2017年03月21日

言霊 言霊学講話・自我と真我

人間は過去をヨイショと受け止めてこれをどう処理するかを決めるのは現在。その現在を学問では分からないから過去だけを調べる。株屋がどうして株がわからないのか、経済学者がどうして株を買わないのか、わからないから。

じゃ、将来がわかるとはどういうことなのか。ウとオは因果、原因、結果ということです。こうするとこうなるよ、過去についての法則がそうなるよ、それがわかるのはアという段階でウとオというものがわかってきます。

そしてアの段階は仏教では「初地の仏」(しょちのほとけ)、「阿羅漢」(あらかん)、又は「辟支仏」(びゃくしぶつ)と申します。アを知っている人「阿闍梨」(あじゃり)、比叡山の千日回峰行を二回も行ったお坊さんは阿羅漢の位を授かった。

阿闍梨の位は明治時代以前では天皇の宮殿に草鞋を履いたまま上ることが出来た尊い位とされました。ただし、そのアの位に上りますと、お前は誰だい?「俺だよ、俺だよ」という自我と、本当の俺、私を、どこまでも突き詰めて行きます。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-04)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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