浄な言霊の自覚の裏付けのない、偏頗(へんぱ)な経験知識に基づいた主張・主義の言葉を指します。この言葉も人と人との間を飛び交って人を迷わせ、世間を騒がせる原因となります。偽宗教者、狂信者、政治的煽動者等の言動はすべてこの顔のものであります。

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2020年06月22日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・性犯罪

 己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪 ──
 この様な近親相姦の罪について大祓はただ四つの事柄を続けて挙げているに過ぎませんが、旧約聖書には詳しく説明されています。その一部を載せます。
汝等凡(すべ)てその骨肉の親(しん)に近づきて之と淫するなかれ我はエホバなり 汝の母と淫するなかれ是汝の父を辱しむるなればなり彼は汝の母なれば汝これと淫するなかれ 汝の父の妻と淫するなかれ是汝の父を辱しむるなればなり...…(利未記十八章六〜八)

この説明から直ちにギリシャ神話のエヂプス・コンプレックスを思い出す方もありましょう。

 畜犯せる罪 ── ケモノオカセルツミ
 大祓のこの罪を利未記には
汝獣畜(けもの)と交合して之によりて己が身を汚すこと勿れまた女たる者は獣畜の前に立て之と接(まじわ)ること勿れ是憎むべき事なり」(十八章二三)「男子(をとこ)もし獣畜と交合しなばかならず誅(ころ)さるべし汝らまたその獣畜(けもの)を殺すべし婦人(をんな)もし獣畜に近づきこれと交(まじは)らばその婦人と獣畜を殺すべし是等はともに必ず誅さるべしその血は自己に帰せん(二十章十五〜十六)

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2020年06月21日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・大祓と利未記

 白人 ── シロヒト
 辞書にしろなまずのある人。一説に今の白子の通、とあり。通説はないようであります。それが旧約聖書の利未記十三章を見ると、その説明が詳しく載っていて、癩病患者であることが分かります。

大祓とモーゼの五書の関係を知る上で参考となりますので、此処で引用します。
エホバ、モーゼとアロンに告(つげ)て言ひたまはく人その身の皮に腫(はれ)あるひは癬(できもの)あるいは光る処あらんにもし之(これ)がその身の皮にあるとと癩病の患処のどとくならばその人を祭司アロンまたは祭司たるアロンの子等に携(たずさ)へいたるべしまた奉司は肉の皮のその患処を観るべしその患処の毛もし白くなり且(かつ)その患処身の皮よりも深く見えなば是癩病の患処なり祭司かれを見て汚たる者となすべし......(利未記十三章一〜三)

 胡久美 ──コクミ
 贅肉(あまじし)の意で「いぼ」または「瘤」(こぶ)の意、と辞書にあります。
聖書に「エホバ汚れたる者」と定めています。

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2020年06月20日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・国津罪

 次に国津罪の説明に移ります。
国津罪として大祓祝詞には、生膚断ち、死膚断ち、白人胡久美(しろひとこくみ)、己が母犯せる罪、己が子犯せる罪母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪、畜(けもの)犯せる罪、昆虫(はふむし)の災、高津神(こうづかみ)の災、高津鳥(こうづとり)の災、畜(けもの)仆(たほ)し、蠱物(まじもの)せる罪の十三の罪が挙げられています。

 これらの国津罪について大祓はただ十三の罪を列記するだけで、罪の内容については何一つ説明しておりません。しかし、前に述べましたように、旧約聖書の中の特に利未記にはそれぞれの内容の懇切な解説が載っています。

大祓祝詞と聖書の利未記という想像もつかぬ地球の正反対の側に位置する国の出来事の記載が、まるで判で押した如く一致している事は、太古の世界の歴史を再編成する大きな手掛かりになる事は間違いありません。時には大祓と利未記を対比させながら国津罪を説明して行きます。

 生膚断ち、死膚断ち ── イキハナダチ、シニハダタチ
 生きている人、また死んだ人の肉体を傷つける事の罪と解されます。モーゼの十戒に「汝、殺すなかれ」と書かれています(出エジプト記)。

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2020年06月19日

言霊 大祓祝詞の話(その四)・何が良い事か、悪い事かの判断が分からなくなる社会現象の原因

 以上、大祓祝詞の天津罪の一つ一つについて説明して来ました。御理解頂けたでありましょうか。この天津罪について一つ附け加えておきたい事があります。

天津罪といわれるそれぞれの罪の内容は、ここ千年、二千年の歴史の中では、それが悪い事だと思われず、当然の如く行われてきた事なのであります「大道廃れて仁義あり」と言われます。

「大道」と呼ばれた言霊布斗麻邇の原理が社会の表側から隠没した後、人間社会の政治・道徳の判断をするに当り、人間天与の判断能力(言霊エ)を忘れ、その代用品として各国家の法律とか「何をすべし」「何をすべからず」の規則によって善悪の判断をせざるを得なくなりました。

そして、その代用品である、第二、第三次的な規則による人間行為の規制の世の中が長く続く事によって、人々はその規則以外に善悪判断の規準はないものと思い込んでしまいました。

第二、第三次的規準でありますから、人々は時によってその定められた自らの法律を社会全体が遵守出来ない事態も起こることとなります。「超法律的措置」という言葉が使われます。

この時、人々は「何が良い事か、悪い事か」の判断が分からなくなります。この様に現代の人に何が良く、何が悪いかが分からなくさせる原因となるもの、それが天津罪という罪なのだ、という事が出来るのです。「人間とはそも何者ぞ」という根本原理である言霊布斗麻邇の学問が復活して、ここに初めて天津罪の内容が明らかとなりました。

(次号に続く)【収載】百五十五号(平成十三年五月)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする