2017年04月30日

言霊 言霊学講話・全てを受け容れる

建御雷の男の神が主体内真理を知った時に、そうしなかったのは既に伊耶那岐命は知っていたから。全然知らなかった黄泉国へ行って色んなことを経験し、伊耶那美命と離婚し「これからは一緒の範疇では考えられない世界にお互いに居る」と宣言しました。

主体内真理と同様の有用なことを客観的な黄泉国でも有用であると知ったから離婚しました。全然違う領域のことを自分の体が経験したということは、自分は天津菅麻音図という何の先入観のない心で以て経験したわけです。

この経験した自分が、決して「そんなのは嫌だ」と言わずに全部受け容れた自分。その自分も自分であるのが伊邪那岐の大神でございます。主体世界が客体世界を飲み込んでしまって、それの全部が主体だとする立場。

それは自分と違う世界を経験した時にそれを最高の愛の眼で見るしか出来得ない立場。拒否はせず、色んな事はあるけれど、それが一番人類の最高の視点から見れば、一切に無駄がない。


言霊学講話「自証から他証へ」(H16年5月・会報192-03)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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