2018年07月19日

言霊 布斗麻邇講座・物質は選り好みしない

科学は人に拠ることがない、人というものをネグレクトし、質問に答えるのは物質ですから、物質は選り好みしません。人間が質問したことのみ答えてくれますから、科学は誰がどんなことをしようが、正式に、正確に、実験し製作する限りは同じ結果をもたらします。

もう一つは、百人が百人、同じ答えを出すのはコトタマの原理でございます。誰が言おうが、全宇宙「我なり」の立場で物事を見、思い、そこから対処した行動をすれば、百人が百人、同じ行動をとります。

仏教の言葉に「仏と仏の言葉に異なることなし」。仏は色んな仏がおりますが、「これについてどう思う?」と鉛筆と紙を渡せば、皆一から十まで何一つ違わずに書く。仏は同じことを思う、それがコトタマの原理です。

ところが、何時の時代か、聖書の創世記に「ある時」とあります、イヴが、神様が食べてはいけないという禁断の果実を食べてしまった。その罰として、自意識、自分という意識を得て、自分が裸であることを恥じるようになった。自我意識がここで出て来た。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月18日

言霊 布斗麻邇講座・十人一色

世の中や家の中で起こっていることを天津磐坂(ウ・アワ・オエヲヱ・チイキミシリヒニ・イヰ)から観ますと、こういう状況であるな、ならば、こういうように対処すればいいなということが、立ち所に分かってまいります。

この場合、論争も何もございません。真実は一つですから、その真実に合ったことを何百人いようが、真実に合ったことをパッと見て言えば、百人いたとしても百人の意見は全部同じです。

金はどういう金属から出来ているのかを百人の科学者が研究し、一人が銀のことを言ったり、銅のことを言ったりするのは正式な学会では有り得ません。この世の中で誰が言っても、調べても、同じことを言うことが二つあります。二つしかございません。

一つは今盛んな科学、どの会社が発明しようがケータイは同じ構造をしております。いくらか配列は違うかもしれませんが、構造の因子は同じです。A社が製造したロケットが月に行き、B社の製造したロケットがA社の性能を備えていないということはありません。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月17日

言霊 布斗麻邇講座・霊音(ホネ)なし

母の役目である母音は、人間の魂の大本の宇宙ですから、困ったことや活躍しなければならない場面がきました時に「どうしたら良いか」を考えずに、又、内を観て「人間はどうやって生きていけばいいのか」というように自分の方ばかりみて過ごす。

人を救うのが眼目ですから、世の中を「あーすべし、こーすべし」は宗教からは出て来ない。八つの父韻の自覚が足らないということで「骨なし」、これは子供の中に入るのは適当でない。でも、そういう場面も来るかもしれないので、葦舟に入れて各世界へ追いやった。

事細かく水流子の方は説明いたしましたが、淡島の方は説明不足だったような感じがいたしましたので、講座に入る前に淡島について少しお話し申し上げます。

iwasaka (1).gif天津磐坂といわれる、天津は先天、磐坂は五葉性、五段階になってをり、私がこうやって言葉に出す前に「どういう言葉を喋ったらいいかな」と頭のなかでフル回転、活動している目に見えない世界がこの構造です。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月16日

言霊 布斗麻邇講座・母であって父でない

先月までは伊耶那岐・伊耶那美が天津神諸々の命である子供を生む、子音を生む活動に入った時に天之御柱を廻り合いて、伊耶那美命が先に声を出して「あー、なんて美しい男だこと!」と言ってしまい、伊耶那岐命は「どうも、これはふさわしくないようだ。」そうしましたら、水流子(ヒルコ)と淡島を生んだ、という所で話しは終わりました。

二人の子を生みましたが、コトタマの法則に合わずに生みましたから、「子も数に入れず」と言って、正式の伊耶那岐・伊耶那美の神様にはなりません。

水流子に関しましては第一精神文明から第二物質文明へ移る時には、コトタマの原理を隠してしまうので、人間社会は苦しみが多く出てきて困るだろう、今でいう四大宗教を創設して、困った時代の精神の助けにしようとしました。

宗教は人助けには誠に結構ですが、どういう働きをするかといいますと、人間の心の中にある母音、母の役目をするのが宗教です。母の役目はしますが父の役目はしない。

言霊・布斗麻邇「自我意識」(H18年11月・会報222-1)

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2018年07月15日

言霊 布斗麻邇講座・文明の公理

というわけで、コトタマと出会ったのが34歳の時ですから、もうすぐ45年間勉強させていただいています。この学問をやればやるほど、自分がどう変わるか、自分はものすごく罪が深くて、どうにもならない怠け者、その上、ふざけている。それほど大それた者でした。

このコトタマの学問に至って、人間がいるという大地がものすごく親しみのある、あー、この大地にいて良かったな、ほのぼのとした気持ちにいくらかは近づけさせていただいたかな、と思うようになれたのは、全部この学問のお陰です。

謙譲の美徳、難しい言葉で言えば。日本人がこういう「我良し」の世界に住まわせていただきながら、皇室とはどういうような付き合いに、国民と皇室とはどういう所に行き着けばいいのかな、そのような思いを馳せて、コトタマの勉強の一環として加えていただきたいと思います。

日本人は日本の国語である日本語でもって素晴らしい能力を発揮することが出来る。今頂いている能力を従前に生かすならば、今まで神と言われていた以上のことが出来る能力を授かっているということをお分かり下さると思います。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5了)

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2018年07月14日

言霊 布斗麻邇講座・世界のマニ

人間というものの崇高さ、人間の生命の崇高さ、ここから出てきている。ヒ(コトタマ)ト(留まる)で「人」。人という者はそういうものなんです。と同時に日本人だけが人であるわけではない、世界人類の人の一人一人が人でございます。

ただ、日本は人の霊(ヒ)であるコトタマの原理から出発した日本語を使わしていただいている唯一の国民だということになります。威張ることではなくて、最も卑下した人が自分のやるべき仕事というものに気がついて、世界のために尽くす時代が来る、日本語はそういう言語です。

このコトタマの原理は威張った人には決して分からない。「俺は」と言っている人間には分かりません。私がコトタマに出会う前は、相当威張ってました。20代頃は何にも分からないけれど、どんなに苦しんでも、自分が研究し、勉強して最後には完成させてやろうと、ところが、33歳の時にジャーン。

頭が真っ白になった、真っ白になったら「これだよ」、このコトタマの学問に近づけさせて下さった。最初から「アキ」って何だ、「カキ」って何だ、その時に小笠原先生に言われたことが、もしかしたら「本当かもな」と気が付かせていただいたのは、自分の持っていた学問から奈落の底に突き落とされたから。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月13日

言霊 布斗麻邇講座・青い鳥がいる場所

そういうことが分かってきて、その上で日本の国民がどうするか。そのことが分かりますと日本の国民のアイデンティティ、日本の国はどうやって出来上がって来たか、日本の国は全世界の人々に対して、どういうお役目を授かっているのか、ということまで分かってまいります。

日本の青い鳥は何てことはない、日本の都の中核にある皇居の宮中賢所に全部詰まっております。三千年の間、日本の青い鳥は日本の国民が注目するのを待っている。こういうことは「あの爺、変な夢物語を言っているか」と、それでも一度は言っておきませんと、此処の専売特許ですから。

これが問題になる時が遠からず来るはずでございます。その時にその洗礼をするのは誰?だいたい見当はついております。そういうことが徐々に、日本人も、世界の人々の心にも神秘であったものが神秘でなくなる日がまいります。

私がコトタマの原理を拙いお話しですが話しを聞いて下さる中で、神秘だとか、神様の学問であると、お考えになる方はあまりいらっしゃらない、人間の学問だとお考えになるだろうと思います。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月12日

言霊 布斗麻邇講座・あっ、これだったのか

ここは、天皇に関する記録、それに対する祝い事、お政の調度、道具、そういう大切なものが、みんな保存されている所です。この賢所を冷静に調査すれば、今、私が申し上げたような疑問は一遍に飛んでしまう。「あっ、これだったのか」、明らかになるものがたくさんございます。

そういうものを合わせた日本の皇室内のお政の仕方、新しい天皇が立った時の「大嘗祭」、立太子と申しまして、皇太子が皇太子として立つ時の式典「壺切の儀」、その際に壺切の太刀を天皇からいただいて、それでもって壺の封印を破った中を覗き込む儀式。壺の中には何が入っているのか、知りたいでしょ?たぶん間違いなく、五十個の瓦だけ。

粘土板にアイウエオを彫って高熱で以て焼いた瓦を覗き込む。昔の天皇はアイウエオ五十音を自分の心の中で、その存在と意義を知った上で政を行っていたことを、この三千年間は知らずに来ましたから、時が来たならば、そういうことを知っている天皇が天皇の位に就く。

三千年間、賢所に保存してあるものが明るみに出てまいります。そうますと、間違いなく、議論の余地なく、天皇はかくあるべし、もし、そういう人が出ないとなると、どうするか、まで分かってまいります。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月11日

言霊 布斗麻邇講座・賢所(けんしょ)

大昔にそうだったように、ただ、天皇が誰でも良いというわけにはいかない。今はその詳細に触れないことにして、そういう解決の方法があるということを申しげたいと思います。

そのために周知を尽くして、どうしても分からないという時がありましたら、日本の真の青い鳥は何処にいるんだ?、それを探すことになります。探す所は今でもいいですが、その時ではない、そういう議論は起こって来ないでしょうが、その内に起こってくるでしょう。

一番ハッキリしていることは、宮中三殿と申しまして、皇居の中の一番尊い所とされている三つの殿(あらか)、一つは賢所、もう一つは皇霊殿、もう一つは神殿。皇霊殿は代々の天皇の御霊を祀っている。神殿は日本中の正統な神様をお奉りしている。

その皇霊殿と神殿の上に立つ一番尊い殿が賢所。この間、賢所とは何だという本を書かれた、宮中に女官を五十数年間務めて辞められて、そういう本を発表した方がおっしゃるには「かしこどころ」とは言わずに「けんしょ」と言っていたそうです。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月10日

言霊 布斗麻邇講座・天皇の地位

しかし、これが何十年と経ってきますと、そういう意識をしない人が世の中の中堅になりますと、天皇の地位と申しますのは、シンボル、国民の表徴とは天皇を擁護する言葉ではないのです。誰も擁護してくれない言葉なのです。その時になると日本人は困ってしまう。

その時のために「ああしたら良いだろう、こうしたら良いだろう」、自民党の中には元の憲法に戻せという人もいらっしゃる。そうしますと、又々神憑りの憲法が作りだされる。神憑りじゃないことに慣れてきた今の日本人には「おー、ヤダ」ということになります。

そうなると、どうしたらいいか、誰でもが考えなくてはならない。誰でもが考えつかないことになると思います。そのために、そういうことが起こってくるだろうなという予感がしてきますので、一言挙げておこうかな、真実は一つしかない、神憑りでもない。

いとも合理的でありながら、神懸かりでない、天皇の位置を定める唯一つのことがある。これなら誰も何も言わないで、「本当にそうだ」と、世界の人も認める天皇の地位というものが、実際にないわけではないのです。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月09日

言霊 布斗麻邇講座・国民の象徴

その言葉の真髄を知らないで、皇統の云々、皇室の云々を語るのは、中にいらっしゃる方に酷い仕打ちをすることと同じことです。明治憲法の時は天皇の地位を、言葉としては違うかもしれませんが、「大日本帝国は万世一系の天皇、これを統治す」というところから憲法は始まりました。

日本帝国、今は日本国と申しますが、当時は天皇の統治下にありましたから。日本帝国は万世一系、ズーッと血筋が繋がっている。

私はよく言うのですが、フランスの凱旋門はフランスの栄光のシンボルだ、これは間違いなく合っている。フランス人は凱旋門に行くと「フランス人だ」と意識が高まるそうです。それは良いと思います。

けれど、生きた生身の人間をシンボルにしてしまった、こんな表徴の仕方は何時まで続くか、今は未だ旧憲法が意識に遺っている人がたくさんいますから、ま、これでいい、ということになっています。そんなに問題沙汰になりません。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月08日

言霊 布斗麻邇講座・日本語は日本人が作った

日本の国語、日本語と申しますのは色んな表現方法が違いましても、その言葉の中に遺っている心の血筋である「霊統」は一貫して変わらないのです。それが日本語という言葉です。

日本語は日本だけに通用して日本の国土の中で育った言葉です。外から来た言葉ではございません。このことを日本人自身が知っておりませんと飛んでもない間違いになってまいります。

インドで言われている言葉が日本語に似ているからインドから来たのだろう、船で渡ってきたのだろう、この間、ある人から北方民族から伝わった、何故そういう人達は他から来たと言いたがるのか、何故日本語は日本人が作ったとどうして言わないのか。

私は疑問ですし、不思議で仕方がない、何故ならば日本語は他の世界中の言語のどの言語とも似ていない独特のものなんです。しかも二千年前から出来上がった言葉ではないのです。五千年、八千年、一万年前から日本の国土でもって発展してきた言葉です。

言霊・布斗麻邇「日本語」(H18年10月・会報221-5)

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2018年07月07日

言霊 布斗麻邇講座・知識と智慧

その人が言ったその場限りの発想でもって物事を決めていきますと、飛んでもないことになる。何で私がこんなお硬いことをコトタマ学から離れたことを申し上げるか、さっきも申し上げましたように、皇室の中に入った立場で言挙げしている文章に出会ったから。

皇室の中でも驚くほどギョッとする変な考え方をしている方もいらっしゃいますが、それにも関わらず皇居の中にいらっしゃる方々は、こういうことも考えているのではなかろうかを知った上での発言であることに間違いはございません。

そういうことから、この社説が最後に言っているように、静かに、日本という国、天皇という皇祖、天皇の血筋というものがどういうことにあるべきか、静かであるべきではあるけれど議論を深めて行かなければならないと結んでおりますから。

時が来れば、又、たくさんの知識を言い張る方々が出ていらっしゃると思います。出て来ることは結構なことで周知を尽くして、そういう方々の意見を集めて、それを土台に勧めていくのは結構です、ところが、その知識が知識で留まっていては飛んでもないことになる。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4了)

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2018年07月06日

言霊 布斗麻邇講座・日本語の成り立ち

これは何千年の伝統の問題。教育は明治憲法、昭和憲法と内容は変わります。ですが、変わらないものがある、それは日本の国土でズーッと生き継いで、生き継いできた、この先祖から持っている心の血統、これを霊統と申します。

これを受け継いで私達は今、過去を背負って、良いにつけ、悪いにつけ、こうやって現代に生かしていただいているのが私達ですから。その霊統というものがどういうように変化してきたか。

その中で今までの解釈は無理がなかったから、未だ実相として唱えているものがないのではなかろうか、ということを全部知った上で日本国はこういう国なんだということを発見していかなければなりません。

又、日本の国のこの営みを支えているのは何か、それを表現するのは言葉でございますから、その日本の言葉、日本語というものはどうして出来上がってきたのか。これを決定的に調べなければ、その結果というものが国民の中にある天皇の地位を定める時にものすごく影響を及ぼしてきます。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月05日

言霊 布斗麻邇講座・生きている今ここ

これでは子供が一番可哀想です。その次に可哀想なのは現場の先生、教え方は一朝一夕で出来るものではございません。その人の一生を投げ打って、心血を注いで、「こうすべきだ」を築いたものを中心に教育をしない限りはお子さんがついてまいりません。

にも、関わらず、先生の教育方針の努力を全然考えないで、努力をしない先生がいらっしゃるからかもしれないですが、どんな方であれ、その先生がやる教育なんですから、その先生の心持ちを組み入れた出来上がった改革でない限り、どうにもならない。

それを良くまとめるためには、「教育とは何であるか」、「人間とは何であるか」の周知を尽くしてそれに対してメスを入れない限りどうにもなりません。知識だけで運営されて、人間は生き者なのですから、動物でも言うことをきかなくなります。動物園の動物も知識だけでやってますと動物は狂ってしまう。

いわんや、人間のお子さんなんですから、そういう決して許されないことが今の教育現場ではとうとうと通用しております。悲しいことです。事が皇室のことになりますと教育問題どころではございません。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月04日

言霊 布斗麻邇講座・事は現場で起こる

いくら良いことでも教室の先生に出来なければ、それは悪いことになってしまいます。そういう意味で教育とは難しい問題なのです。何故難しいのか、最終的な教育の目的が何かと言えば、人間人格の完成だ、ということになると思います。

その「人格の完成」という難しいことになりますが、人格の完成の「完成」とは何ぞや、人間はどういう生物で動物であるのか。人間の心理はどういう構造になっているのか。

そういうことを全然知らないで、ただ付焼刃で「今はこうだから、こう直す、こう改めよう」と言って、直せば直すほど物事が複雑になって、何が起こるかと言えば、教室崩壊のような極端なことになってまいります。

何故かと言えばドンドン変えてしまうと、まず迷惑するのは子供です。この間まで「ゆとり」が足らないと言って「あまり詰め込むな」ということで何年か前に始まりましたが、未だその成果も出て来ない内から、今度は今年、世界の学力ランクからすると日本は相当落っこちてしまった。今度は詰め込み教育をする、又始めようとする気配が濃厚です。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月03日

言霊 布斗麻邇講座・木を見て森を観ず

そうでなくても、年に一二度は文部省で有識者会議を開いて困ったことがあると、何回も、何回も訂正しながら、学校の経営をされているわけですが、じゃ、学校の現状が良くなったか、どうも良くなっていないようだとなると、現状をハッキリと文部省に報告しないからいけないんだと、部外者が評価をするとかの話にもなっているようです。

教育というものは周知を揃えていくら研究しましても、改めようとすればするほど、薬の飲み過ぎ。熱が出れば冷ます、利きすぎれば温める事後治療にどうしても終始追われてしまいます。

どうしてそんなになってしまうのか、今の時代が異常な程、知識尊重だからです。知識がなければこの世の中生きてはいけません。しかし、重大なことを決める時に有識者が何十人か集まって、各々の知識を綜合すれば素晴らしい知識が形成されるかと言えば、これは大違いなのです。

実相は大勢の人が集まれば集まるほど、実相から離れていきます。ことに頭の良い人が集まりますと、頭が良いということは他の人より抜きん出ている。抜きん出ているということはその人でしか出来ないことを知っているということです。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月02日

言霊 布斗麻邇講座・実相は一つ

その知識を素にして「こうしたら、ああしたら」良いと言いましても、知識全体の実相を観るには中々難しいものでございます。際立って難しい事態でも真相は一つなんです。これしかないという真相が必ずあるはずです。

その真相を知識や概念の面から言えば言うほど、こんがらがってくるのです。男の継ぎ方がいないとなると「じゃあ、女にしよう」と直ぐ来るのです。それがどういう意味を持っているのか、昔からどういうことが起こっていたのか、それによって日本人の心がどう起こるのか。

そういうことを慎重に考えた上でそのように決めているのではなく、一人のパッとした発想から直ぐそれに飛びついていく。これはとてもおっかない。このことは教育問題で明らかです。

今度の総理大臣は教育制度の改革に熱心で、教育基本法の改革は必ず私が総理大臣の時に決めたいとハッキリ仰っているくらいですから。色んなことが持ち上がってくると思います。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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2018年07月01日

言霊 布斗麻邇講座・重陽の節句

九月九日は中国では「重陽の節句」と申します、朝日新聞の社説です。新聞を此処で読もうとしましたが、長い文章を縮めて書いたのか読みにくい文章なので、これはたまらんと思い、録音してしまいました。

でも、意味はお分かりになられたと思います。こういうことのこれからの皇室に関することに色んな議論が、その時、その時に固まってくるのではないかと思います。

ところが今の世の中は、どうにかしようと考える時に、何時も皆さんに申し上げることなんですが、有識者と言われる成功者、いわゆる成功者を集めて、その人達の経験知を集めて議論をしていただく。そのような会議にどうしてもなってしまう。

今の時代から言えば当たり前のことかもしれません。けれど、有識者の識は知識の識です。知識というものは生まれてから今までに培った知識に過ぎない。どんなに偉い頭脳の中に、人類全体の知識が何百分の何千分の一入っているか、のように思います。

言霊・布斗麻邇「経験知と実践知」(H18年10月・会報221-4)

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