2018年02月06日

言霊 布斗麻邇講座・動機の韻

この「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」の「身を捨ててこそ」が「チ」、チの火花。特殊な行いの始まり、その気合だとお思いになると。けれど、実はそういうことは際立っているからではなく、実際はただ無くてもあるんです。

私たちはその「チ」という父韻の働きを年中受けている。何故ならば、朝起きて「まだ眠いな」と思っても、目覚まし時計が鳴りますと「起きないと会社に遅れるな」、パッと起きます。その「起きなくっちゃ」という時に「チ」が働いています。

その時に半分くらいしか目が覚めないでいて、朝ご飯を食べて「さっ、行こう」とカバンを持ってサッと行った時、その時に「チ」が動く。休憩していて「もう時間だからソロソロ働くかな」と腰がフッと浮いた時。

何でもやり初めの自分の心が場面を変えて、動かなきゃなって時は総てこの「チ」が動く。何も特殊な場合ではなく年中、動いています。これでだいたいお分かり下さると思います。

布斗麻邇講座「父韻チイ」(H18年7月・会報218-2)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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