2017年06月15日

言霊 言霊学講話・人格や愛の自覚があるのか、ないのか

 怒るべきとしたら心は仁王さんのように顔は笑ってビシっと怒る。そうしましたらお子さんはビシっと止める。それ以降は二度とやりません。その怒る現象は何ら変わりませんが内容が違う。人格や愛の自覚があるのか、ないのかの違いです。

 自覚が「あるか、ないか」もアの段階で観ますとよく判ります。芸術的にも光が当たると影ができるから作品が生きる。ということは裏表をよく分かっていないと良い政治は出来ません。

 ですが、アの段階で禊祓の方法を探してはいけない。感情の起伏で検討するには不適当だけれども、実相を観るにはアの段階で観る必要がある。その功罪(八十禍津日神)を生かしながら禊祓の検討を探して行こう。

 八十の上下の言霊をよく知ることによって、禊祓では使ってはいけない禍ではあるけれど、使い方によってはその禍を渡して日に転ずることが出来る。その「日」は次の直日に繋がります。


言霊学講話「津日」(H16年6月・会報193-03)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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