2020年07月31日

言霊 大祓祝詞の話(その七)・人類生命存続の危機からの転換

 天の磐戸を押し披(ひら)きて――
 磐門は五十葉戸(いはと)のことであります。五十音言霊の原理・布斗麻邇は長年月の間、社会意識の底に隠されていました。神倭朝第十代崇神天皇による三種の神器と天皇との同床共殿(床を同じくし殿を共にする)制度の廃止の事実であります。

この決定以来、日本の朝廷の政治は言霊布斗麻邇の原理に頼ることのない、弱肉強食社会に於ける権力政治に移行することになりました。その結果、わが国伝統の精神原理は日本人の潜在意識の底に隠れ、生存競争社会が現出し、その社会土壌の中から人類世界の第二の物質科学文明が花咲いたのであります。

この人間生活に便利な科学文明は誠に結構な物質的恩恵を与えてくれる半面、この生存競争社会を人類生命存続の危機という想像もつかない運命の中に人々を叩き込むことになりました。正に人類文明転換の時であります。

この時に当り、数千年来朝廷に於いて称えられ、予言されて来た大祓祝詞の「天津祝詞の太祝詞事を宜れ。」の大宣言に応えて、天津神が立ち上がることとなります。

即ち法華経の「従地涌出の菩薩」の譬えの如く、復活した言霊布斗麻邇の原理を学び、これを活用して人類の第二文明時代を第三の生命文明時代へ転換する偉業に携わる人々が世の中に輩出し、その結果、この地球上に大昔にそうであった如く天津日嗣天皇(スメラミコト)の人類文明創造の朝廷が成立し、精神と物質双方の究極の真理を供えた平和にして豊潤な社会が建設されて行くこととなります。

(次号に続く)【収載】百五十八号(平成十三年八月)

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2020年07月30日

言霊 大祓祝詞の話(その七)・大祓

 先月号において大祓祝詞の眼目とも言うべき「天津祝詞の太祝詞事を宜れ。」の文章の言霊原理による説明が完了しました。大祓祝詞の罪穢の修祓とは個々人の行為の善悪の判定・裁判のことではなく、世の中に集積される罪穢を人類文明創造の材料として摂取し、言霊原理に基づく光の言葉、即ちタカマハラナヤサの歴史創造の行為の中に取り込んで行き、影を光に、悲歎を歓喜に、混乱を調和に転換し、皇祖皇宗の人類歴史創造の経綸を推進して行く事でありました。

「天津祝詞の太祝詞事を宜れ。」の意味が以上の如く解明され、御理解頂きますと、その個の所に続く大祓祝詞の文章は一貫した筋が通ったものとして理解する事が可能となって来ます。先ず大祓祝詞の解釈を次に進めることにしましょう。

 斯く宜らば、天津神は磐戸を押し披(ひら)きて、天の八重雲を嚴(いづ)の千別きに千別きて聞し召さむ。国津神は、高山の末、短山の末に上りまして、高山のいほり、短(ひき)山のいほりを溌(か)き分けて聞し召さむ。

 斯く宜らば――
 大祓とは天皇(スメラミコト)の人類歴史創造の光の中に影である罪穢を自然消滅させることであると宣言されると、いう事であります。

 天津神――
 先に天津罪とは人間頭脳内の言葉の原理、即ち言霊原理の秩序を乱す形而上の罪であり、国津罪とは個人や人間社会の秩序を乱す個人的な形而下の罪であると言いました。天津神とはその天津罪に対応する言葉で、言霊の原理を自覚して、その原理・法則を活用して社会の政治を司り、人類社会の歴史創造に直接携わる人のことであります。

(次号に続く)【収載】百五十八号(平成十三年八月)

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2020年07月29日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・影から光へ、破壊から創造へ、混乱を調和に、悲観を歓喜に

その天皇の大御心の言葉は、眼前の出来事を一瞬々々、その場で影から光へ、破壊から創造へ、混乱を調和に、悲観を歓喜に、暗黒世界を光明世界に変え、世の中の罪穢は一瞬々々歴史創造の中に消えて行く事になります。

 以上、「天津宮事以ちて……天津祝詞の太祝詞事をれ」の大祓操作の言霊原理による説明を申上げました。言霊五十音は今・此処「中今」に存在します。

その言霊五十音を一瞬の次元イの間に於いて操作する天津宮事の政治は、歴史の中に起る種々の出来事の時処位並びにそれが起ってきた由来のすべてを言霊図によって把握し、摂取して、それ等を材料としてスメラミコトの歴史創造の法則、ア・タカマハラナヤサ・ワの天津太祝詞の順序に置き換える光の言葉・現象子音の言葉の命令を下す事によって皇祖皇宗御経綸の歴史を創造し、その創造の瞬間々々としての光の中に、過去のコンプレックスである罪穢は必然的に消滅して行く事になります(図参照)。



(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)了

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2020年07月28日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・光の言葉で時処位を与える

 大祓祝詞の「天津祝詞の太祝詞事を宜れ」という事を現代に生きる人が実行する場合、現実にどんな事を成し、またどんな事が起るのか、を説明するに当り、その予備知識を五乃至六箇条にわたり準備をして来ました。

これ等の予備知識を心に留めながら、この現実の社会に起って来る一切の出来事を摂取・処理して、人類文明創造のための材料として新しい生命を与える言霊原理に基づく現象子音で綴られた言葉を発して、一瞬の今・今・今の此処に於いて業縁の闇の世界から光の高天原の世界に引上げる事によって罪穢を消し去って行く方法如何を改めて述べて見ましょう。

つづき
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2020年07月27日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・桃太郎

 少々難しい話が続きました。右の禊祓の方法を後世に伝えるために、天神様と尊ばれる菅原道真が作ったと伝えられるおとぎ「桃太郎」についてお話しましょう。「昔々、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました……」と噺は始まります。

このおじいさんとは伊耶那岐の命のこと、おばあさんは伊耶那美の命と言います。おじいさんとおばあさんが合わさって一人になった姿を伊耶那岐大神と言います(古事記「身禊」の章参照)。

6_plus_4.jpgおじいさんは山に柴刈りに行きました。山とは八父韻原理 (図)のこと。柴は霊葉、現象子音言霊のことです。先にお話しました心の光と影の処で、影の世界から光の世界へ物事を引上げる唯一の道は言霊原理に基づいた現象子音(霊葉)の事と申しました。

おばあさんは川へ洗濯に行きました。川とはアからワ、エからヱ……と流れる竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原の川の瀬、即ち伊耶那岐大神が禊祓をした川の中つ瀬の事です。洗濯とは勿論、伊耶那岐大神の人類文化創造の「禊祓」を謂います。

 川上から大きな桃が流れて来ました。桃はの事で、言霊百神の古事記の原理の事。この原理がおじいさんの柴、即ち霊葉である現象子音言霊の配列(綿津見・筒男)の確認によって完成され、言霊百神の原理が完成し、その中からこの原理を運用・活用する言霊エの完成体である桃太郎が誕生します。桃の原理の総結論である三貴子の中の桃太郎(長子)である天照大神のことです。

 桃太郎(言霊エ)は犬(イ)、猿(ウ)、雉(オ)、熊(ア)を家来とし、おじいさん(岐)とおばあさん(美)の作った岐美(黍)団子を持って鬼が島を征伐します。鬼とは言霊オの似、即ち黄泉国の文化のことであります。めでたし、めでたし。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月26日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・ありのままを引き上げる

そして禊祓成就の真法として (オ)・ (ウ)・(エ)の三神が登場します。闇から光へ導くために八十禍・大禍は基礎原理に過ぎないから駄目であり、津日即ち日に渡されます。日は霊で言霊であり、光の言葉の事です。

その光の言葉に渡す方法が神直日・大直日・伊豆能売の三神であります。そしてこれ等三神ならば黄泉国の文化一切を高天原の光の世界へ導く事が出来るのだ、との確認が底・中・上の三綿津見の神によって出来上がり、そこで日に渡す実際の光の言葉の配列が底筒男(エ・テケメヘレネエセ・ヱ)、中筒男(ウ・ツクムフルヌユス・ウ)、上筒男(オ・トコモホロノヨソ・ヲ)の三神であり、その光の言葉配列成就による禊祓を行う基礎原理の結論が、天照大神・須佐之男命・月読命の三貴子(みはしらのうずみこ)であります。

 以上の事でお分かり頂ける事と思いますが、世の中の事物を闇から光の世界(高天原の創造世界)に引上げる方法は、それらの事物を光の言葉、即ち言霊原理(言霊イ)に基づいた言霊操作の智恵(言霊エ)より出る言葉を与える事なのであります。

世の中の言霊ウ・オ・エ次元に展開する物事を、その姿を何ら破壊することなく、そのままの姿で影から光の世界、黄泉国より高天原へ引上げ、物事が実際に存在する真実・実相の世界の歴史創造の材料として生かし、新しい生命に蘇えらせる唯一の道が光の言葉「霊葉」なのです。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月24日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・禍から津日に

概念という便利そうな観念に基づく言葉を喋るようになり、その言葉で構成された見地から物事を見る時、物事の光の当らぬ影ばかりを見ることとなり、当然物事の実相を明らかに見る事が不可能となります。「葦の髄から天井のぞく」を背負わされてしまったのであります。

 では、どうしたら闇の中に閉ざされたものを光の世界に導くことが出来るのでしょうか。古事記の禊祓を更に辿って行く事とします。

八十禍津日の神の働きで人間の心の光と影の対称のからくりが明らかにされました。この対称が明示されても、それだけで影から光の世界へ行けるものではありません。

また大禍津日の神の所で説明されているように、言霊原理(菅麻音図)を土台とする言霊法則を学べば光の世界は開ける、と分かっても、すべての人々にその原理の自覚を促す事が出来る訳ではありません。

それが為に、八十禍津日も大禍津日も「禍」として直接にそれによって光の世界に導く事は不可であると規制され、八十禍津日も大禍津日も禊祓を行う基礎原理であるに留められます。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月23日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・同じ音、同じ姿でもまったく違う

 五十音言霊図を上下に型どった百音図から両側の母音と半母音を除いた間の八十音は、物事の現象に関係する音です。この八十音は上下が中間の横線を境として対称となります。

この上下対称の音図は何を意味するか、と申しますと、そこから古事記の八十禍津日の神の内容が浮かび上がって来ます。横線を境に対称となる一音一音は同じ音であり、同じ実相を表わし、姿としては何ら変わるわけではありません。では何故上下に別れるのか、といいますと、上は光の世界であり、下は影の世界であるからです。

光の中の上段は高天原天国であり、言霊原理自覚の世界であり、大祓でと呼ばれる領域です。それに引替え、光のない下段は黄泉国地獄であり、言霊原理無自覚の世界、大祓でと呼ばれる領域です。

 同じ音、同じ姿でありながら、どうしてこうも違うものとなるのでしょうか。実の所、この世の姿は唯一つ図の上段の姿以外には何もないのです。それが違ったものになるのは、人類が禁断の実を食べ、天照大神が岩戸隠れして以来、人々は自らの心の光の自覚を失い、光の言葉を忘れてしまったからです。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月22日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・外国の文化を人類文明創造の材料として摂取する

 先師が教えてくれた「光と影」の内容を、言霊原理による人類文明創造を呪示する古事記「禊祓」の章では、事細やかに「大禍津日、八十禍津日……大直日・神直日・伊豆能売から綿津見三神・筒の男の三神」の処で説いております。その間の消息を此処で簡単に復習して、大祓の眼目を言霊学によって説明する準備の第五といたします。

 古事記の禊祓に於いて外国の文化を人類文明創造の材料として摂取する場合、道の長乳歯の神より飽咋の大人の神までの五神の働きで黄泉国の文化の実相が詳細に調べられ(「古事記と言霊」参照)、次に奥疎の神より辺津甲斐弁羅の神までの六神の働きで、摂取される黄泉国の文化の現状と、摂取された後にどの様に変わる事になるか、が調べられます。

ooharai-157_ima.png次にその様に変わらせる事を可能にする方法が求められます。そこに現われるのが八十禍津日の神と大禍津日の神の二神です。この二神の働きは共に文化創造に欠く事が出来ない基礎原理ではあるが、飽くまで基礎原理であり、縁の下の力持ちの役目に留まる事が確認されます。この二神の内容が禊祓または大祓の重要な眼目の部分となりますので、簡単に説明します(図参照)。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月21日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・もともとない影

 第四として大祓の対象になる罪穢の善悪(エ)、美醜(ア)、真偽(オ)、得失(ウ)の相違とは何かについて考えてみましょう。

三十年以上昔、 私が言霊学の先師、小笠原孝次氏の門を叩いて間もなく、私は先師に「この世に神というものがあるとする時、何故人間に悪があるのですか。神があるなら、世の中にこれ程多くの悪がなくて社会文明を創造して行く事が出来ないものでしょうか。」

師は言いました。「お答えしましょう。その前に貴方に一つ質問します。悪とは何ですか。明瞭に言って下さい。」私は言いました。「例えば人を殺すことです。」「戦争で敵兵を大勢殺して勲章を貰った人がいます。どういう事でしょう。」「私利私欲で人を殺すこと、これは悪です。」「戦争で自国の利益を守るために宣戦を布告し、何万、何十万の人々を殺し、戦いに勝ち、大英雄と讃えられた大統領がいます。殺さなければ我が身が殺される場合もあります。これについてはどう思いますか。」

問答をしている間に、私は何だか分からなくなって来ました。勢い込んだ口振りが当惑に変わりました。その時、師は次の様に教えてくれたのでした。

つづき
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2020年07月20日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・裁きではない祓い

 以上でお分かり頂けると思いますが、古事記の禊祓に於て天津菅麻は、その禊祓の実行以前の準備作業として物事の実相や時処位を決定する用を果たす基礎の役目となります。

禊祓の実行は更に建御雷の男の神という八咫鏡完成以前の、謂わば伊耶那岐の大神の内面にのみ自覚された建御雷の男の神、即ち仮初の言霊原理の鏡に参照して行われるのであります。

大祓祝詞が大祓の対象として天津菅麻を取り上げますのは、その音図が禊祓の準備段階に於ける必要を述べ、その音図に照合された物事の実相、時処位の見極めが直ちに善悪、美醜、真偽、得失の裁定・判断に直結されて、それが禊祓であると思われることを否定したかったからに他なりません。

禊祓も大祓も一定の原理に基づく諸事物の善悪……の裁判なのではなく、一切を文明創造の光の中に抱擁することによって罪穢・コンプレックスを解消させることだからであります。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月19日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・伊耶那岐大神の言霊図

 大祓祝詞が制定された四千年近い昔に、日本人の大先祖である皇祖皇宗はこの事情を予見し、大祓祝詞を制定し、その修祓の第一に天津金木の名を挙げました事は、言霊布斗麻邇の原理による世界人類の歴史創造の御経綸が如何に素晴らしいものであるか、頭が下がる思いがいたします。

 第三に申上げたいのは、大祓の対象として挙げられている天津菅麻についてであります。天津菅麻五十音言霊図とは言霊原理の構造の基礎となる人間に与えられた五十音言霊という素材を生まれた時の、まだ人間知性が働き出る以前の不確かな状態で並べた音図であります。この音図を出発点として人間の言霊ウオアエ各次元の精神活動の音図が完成されて来ます。

すべてを生み出す根本の言霊図でありますから、創造神伊耶那岐命の音図とも呼ばれます。これは伊耶那岐の大神が言霊原理の最終結論を成就する行法である「禊祓」を始めるに当り、その行為の基礎とし、拠り所とした「三貴子」(みはしらのうずみこ)の事であります。

 伊耶那岐の大神は禊祓を開始するに当り、先ず対象となる一切のものをこの菅麻音図上に照らし合わせて、その時処位・実相を見極め、その見極めた内容を更に自らの内面性真理である のの神という音図上に置き足らわして一切のものに新しい生命を与えて行き、その実行方法の誤りない事を極める事によって、言霊原理の総結論であるを手にしたのであります。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月18日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・欲望性能偏重の世の中を祓う

 第二として、大祓の修祓の対象として取り上げられている天津金木について話を進めます。神話で謂う天照大神の岩戸隠れ以来、歴史的事実としては神倭朝十代崇神天皇による天皇と三種の神器との同床共殿の廃止以来、世界は須佐之男命の言霊ウの五官感覚に基づく欲望性能が他の現象界である言霊オアエの三次元領域をも支配する天津金木の社会一色の世界となりました。

言霊オ(学問)、言霊ア(宗教・芸術)、言霊エ(政治・道徳)の天与の三性能は、言霊オの欲望を達成する為の手段としてのみの存在となりました。言霊ウは他の三次元と協調して働くべき人間性能であるべきものが、今や完全に言霊ウの独走により他の三性能は言霊ウの傘下に入ってしまった観があります。

その状態が既に西欧に於いては三千年、日本に於いては二千年間続いています。この様な社会相を変革して、第一精神文明と第二物質科学文明との協調による人類の第三文明の時代を切り拓く為に先ず注目すべき仕事は、独走し、更に他の人間性能を支配している言霊ウの天津金木思想の修祓でなければならないでしょう。

天津金木が大祓されれば、必然的に人間の他の三性能言霊オアエも五次元並列の平等の関係を取り戻す事となります。大祓祝詞がその修祓の最初に天津金木を挙げたのも以上の理由であったからでありましょう。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月17日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・人間は今に生きている

人間は「今」に生きています。今以外に生きてはいません。「若者は未来に羽ばたく」と言い、「老人は過去に生きる」と言います。が、未来に羽ばたこうと希望を燃やすのは未来に於いてではなく、今です。老人が過ぎし良き時代を回顧するのも今なのです。

人間の生命は今に生きています。人間の心の最奥の単位である言霊は、イ次元の間にある「今」に存在します。これを「永遠の今」と呼んでいます。ですから図を御覧下さい。時を現わす図は(イ)となりますが、実際には(ロ)図なのです。

煎じ詰めると、一切のものは「今」に備わっているという事が出来ます。この消息を禅は「一念普く観ず無量劫、無量劫の事即ち今の如し」と言っています。過去数千年、数百、千、万年…人類の経験はすべての人間の心の中に詰まっており、必要次第で現在意識に蘇えって来ます。

 過去ばかりではありません。心の今の中に人間の将来の全ての可能性も詰まっています。一つの希望・計画の成功・不成功も「今」の中に見ることが出来ます。

以上の事を言霊学原理に示される如く展開・活用するならば「今」に備わる人間の一切の記憶・意識を赤珠音図の父韻キチミヒシニイリの順に並べれば、人類の将来相とその予言がを示すが如く明らかになるに違いありません。以上の如く、今とは言霊イ次元の道(いのち)の間(ま)なのであり、人間の一切が存在する間なのです。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月16日

言霊 大祓祝詞の話(その六)・創造の光の言葉

  前号にて大祓祝詞が予言・宣布して来た人類の罪穢の大祓の精神的内容について解説いたしました。その修祓とは、人々の犯す罪穢の一つ一つを対象としてその内容を明らかにし、その上で宗教が従来行って来たように「汝等悔い改めよ」と改心・懺悔させる事によって罪穢を祓う事ではなく、世の中の人々の心の中に鬱積する種々のコンプレックスを歴史創造の中に取り込み、これに心の光、即ち言霊の光の言葉(霊葉)による新しい生命を与えて、罪穢を消滅させて行くことだとお話しました。

謂わばその大祓の内容のキーワードは「創造の光」でありました。御理解頂けたでありましょうか。

 今号では、初めにその御理解を更に深めるため、大祓祝詞の大祓の内容を言霊原理そのものの立場から、人類歴史創造の言霊の光の言葉が何故人々の罪穢を消滅させる事が可能となるか、お話申上げてみたいと思います。その「何故可能か」を最終的に御理解頂くために、言霊の基礎原理・法則をいくつかの予備知識として取り上げることといたします。

 第一に「時」とは何かという事です。現代人は過去・現在・未来と時は流れて行くと思っています。これが常識でしょう。しかしその時の中に生き、生活を営む人はただ時の中を流れて行くというだけでは説明できないことがあります。

(次号に続く)【収載】百五十七号(平成十三年七月)

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2020年07月15日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・三千年の月読・須佐男の対立に終止符を打ち、第三の文明時代建設を親裁するぞ

金木音図を縦横で半分ずつに仕切り、その向って右の上の列を見ると、アカサタナとなり、これは「明かき悟りの田を成せ」と読めます。

これは正しく宗教の心を表わします。即ち大自然の心である菅麻音図に帰ろうとする心です。また、その中心に言霊スが入ります。音図の向って右半分を主基田(すきた)と呼びます。

音図の向って左半分の上段はハマヤラワとなり、これは「をまとめて八つにべてせ」と読めます。これは正しく物質科学探究の心です。音の左半分の真中に言霊ユがはいります。そこでこの音図の半分を悠紀田(ゆきた)と呼びます。

 宮中に於いては毎年に新嘗祭、また、天皇一代に一度の即位の時の大嘗祭に主基・悠紀の田を定め、そこから獲れる新米の稲穂を天皇自ら主基田の月読命と悠紀田の須佐男命に言霊を表わす稲穂(イの名の穂)を献じて、ここ三千年の月読と須佐男の対立の構図が実は皇祖皇宗の物質科学探究のための言霊学による経綸なのである事を告げ、「物質科学文明成就の暁には天皇自ら言霊布斗麻邇の原理を以って、三千年の月読・須佐男の対立に終止符を打ち、第三の文明時代建設を親裁するぞ」との予告なのです。

この行事も大祓祝詞と同様、物質科学文明時代の終わりに当り、人類の危機を転換する方法の予告であり、同時にその実行法の呪示と言う事が出来ます。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)了

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2020年07月14日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・月星の闇夜

 以上、四千年程前、人類歴史の将来に備えて制定されました大祓祝詞の罪穢の修祓について説明いたしました。

四千年の昔に、現代の人類が迎えるであろう社会崩壊の危機を予言し、更に弱肉強食の天津金木思想を人間生命本具の平和の社会に転換し、その時に復活して来る言霊布斗麻邇の原理の運用に誤りなきよう大祓祝詞と古事記による言霊の原理を遺して下さった私達日本人の先祖の深謀と遠慮に心より感謝の念を禁じ得ません。

 外国に於いては三千年前、日本では二千年前、言霊の原理の世の中の政治への適用が停止されました。神話の謂う言霊原理とその活用である天照大神の岩戸隠れとなりました。太陽である天照大神(言霊イ・エ)は隠れ、日の光の反射光である月読命(ア・オ)と独走の須佐之男命(ウ・オ)の二つのみの世界となりました。

p132-028B.png日である天照大神が隠れ、その代役を果たしたのは月の光の月読命の宗教・哲学・芸術活動でありました。月読命と須佐之男命はこの三千年間、それぞれの分野に拠って産業発展と環境問題、戦争と平和等の社会問題で事毎に対立して来ました。ところが、その対立の構図は、生存競争時代の精神構造を言霊を以って表わす天津金木音図それ自体に見る事が出来ます。(図参照)。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月13日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・新しい大和言葉の生命を与える

言霊原理を振りかざす事は「大禍津日」の「大禍」(おおまが)に当ります。その大禍を心の中に秘めて、新生の言葉を与えて「津日」即ち日である言葉の示す真理の結果(日)に渡す(津)言葉(至上命令)を発動すること、これが古事記の禊祓であり、大祓の天津太祝詞事、即ちタカマハラナヤサの天皇(スメラミコト)の御稜威(みいづ)なのです。

 そこで「斯く出でば……」から「天津祝詞の太祝詞事を宜れ」までのこの章の全訳を書いてみましょう。

 人類社会の罪穢が積もりに積もって、社会崩壊の危機が迫った時には、政治の庁である日本の朝廷に於いて、天皇の政治の代行者である大中臣は、生存競争社会の基本精神構造である天津金木音図の中から、主体を表わす「我良し」の観念の母音の列アイウエオを切り離し、利害・得失のみを追及する目的としてのワヰウヱヲ半母音を切り離して、母音と半母音の間に挟まれた、物事が初めから目的に行き着くまでの現象の経過を表わす八つの子音の並びを列毎に切り裂いて、歴史創造の自由な発想の原点に帰り、人間生命の道理に基づく天津太祝詞のタカマハラナヤサの禊祓の手順に改めて宜り直すこと、また時代転換のために甦った来た天津菅麻である言霊原理を歴史創造の基本法則に据えながらも、縁の下の力持ちの役目に留め、大禍津日より伊豆能売への発想の転換を成就されて、そこから涌いて来るタカマハラナヤサの御稜威の光の下に、社会の一切の物事を人類文明創造の材料として摂取し、これに新しい生命を与えて歴史を推進させ、その創造の光の中に罪穢が必然的に消滅して行くよう務めなさい。

これが天津祝詞の太祝詞事であります。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月12日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・原理を鏡とするのではない

古事記禊祓に於いて創造意志である言霊イの言霊原理の神として規制され、その隠れた役目に甘んじる事によって大直日(言霊ウ)、神直日(言霊オ)、伊豆能売(言霊エ)の絶対真理への道が切り拓かれることとなります。(以上の自我意識の葛藤の消失による人類文化の創造の精神内容は大祓の次の章で詳説されます。)

この処の消息をもう少し説明します。言霊布斗麻邇の原理が復活し、この原理によって禊祓をしようとする時、この言霊原理を鏡として社会の種々の物事を新しい歴史創造の材料として吸収しようとする時、ともすると「言霊原理に拠れば、この様にするのは当然だ」と、原理の説明とそれによる説得に終始し勝ちとなります。

これは言霊原理の存在を認めた者には当然のように思われますが、古事記禊祓ははっきりとこのやり方を否定します。言霊原理を鏡としないではありません。

鏡とした上で、更にこれを禊祓の方法として腹の中に呑み込み、その上で物事の現在から新しい歴史創造の役に立つ生命を吹き込む言葉を与えて生かして行くのです。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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2020年07月11日

言霊 大祓祝詞の話(その五)・何も捨てない、文明創造の材料としてすべてを生かし、歴史生命として甦らせる

如何なる善悪も、美醜も、真偽も、得失も、一切を捨てることなく、国家・社会・人類の文明創造の材料として摂取され、善悪・美醜……を超えた彼方に新しい歴史生命として甦えらせるのです。

コンプレックスである罪穢は歴史創造の中に吸収され、新しい生命となって生まれ変わるのです。これが大祓の修祓の方法であり、古事記禊祓の手順であります。

この時、大祓祝詞の謂う天津金木は、その「我良し」の生存競争の自我意識は新しい産業・経済・学問の社会創造の流れに汲み上げられる事によって自我は消失し、その才能が社会建設の奉仕精神として生まれ変わるでしょう。

では言霊が存在する言霊イの次元の構造を示す天津菅麻音図はどうなるのでしょうか。言霊原理はこの時、大祓実行のための基本原理であることに違いはありません。けれど基本原理であるが故に、行法の全面に主張される事はなくなります。縁の下の力持ちの役に甘んじる事となります。

(次号に続く)【収載】百五十六号(平成十三年六月)

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