2017年08月07日

言霊 布斗麻邇講座・太安万侶は実存していた

その八年前に既に奈良時代に入り、太安万侶さんが一年と半年くらいで完成しましたが、そんなに早く出来るものではございませんから、宮中に歴史とコトタマ原理を研究保存してある部署があったと考えられます。

それが証拠に、歴史学者が太安万侶さんという方は実存していなかったと決めつけているきらいがございます。何故かと申しますと太安万侶さんが古事記の前文に「太安万侶慎みゝゝ申す」と言って、天皇に「このように返上いたしました」との報告書の文章の中に官位は書かれてはいるけれど役所が書いていない。

こういうことは有り得ないということから「いなかった」のだろうと。あに図らんや、昭和五十四年の2月か3月に奈良市内から向かって若草山の向こう側の田原という茶畑から太安万侶さんの墓が発掘されました。

お棺の下から出てきました銅板に「太安万侶の墓」何年何月に亡くなり何年何月にここに葬った墓誌、それは99%純銅に刻まれておりました。歴史家がギャフンとなりましたが、未だに太安万侶は負け惜しみから実在していたと言わない。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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