2017年05月01日

言霊 言霊学講話・禊ぎ祓へたまひき

全てが一つの藝術の要素になり得るべきものである普遍的なアガベーの愛の上に立って、黄泉国の文化を吸収した現実の自分を出発点とした「人類則我、我則人類」で初めて実行できる最高のクリエイションである立場を伊邪那岐の大神と申します。
その伊邪那岐の大神の立場に立って禊祓が開始されます。

吾(あ)はいな醜(しこ)め醜めき穢(きたな)き国に到りてありけり。かれ吾は御身(おほみま)の祓(はらへ)せむ・・・
 と言った自分の身と言うのは、黄泉国へ行って色んなことを知ってしまった自分を出発点とし、知ってしまったことを如何に文明創造に摂取するのかの問題を抱えている自分の身体を禊祓する。

竺紫(つくし)の日向(ひむか)の 橘 (たちばな)の小門(をど)の阿波岐原(あわぎはら)に到りまして、禊ぎ祓へたまひき・・・
 これは天津菅麻音図のことを指しております。

amatsu_sugaso.gif説明しますと長くなりますので省きます。この伊耶那岐命本来の何の粉飾もない、文明活動に携わっていない人間の心の構造の上に立って禊祓が始まった。


言霊学講話「自証から他証へ」(H16年5月・会報192-03)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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