2018年07月31日

言霊 布斗麻邇講座・子供の居場所作り

 ここで言い直した、天之御柱を廻り合って、伊耶那岐命が「いい女だな」、伊耶那美命が「いい男だな」と言って結婚して、子音が出来る。「カ」という神様の名前が出来たのかなと思ったらさに非ず、子供ではなくて島を生んでしまった。

その後に十四の島が出てきます。その五つの所まで読んでしまいます。
次に伊予(いよ)の二名(ふたな)の島を生みたまひき。この島は身一つにして面(おも)四つあり。面ごとに名あり。かれ伊予(いよ)の国を愛比売(えひめ)といひ、讃岐(さぬき)の国を飯依比古(いひよりひこ)といひ、粟(あは)の国を、大宜都比売(おほげつひめ)といひ、土左(とさ)の国を建依別(たけよりわけ)といふ。次に隠岐(おき)の三子(みつご)の島を生みたまひき。またの名は天の忍許呂別(おしころわけ)。次に筑紫(つくし)の島を生みたまひき。この島も身一つにして面四つあり。面ごとに名あり。かれ筑紫の国を白日別(しろひわけ)といひ、豊(とよ)の国を豊日別(とよひわけ)といひ、肥の国を建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)といひ、熊曽(くまそ)の国を建日別(たけひわけ)といふ。次に伊岐(いき)の島を生みたまひき。またの名は天比登都柱(あめひとつはしら)といふ。
何故、正式な結婚をし子供を生んだのに子供の名前でなくて島が出来てしまったのか。子供の子生みに入りますと三十三の子供が生まれてくる。その後には五十の運用方法の子供が出て来る。

言霊・布斗麻邇「心の締り」(H18年11月・会報222-2)

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2018年07月30日

言霊 布斗麻邇講座・母音から問いかけると言葉にならない

昔、コトタマの原理で物事の対処する方法を決めたのが、コトタマの原理を隠したことによって、その代わりとして、記憶の代わりとして、肩骨や亀の甲羅を焼いて占った、そのように変わっていった。

古事記で謳われているフトマニは昔のやり方、コトタマの原理と参照して、という意味ですから、鹿の骨や亀の甲羅を焼いた占法ではございません。

そのコトタマの原理と参照して、天津神の命が伊耶那美命に「先に塞ぎ立って、あなたはいい男だな」と言ったのがいけない(AK)、今度は伊耶那岐命(KA)から声を掛けなさい。そうしますと「カ」となる。その結果、又、オノコロ島に帰ってきてやり直し始めた。
かれここに降(あも)りまして、更にその天の御柱を行き廻りたまふこと、先の如くなりき。ここに伊耶那岐の命、まづ「あなにやし、えをとめを」とのりたまひ、後に妹伊耶那美の命、「あなにやし、えをとこを」とのりしたまひき。かくのりたまひ竟(を)えて、御合(みあ)ひまして、子淡道(こあはぢ)の穂(ほ)の狭別(さわけ)の島を生みたまひき。

言霊・布斗麻邇「心の締り」(H18年11月・会報222-2)

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2018年07月29日

言霊 布斗麻邇講座・聖人は筮竹を行わず

又は霊法で五十本の棒を立てる、今の易者が五十本の筮竹を混ぜ合わせて、先ず、その中の一本を取る、動きを作るために太極の一本を取る、そうしますと四十九本を二つに割れば偶数にならない、その奇数と偶数の兼ね合いで吉凶を調べる、これが今の占い。

易経という本を見ますと、昔、日本に来た王様が天皇に「天津金木を教う」と竹内文献に書いてある。天津金木は言霊ウ段の音図のことで、外国では太極として乾兌離震巽坎艮坤の八卦を基にした占いに変わっていった。

こういう卦が出た時はこういうことが起こると言った聖人といわれた孔子さまが、詳細に哲学を使って説いたのが「易経」という本です。ですが、その本には「聖人は筮竹を行わず」と書いてある。

物事の事情に達した人は筮竹の占いをしない、頭が筮竹、つまり天津磐境の頭になってしまっておりますから一見しただけで分かる。布斗麻邇の原理が頭の中で出来ていますので、筮竹は行わず。

言霊・布斗麻邇「心の締り」(H18年11月・会報222-2)

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2018年07月28日

言霊 布斗麻邇講座・太卜(ふとまに)

私が持っておりますのは角川書店の古事記です、この部分の訳注を読んでみます。
古代の占法は鹿の肩骨を焼いて、指の入りようによって占うのを重んじ、これを太卜(ふとまに)と言った。これは後に亀の甲羅に代わった。
今の国語学者はフトマニと言えば、肩骨、三角の骨を焼いて、神官の人が吉凶を占ったといわれております。これは今の国学者のまったくの認識不足でございます。大昔にコトタマの原理があった、その原理に参照して決めると何でもピタッと当たった。

間違いないことが運べたということを基調にしていたのですが、今からだいたい三千年前にコトタマの原理をどうしても隠すことになりましたので、その結果用いなくなって、「どういうことか」は忘れる。

けれど占事みたいなことはやったという記憶は残る。鹿の骨を焼いた、昔の占事って何だろうとなると、先走った人が、肩骨や亀の甲羅を焼いたのだろうとか、他に色々あります。縄を編んでそれを焼いて解れ具合で吉凶を占うとか。

言霊・布斗麻邇「心の締り」(H18年11月・会報222-2)

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2018年07月27日

言霊 布斗麻邇講座・世界の混乱は総てここにある

だから、何十回、何百回、何万回、教育基本法を編纂し直しても、お子さんの泣き声が聞こえてくるだけ。変えれば変えるほどに、それなら先生に任せっきりにした方がまだまし。上から変えられるというのは一番下が困る。

父韻の働きを人間が思い出すまでは。又、天津磐境の目を以て政治なり、教育なり、経済なり、又、科学を取り扱わない限りは、総てが暴走してしまいます。生命のリズムを忘れてしまって根本的に。

このように一番大切なことをストップしてしまいましたから、一生懸命になればなるほど混乱するのです。もう少し怠けた方が審議会の委員になってもらえれば、学校で百回落第したというような人が、審議会の委員になったら今よりは楽しめそうな法律を作るだろうと思います。

古事記の「淡島は葦の船に乗せて世界へ流した」と云うことは人間の自意識が出て以来、必然的にこれに行くべき問題。水流子を世界へ広げたこととは違って、自意識は世界へ広めなくとも広まった。(小乗宇宙

ということから世界の混乱は総てここにある、淡島にあった。淡島は人間の思考上、いいところもありますが、こんがらがってきますとどうにもならない、というお話しでございました。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1了)

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2018年07月26日

言霊 布斗麻邇講座・物事を時所位に応じて推進させていく力韻

この法律を制定すれば、法律を守って実際の仕事をする人の心は、こういうように変わっていくから、生徒さんもこういうことの都合を是正出来るかもしれないし、もしかしたら出来ないかもしれない。出来ない人は総意をもって政治家の所へ戻り報告してくれ、そうしたら、こういうように変えていくから。

そのように何故言えないのか、理由は何か。政治家をけなしているわけじゃない、どんな政治家であれ、これ式なんです。問題なのは何方もご存知ないでしょうけども、この認識(経過)が欠如されているから。

物事を時所位に応じて推進させていくには、刀鍛冶になら、ここの時は「テン」と打て、ここで「ポン」と打て、日割りにして、分単位、秒単位で変わっていく、物質の状況と時間の変化について、適切に判断し、相応して仕事をしていく。

その人間が人間で成すべきチイキミシリヒニの八つの父韻の自覚を欠如してしまっているから。父韻は五十音図のイ段にある、イ段にあるのは人間の生命そのものの力。この生命、人間が生きていく一番大切な生命の直接の働きである八つの父韻の働きを欠如していますから、永遠の業を作っている。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月25日

言霊 布斗麻邇講座・現場はついていけない

ゆとり教育にしようと始めたのはそんなに昔のことじゃない。何年も経っていないのにクルクル変わる。上から目線で変えますから下の人はたまったものじゃない。何故こういうことが全世界で行われていて疑問に持たないのか。どうして皆さん持たないのですかね。

刀鍛冶が今まで「トンテンカン」を「テントンカン」に変えろと言われたら、トンテンカンの硬度温度調節とテントンカンなら硬さはこれ位、叩く回数の増減が違うて、そうすれば、こうなる、それが親切と言うものじゃないですか。

ところが審議はそうじゃない、「テントンカンに変えろ」で、それっきり言わないのですから。刀鍛冶なら手を上げたまま、どうしようもない、親方どうしてくれるんだ。こんな大事なことが全部ネグレクトされてしまっている。

では、何処にその欠陥があるのか、政治家が怠けていて途中の経過を言わないのではないのです、分からない。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月24日

言霊 布斗麻邇講座・机上の空論

常にうたかたの泡(アワ島)のような、常に変わることを主とするやり方。それでアブクの島というのです。重大なことを論議してそれで済むと思ってしまっているのか。全世界がそれをやっている。

法律を作る議会がそれ以外のことを知らないのでから、それで動く方はどうしたら良いのか分かりません。各自の知恵を働かせて「自分ならこうする」ということをお遣りになる。その先の生徒はどう思うか。

政治家は教育者の問題であって「そこまで俺の知ったことじゃない」、じゃあ、教育者は困ってしまうだろうと思います、本当に生真面目な先生が教壇に立ったら、まず、三日で気違いになる。そんなこと不可能だろうというようなことを言われるのですから。

ついこの間までゆとりの教育だとか言って、専門的なことは習わなくていいとしていたのが、去年、世界の学力ランクで、今まで日本は五六番目だったのが二十何番目に下がってしまい、今度は詰め込み教育をしようって。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月23日

言霊 布斗麻邇講座・原因から結果に到る経過はどうなのか

ところが、困ったことが起こる、之ではダメだから(正)、これを参考に之にして(反)、之に持っていこう(合)とする時に、正から反に移行する経路が分からない。そのようにして新聞やテレビで報道されている教育基本法を観ている人はいらっしゃらないでしょう。

この教育法が変わったら、先生の心はどう変わるか、教育を受けている方のお子さんの心はどう変わるのか。どれくらい経ったら、どれくらい変わるのか。その結果はどうもたらすか、本当にここへ行くのかどうか。本当はそのように考えなくてはならないはず。

ところが、如何ともしがたいこの社会を覆っている正反合の考え方は、途中の経過、この事実が起これば、この事実が起こる、その事実が起こった末にここに来る、そのかかる年数も全部明らかにすればこれは誰でもが納得する。そうなるかどうか一所懸命やってるよ。

ところが、経過について何ら審議しない、何々すべしだけを決定してしまって、後は現場の時間の推移に任せる。二年経って「どうだね?」半分もいかなければ、又、変えようか。年中変えている教育審議会という会は。悪口を言ってるのでない、会社だって何だって全部そうです。そのような考え方を淡島というのです。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月22日

言霊 布斗麻邇講座・正反合

今までの基本法を「正」とします、それではダメだということで新しい法案を「反」とします。そうしますと、今までのは、全部ダメ、これからは新しいので行こうとしても、なるものじゃない。新しい施行をするのは人間ですから、これがダメならこっち、そのように簡単には行きません。

それじゃ、どうするか、旧い法案の現実的な考え方を容認し、新しい法案の考え方も入れた第三の立場に立てば、比較的容易だろうとする「合」。新しい法案が旧くなってくると又、正反合、正反合、その繰り返し。それが一般社会の典型的な考え方です。

これを弁証法と申します。正反合、正反合と常に変わりますから、こうやって作るのは良いですが、基本法だけ変えてしまい、今日からこれで教育しなさいと言われても、現場の先生はどうなるんですか。

昨日まで良いとしていたのに、今日は変わるのですから、目を白黒させる、それに慣れるまで一年から二年はかかる。そうしながら現行に持っていこうとします。この考え方は教育だけではありません。議会も、学会も、医学に至る何から何まで正反合、正反合の物の考え方は、この世の世界である限り必ず同じ形式を持った思考方法で発展しようとしている。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月21日

言霊 布斗麻邇講座・波風は何処で起きるか

ウがバッと見た目は何気なくスルスルと通り過ぎますから何も波風は起こりません。アとワが対立した所から思考が始まることになりますと、どういうことになるか。

教育基本法を成立するのに自民党は早く通したい、野党は「そんなに急ぐことはない、もっと審議を重ねるべきだ」と。教育基本法は終戦後に作られたものですが、それを例にとります。

今の教育基本法を基としている教育はどうなっているのか、こうなってる、教育が崩壊しそうだ、イジメが酷くて自殺者が出てきている。これでは若い者が国を愛することを忘れてしまっている。

では「どうしたら良いか」、今の教育審議会のメンバーを集めて、お偉い方が集まって「こうしなければならないだろう」ということで新しい案を作った。今、それが議会に上がっているわけです。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月20日

言霊 布斗麻邇講座・問いかけのみに答えてくれる

自我意識はアとワ、この黒板を見て、全然、黒板というものを知らない人が見たら、何と言いますか。パッと見た瞬間「アレ?」、その時にア(自分)とワ(黒板)に分かれる。ここから思考が始まる。

ウというのは何かが始まる芽(意識)なのだから同じじゃないか、としたら、「俺がいるのを忘れたか!」、これをネグレクトしてしまいますと恨みが凄い。どれだけ恨みが凄いかをお知らせしようと思って、淡島のお話しを蒸し返したのです。

ア(主体)が「何だろう?」、黒板であるワ(客体)は問いかけのみに答えてくれる。その主体は自分の経験知、地球上63億人いるそうですが、今、関心を持っているのは何かを問えば、少なくとも3,40億の違う答えが返ってくる。

その何十億の自意識が見て問いかけるのですから、何十億の答えが返ってくる。そこに間違いの元がある。アとワと分かれている所から思考が始まる。それはウから始まるのとどんなに違いがあるのか。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月19日

言霊 布斗麻邇講座・物質は選り好みしない

科学は人に拠ることがない、人というものをネグレクトし、質問に答えるのは物質ですから、物質は選り好みしません。人間が質問したことのみ答えてくれますから、科学は誰がどんなことをしようが、正式に、正確に、実験し製作する限りは同じ結果をもたらします。

もう一つは、百人が百人、同じ答えを出すのはコトタマの原理でございます。誰が言おうが、全宇宙「我なり」の立場で物事を見、思い、そこから対処した行動をすれば、百人が百人、同じ行動をとります。

仏教の言葉に「仏と仏の言葉に異なることなし」。仏は色んな仏がおりますが、「これについてどう思う?」と鉛筆と紙を渡せば、皆一から十まで何一つ違わずに書く。仏は同じことを思う、それがコトタマの原理です。

ところが、何時の時代か、聖書の創世記に「ある時」とあります、イヴが、神様が食べてはいけないという禁断の果実を食べてしまった。その罰として、自意識、自分という意識を得て、自分が裸であることを恥じるようになった。自我意識がここで出て来た。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月18日

言霊 布斗麻邇講座・十人一色

世の中や家の中で起こっていることを天津磐坂(ウ・アワ・オエヲヱ・チイキミシリヒニ・イヰ)から観ますと、こういう状況であるな、ならば、こういうように対処すればいいなということが、立ち所に分かってまいります。

この場合、論争も何もございません。真実は一つですから、その真実に合ったことを何百人いようが、真実に合ったことをパッと見て言えば、百人いたとしても百人の意見は全部同じです。

金はどういう金属から出来ているのかを百人の科学者が研究し、一人が銀のことを言ったり、銅のことを言ったりするのは正式な学会では有り得ません。この世の中で誰が言っても、調べても、同じことを言うことが二つあります。二つしかございません。

一つは今盛んな科学、どの会社が発明しようがケータイは同じ構造をしております。いくらか配列は違うかもしれませんが、構造の因子は同じです。A社が製造したロケットが月に行き、B社の製造したロケットがA社の性能を備えていないということはありません。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月17日

言霊 布斗麻邇講座・霊音(ホネ)なし

母の役目である母音は、人間の魂の大本の宇宙ですから、困ったことや活躍しなければならない場面がきました時に「どうしたら良いか」を考えずに、又、内を観て「人間はどうやって生きていけばいいのか」というように自分の方ばかりみて過ごす。

人を救うのが眼目ですから、世の中を「あーすべし、こーすべし」は宗教からは出て来ない。八つの父韻の自覚が足らないということで「骨なし」、これは子供の中に入るのは適当でない。でも、そういう場面も来るかもしれないので、葦舟に入れて各世界へ追いやった。

事細かく水流子の方は説明いたしましたが、淡島の方は説明不足だったような感じがいたしましたので、講座に入る前に淡島について少しお話し申し上げます。

iwasaka (1).gif天津磐坂といわれる、天津は先天、磐坂は五葉性、五段階になってをり、私がこうやって言葉に出す前に「どういう言葉を喋ったらいいかな」と頭のなかでフル回転、活動している目に見えない世界がこの構造です。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月16日

言霊 布斗麻邇講座・母であって父でない

先月までは伊耶那岐・伊耶那美が天津神諸々の命である子供を生む、子音を生む活動に入った時に天之御柱を廻り合いて、伊耶那美命が先に声を出して「あー、なんて美しい男だこと!」と言ってしまい、伊耶那岐命は「どうも、これはふさわしくないようだ。」そうしましたら、水流子(ヒルコ)と淡島を生んだ、という所で話しは終わりました。

二人の子を生みましたが、コトタマの法則に合わずに生みましたから、「子も数に入れず」と言って、正式の伊耶那岐・伊耶那美の神様にはなりません。

水流子に関しましては第一精神文明から第二物質文明へ移る時には、コトタマの原理を隠してしまうので、人間社会は苦しみが多く出てきて困るだろう、今でいう四大宗教を創設して、困った時代の精神の助けにしようとしました。

宗教は人助けには誠に結構ですが、どういう働きをするかといいますと、人間の心の中にある母音、母の役目をするのが宗教です。母の役目はしますが父の役目はしない。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月15日

言霊 布斗麻邇講座・文明の公理

というわけで、コトタマと出会ったのが34歳の時ですから、もうすぐ45年間勉強させていただいています。この学問をやればやるほど、自分がどう変わるか、自分はものすごく罪が深くて、どうにもならない怠け者、その上、ふざけている。それほど大それた者でした。

このコトタマの学問に至って、人間がいるという大地がものすごく親しみのある、あー、この大地にいて良かったな、ほのぼのとした気持ちにいくらかは近づけさせていただいたかな、と思うようになれたのは、全部この学問のお陰です。

謙譲の美徳、難しい言葉で言えば。日本人がこういう「我良し」の世界に住まわせていただきながら、皇室とはどういうような付き合いに、国民と皇室とはどういう所に行き着けばいいのかな、そのような思いを馳せて、コトタマの勉強の一環として加えていただきたいと思います。

日本人は日本の国語である日本語でもって素晴らしい能力を発揮することが出来る。今頂いている能力を従前に生かすならば、今まで神と言われていた以上のことが出来る能力を授かっているということをお分かり下さると思います。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5了)

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2018年07月14日

言霊 布斗麻邇講座・世界のマニ

人間というものの崇高さ、人間の生命の崇高さ、ここから出てきている。ヒ(コトタマ)ト(留まる)で「人」。人という者はそういうものなんです。と同時に日本人だけが人であるわけではない、世界人類の人の一人一人が人でございます。

ただ、日本は人の霊(ヒ)であるコトタマの原理から出発した日本語を使わしていただいている唯一の国民だということになります。威張ることではなくて、最も卑下した人が自分のやるべき仕事というものに気がついて、世界のために尽くす時代が来る、日本語はそういう言語です。

このコトタマの原理は威張った人には決して分からない。「俺は」と言っている人間には分かりません。私がコトタマに出会う前は、相当威張ってました。20代頃は何にも分からないけれど、どんなに苦しんでも、自分が研究し、勉強して最後には完成させてやろうと、ところが、33歳の時にジャーン。

頭が真っ白になった、真っ白になったら「これだよ」、このコトタマの学問に近づけさせて下さった。最初から「アキ」って何だ、「カキ」って何だ、その時に小笠原先生に言われたことが、もしかしたら「本当かもな」と気が付かせていただいたのは、自分の持っていた学問から奈落の底に突き落とされたから。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月13日

言霊 布斗麻邇講座・青い鳥がいる場所

そういうことが分かってきて、その上で日本の国民がどうするか。そのことが分かりますと日本の国民のアイデンティティ、日本の国はどうやって出来上がって来たか、日本の国は全世界の人々に対して、どういうお役目を授かっているのか、ということまで分かってまいります。

日本の青い鳥は何てことはない、日本の都の中核にある皇居の宮中賢所に全部詰まっております。三千年の間、日本の青い鳥は日本の国民が注目するのを待っている。こういうことは「あの爺、変な夢物語を言っているか」と、それでも一度は言っておきませんと、此処の専売特許ですから。

これが問題になる時が遠からず来るはずでございます。その時にその洗礼をするのは誰?だいたい見当はついております。そういうことが徐々に、日本人も、世界の人々の心にも神秘であったものが神秘でなくなる日がまいります。

私がコトタマの原理を拙いお話しですが話しを聞いて下さる中で、神秘だとか、神様の学問であると、お考えになる方はあまりいらっしゃらない、人間の学問だとお考えになるだろうと思います。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月12日

言霊 布斗麻邇講座・あっ、これだったのか

ここは、天皇に関する記録、それに対する祝い事、お政の調度、道具、そういう大切なものが、みんな保存されている所です。この賢所を冷静に調査すれば、今、私が申し上げたような疑問は一遍に飛んでしまう。「あっ、これだったのか」、明らかになるものがたくさんございます。

そういうものを合わせた日本の皇室内のお政の仕方、新しい天皇が立った時の「大嘗祭」、立太子と申しまして、皇太子が皇太子として立つ時の式典「壺切の儀」、その際に壺切の太刀を天皇からいただいて、それでもって壺の封印を破った中を覗き込む儀式。壺の中には何が入っているのか、知りたいでしょ?たぶん間違いなく、五十個の瓦だけ。

粘土板にアイウエオを彫って高熱で以て焼いた瓦を覗き込む。昔の天皇はアイウエオ五十音を自分の心の中で、その存在と意義を知った上で政を行っていたことを、この三千年間は知らずに来ましたから、時が来たならば、そういうことを知っている天皇が天皇の位に就く。

三千年間、賢所に保存してあるものが明るみに出てまいります。そうますと、間違いなく、議論の余地なく、天皇はかくあるべし、もし、そういう人が出ないとなると、どうするか、まで分かってまいります。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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