2018年06月13日

言霊 布斗麻邇講座・はじめに言葉あり

 伊耶那岐命が伊耶那美命に質問した
汝(な)が身はいかに成れる

 伊耶那美命が答えます
吾が身は成り成りて、成り合はぬところ一処(ひとところ)あり

 母音ですから、息を吸い込んで、息が続く限り「アーーーーー」とおっしゃってみて下さい。すべて「ア」です、他の音と鳴り合わない。

 父韻のキシチニヒミイリは「キ」であればKiIとなり鳴り余るところがある。ただこれだけの話を物語で言うわけです。ただそれだけの話ですが、実は人間の実際活動にこれが大変な意味があります。

 新約聖書ヨハネ伝の冒頭に「はじめに言葉あり、言葉は神と共にあり、言葉は神なりき」と、はじめに言葉が人間の生命の本だった。ですが、生命があるから言葉があるのではないかとお思いになるでしょう。

 いや、待てよ、もう一歩踏み込んで「生命があるよ」という言葉がある。何も言わなければ分からない。何か言うから分かる、だから物事の生命とは何であるか、それは言葉なんです。

言霊・布斗麻邇「日本語の真髄」(H18年10月・会報221-2)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☔| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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