2018年04月30日

言霊 布斗麻邇講座・頭で考えるとそんなこと有り得るのか

でも、頭で考えるとそんなこと有り得るのか。私が小笠原先生の所へ通っていた時に、あるお弟子さんがいらして、その方はすごく頭の良い方で「Mr.Y」と申します、名前は申し上げません。

名古屋大学出の原子物理学者の方で、小笠原先生の許で勉強されていた。自分の原子物理学を応用して、ちょっと見ると素晴らしい理論を発表しました。発表したのは良いですが、その理論に捕われて先生の言うことを聞かなくなってしまった。

小笠原先生は「結論に天照大神が出てくればよろしいですが、出てこないとすると、その理論は立派ですが間違っています」とおっしゃった。「これで間違いない」とY氏は自らの持論を宣伝しました。

良い考え、悪い考え、総てを取り入れるなんて有り得ない、どっかが変わるはずだ、そんな考えを誰が出来ますか?普通では出来ませんよね。全部を受け入れて、それに生命の光を与えると、それがそのまま新しい文明の糧となる。

当時は、私と丁々発止と小笠原先生の会の集まりの後に喫茶店へ行って、二人でその話をしたものなんです。その有り得ることをお話し申し上げます。

言霊・布斗麻邇「天津太祝詞の太祝詞事を宣れ」(H18年8月・会報219-5)

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2018年04月29日

言霊 布斗麻邇講座・条件なし

文化活動をするための原動力を父韻で現すのですから、文明活動をしていない赤ちゃんは父韻の並び様がありません。天津菅麻音図と申します。

普通、こういうものがあった、それを人類文明に吸収するにはマルクス主義があったとすると「ここは良いから取り入れよう、ここは悪いから取り除きなさい」と大概採用します。

お前をこの役目にはつかせるが「この癖だけは出してくれるなよ」と言って抜擢されますが、よっぽど太っ腹なら「お前存分何でもやれ、俺が見ていてやる」と言って採用するのは難しい。

ですから、必ず条件がございます。条件があるはずなのに皇祖皇宗の文明のご経綸は、決してこれが良いとしていいとこ取りする経綸ではございません。良いところ、悪いところを全部取り入れて、光の言葉を当てる。そうしますと、それがそのまま世界文明に役立てる。

言霊・布斗麻邇「天津太祝詞の太祝詞事を宣れ」(H18年8月・会報219-5)

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2018年04月28日

言霊 布斗麻邇講座・心の住処

「霊葉」という光の言葉を出すと何にも訂正することなく、一般の状況を光の中に取り込むことが出来るのか、理論的に申し上げようと思います。

5_onzu.jpg人間が住んでいる次元が五つございます。その次元を母音に当てはめますと下からウオアエイと並びます。

一生「ウ」の境涯で過ごす方もいらっしゃいます。一生の間「ああしたい、こうしたい」と過ごします。理論的にその「ああしたい、こうしたい」を展開して学問の世界を過ごす「オ」。

欲望(ウ)の世界を突き進んでいく時に八つの父韻はどう並んでいるか。ウを中心にした音図のア段は「カサタナハマヤラ」、天津金木音図と申します。

「オ」の学者さんの頭の構造のア段「カタマハサナヤラ」、赤珠(あかたま)音図と申します。

「ア」という芸術・宗教に携わっている人の心の構造のア段は「タカラハサナヤマ」、宝(たから)音図と申します。

「エ」、人間がコトタマによる政治を行うア段は「タカマハラナヤサ」、天津太祝詞音図と申します。

「イ」は創造意志の父韻「チイキミシリヒニ」は目に見える現象にはなって行きません。並びが定まらない、どう並んでも間違いではない。生まれたばかりの赤ちゃんは文化活動をしておりませんので並び様がありません。

言霊・布斗麻邇「天津太祝詞の太祝詞事を宣れ」(H18年8月・会報219-5)

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2018年04月27日

言霊 布斗麻邇講座・人類文明に組み入れていくその言葉

人類文明に組み入れていくその言葉を分からせていただくことが出来ました。このことが分かりまして呆然としました。実際の所、国津罪と申しますのは生まれてこの方の罪穢れ、天津罪と申しますのは人類として生まれてきた以上、持っている罪穢れです。

この二つが少しでもあれば光の言葉を出せないものを、私みたいなどうにもならない人が、こうやって出せた。ということは、要は世界人類がこの地獄の底にあって、もし、北朝鮮でもいい、イランでも原爆を造って、インドとパキスタンとが原爆戦争が起ころうとして、起こったとしても不思議でない世界の情勢。

これが本当の地獄、今の世の中が滅亡してしまう危険性を持っている世界です。その世界を一瞬にして生命社会の光明に転換させる、日本人が立ち上がれば出来るんですよ、と教えて下さった。

その光がここに差し込んできた、そのことを皆さんにお伝えしようと「光の言葉」をお話し申し上げました。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4了)

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2018年04月26日

言霊 布斗麻邇講座・コトタマで綴られた光の言葉

皇祖皇宗が地獄の底に手を差し伸べてきたのだと思います。ある言葉がサラサラっと出てきてメモ書きしました。そうしますと自分のことしか書いていない。このメモをお渡しする人に、どういうようにコトタマ学を勉強すれば良く出来るかが一目瞭然に分かるように書いてある。

わぁー、禊祓の言葉そのままが出てきました。光の言葉が口から出て来たということが分かりました。言霊アの次元で金色とも銀色とも見分けがつかないキラキラとした細かい粒で穏やかな光でした。

イとエではそういうキラキラではなくて、コトタマで綴られた光の言葉、その人のその場の実相をとらえていて、その実相を変えていく言葉。相手によって違う言葉、それでいて無条件でその人が進歩していけば助かる道、その言葉があることに気が付いたのです。

この言葉が霊葉と申しまして、禊祓である外国の文明を吸収して何も訂正することなく、そのまま取り上げて生命の息吹を与える。父韻の息吹を与えて新しい文明に組み入れていく。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月25日

言霊 布斗麻邇講座・観念したら雲間から

すったもんだ、私の所へちょくちょくいらした方は、おかしくなった様子を目の当たりにされたかと思いますが、それほど頭が変になりました。今まで40年間も一生懸命やってきたのに、お前はここでストップ!と言われてしまったのですから。

精神的にのたうち回ってしまった。ここで立ち往生してしまったら先生との約束が守れない。自分がこんなに情けない人間だと、どうしていいのか分からない。そうしましたら今から半月ほど前に、その真っ暗闇に何か隙間が出来た。

それか、あんなにのたうち回っているのだから、可哀想だから少しは手助けしてやろうかって、皇祖皇宗が地獄の底に手を差し伸べてくれて「ほい、ほい、起きろよ」と言ってくれたのかもしれません。

親鸞聖人曰く「煩悩具足の凡夫、地獄は一定住み家ぞかし」、地獄がお前の住み家なんだよ、極楽には縁がないのだ、お前は地獄の底で胡座をかいておれば良い」、もうこれ以上地獄から逃れられないなと観念しましたら、スーッと雲間から光が差した。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月24日

言霊 布斗麻邇講座・今までの神様では通用しない

正反が相対立していたのでは良いか悪いか分かりませんから、自分の説と相手の説を成立させる説はないだろうか、そうしますと正反合、これで貴方と握手できるな。これが大禍津日神、これもダメと書いてある。

これもダメなら止めるより他ない、となりますと、次に神直毘の神。次に大直毘の神。次に伊豆能売。八十禍津日神も大禍津日神もダメとなりますと、今までの神様では通用しないということが分かってきました。

さあ、どうしたらいいのか、今まで宗教的な恩赦をいただくことによって解決してきた、又はもう一段高めの理論で今までの問題を解決してきたのに、それもダメ、となりますと自分の身体髪膚は何処に行くのか。

心と体の穢れが一切ない人間にならない限り、お前の心の中から神直日、大直日、伊豆能売は見つからないよ、通行止めの立て札を貼られてしまった。それから二月三月になります。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月23日

言霊 布斗麻邇講座・有り難い・・・消える嫌な思い

そうしましたら、これは絶対に「直らない、直らない」と思いますと、その直らない自分がよく生きているな、大切な御用を授かっているのに「嫌だ」という思いが心の中にわだかまっていて、自分の心に言うことをきかせないこんなに弱い人間が、どうしてこうやって生きていけるんだろう。

生きているということがどんなに有り難いことだ、「有り難い」と思いますとその嫌な思いがその瞬間だけスーッと消えてしまう、その癖が。それを繰り返していきますと、これが八十禍津日神という神様の働きなんだな。

大禍津日神と申しますのは八十禍津日神と違いまして議論なんです。私は昔、理科の勉強をしているはずが哲学をやりだしまして、その内に弁証法哲学というのにのめり込みました。

弁証法哲学は私が正しいとする、ある一点を他人が「それは違うよ、こういうんだよ」と申します。そうしますと自分が正しいとする説と反対の説です。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月22日

言霊 布斗麻邇講座・毅然として心の中にドカッと腰を下ろして「NO!」

次にその禍を直さむとして成りませる神の名は、神直毘(かむなほひ)の神。次に大直毘(おほなほひ)の神。次に伊豆能売(いずのめ)。

八十禍津日神と大禍津日神は分かった、神直日、大直日、伊豆能売の神様も完全に分かった。

分かった時には家内とその分かった神様をお祀りしている神社へお参りする習わしでしたけど、この三人の神様を何処に奉っているのか分からない。

八十禍津日神というのは、自分の心の中にある罪穢れを「嫌だなー」って見つけますでしょ。何とか心の中から取り除こうとして一生懸命になる。例えば「あの野郎は嫌な野郎だ」の思いがなかなか取れない。

自分のことでない、他人のことでどうしてそんなに神経を使うのかって。それは結局同じ因縁を持っているからなんです。だから、お前はどうして「嫌だな、嫌だな」と思うのか、その思いに「NO!」と言うのです。禅でいう「無」、毅然として心の中にドカッと腰を下ろして「ざまあみろ。」

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月21日

言霊 布斗麻邇講座・禍の付く神名

何故、古神道布斗麻邇の中に八十津日神(ヤソマガツヒノカミ)なんて出てくるのか。いくら考えても分からない、でも、とうとう今から二年前に「禍」津日神がよく分かりました。

それから今年の始めに三つの関門に突き当たった、どうしても分からない。
 神直日の神/カムナホビノカミ
 大直日の神/オホナホビノカミ
 伊豆能売/イズノメ

心の中にあることは確か、絶対に。なぜならば今までの九十神というものは心の中にあるということを見つけてしまったのですから。これらの神様が外にあるなんてことは有り得ない。

心の何処かにあるのは間違いないのですが、ここで立ち往生してしまった。そこのところをどう書いてあるか読ませていただきます。
ここに詔りたまは く、「上つ瀬は瀬速(はや)し、下つ瀬は弱し」と詔りたまひて、初めて中つ瀬に堕(い)り潜(かづ)きて滌ぎたまふ時に、成りませる神の名は、八十禍津日 (やそまがつひ)の神、次に大禍津日(おほまがつひ)の神。
この二神(ふたはしら)は、かの穢(きたな)き繁(し)き国に到りたまひし時の、汚垢(けがれ)によりて成りませる神なり。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月20日

言霊 布斗麻邇講座・何処にいるんだか、皆目分からない

何だか分からない神様の名前がズラズラズラっと出てきます。自分の心の中に探す仕事に入ったのです。自分の心の働きは「これはこの神様の働きだな」を探さなければ、証明になりません。「81番目以後は貴方の宿題だよ」と言われましたから。

81番目から百神までちょうど20神あります。これを一つ一つ、自分の心の中に探す。奥疎の神、辺疎の神なんて、何処にいるんだか、皆目分からない。誰も教えてくれない、一生懸命探してもなかなか分からない。

希望と絶望が交互に混じって二十年、至る今年になりますので。「分かった!」時と、どんなに地団駄踏むでも分からなくて、頭がクラクラするほど分からなかったこともございます。

それでも集まって来る人がどんどん増えてまいりまして、その方達を前に変な顔をしておられませんから、呑気の呑兵衛でこうやって話していますが、心の底は分からないとベッドの上で毎晩胡座をかいて座禅を組んで自分の心の中に神様を見つける。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月19日

言霊 布斗麻邇講座・宿題

初心に帰れということで一番簡単な名前がいい、それで「言霊の会」、コトタマをやるので「言霊の会」、誰もいないけど会報もコトタマに関心のない人にも送ろう、それがこの会の始まりです。

今はお陰様で180部刷って、170部は毎月配布しています。出世したものだなと、ですが、宿題が残っておりましたから、その宿題をやらなければ、私も若くはない67歳になりましたから、会を発足すると同時に言霊百神に出てくる81番目からの神様、

 奥疎の神/オキサカルノカミ
 奥津那芸佐毘古の神/オキツナギサヒコノカミ
 奥津甲斐弁羅の神/オキツカイヒベラノカミ
 辺疎の神/ヘサカルノカミ
 辺津那芸佐毘古の神/ヘツナギサヒコノカミ
 辺津甲斐弁羅の神/ヘツカヒベラノカミ

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月18日

言霊 布斗麻邇講座・どうしていいのか分からない

どう考えてもそれが出来ないことはない。それなら出来ます、「それで結構です」というわけで私が後を引き継いだということから、先生のご本を参考にわけにはいかない。ということは私が執筆しなければならないことから、「言霊」、「続言霊」を出すに五年間かかりました。

これで準備が出来た昭和63年、それから二年間、「家内に生業としている食べる方の仕事は打ち切る、コトタマの仕事に打ち込むけど食って行けるかな?」そうしましたら家内は「一晩待ってください、計算しますから」と一晩中算盤を弾いていました。

次の朝に「報告していい?」、必要な全額はいいから、やれるか、やれないか、だけを教えてくれ。「贅沢さえしなければ何時まで生きられるか分からないけど、何とかやっていけます。」

嬉しかったです、その日から生業の方は止めてコトタマの仕事に入った。ところが誰もいないでしょ、お弟子さんは一人もいないのですから、どうしていいのか分からない。どんな会の名前を付けたら良いかも分からない。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月17日

言霊 布斗麻邇講座・貴方の好きに喋って下さい

それから二十数年が経ちました私が57際の時の昭和57年に先生が79歳でお亡くなりなりました。亡くなる前に私を電話で呼び出して後事を頼まれました。「旗印」という会報にその時の経緯を書いたことがございますので申し上げませんが。

「あなた、頼むよ」と言われ、と同時に「禊祓の81番目以降は貴方の宿題ですよ」と言われました。亡くなられて五年間、私は何もしませんでした。ひたすら言霊の会を発足させるために準備をしました。

先生にこのことを言わなければならないと、それは「後を頼むよ」と言われ初めは断った。「先生のように頭は良くないし、怠け者で、強情だし。こんなのが先生の後を継げっこありませんから。他に適当な人がいたらお願いします。私はお願いされた人の補助員として、下っ端について一生懸命助けますから。」

そうしましたら先生は「ウ〜〜〜ン」と唸って、「では、こう申しましょう、私が死んだら、私が教えたことを全部忘れてしまって下さい。綺麗サッパリ忘れてしまって下さい。貴方の好きに喋って下さい。これなら出来るでしょ?」

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月16日

言霊 布斗麻邇講座・一時のオアシス

それから下妻に帰って本屋さんに頼んで、法華経三巻を頼んで貪るように読みました。私の先生が「そのような体験をした人は法華経を読めば全部答えが書いてありますからね、読んだ方がよろしいですよ」と教えてくれましたので。

そうしましたら28章もあるところに「方便品(ほうべんぼん)」があり、「化城喩品(けじょうゆほん)」には、どうして光に包まれているのを見るのか、ということがよーく書かれている。

そんな光の城なんてものはないんだよ、けれど、人によってはその光の城を見ないと、これから先の長い砂漠を歩いて仏の国に辿り着くのに嫌になってしまう。途中に幻の城を作って「負けなさんな、負けるな、負けるな」の声援を贈るための城を見せてくれるのです。

そのように書いてあります。今まで半年くらいの座禅の苦労は何てことはないのだと。これからの苦労の方が大きいのだなと、ジャグ(衝動)が起こりまして、この前に先生から言われましたことから、私も負けるものかと又、先生の所へせっせと通ったのでございます。

言霊・布斗麻邇「光の言葉」(H18年8月・会報219-4)

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2018年04月15日

言霊 布斗麻邇講座・見る必要がなくなると見なくなる

誰でも見ている光なのですから、見たからと言って貴方は威張ることはない。また、大変なことでもない。当たり前のことを見たのですから当たり前だと思って、何時でもその光を自覚できる人になって下さい。

貴方が一歩、その自覚を得るために、コトタマ学の勉強を始めると同時に決して見なくなります。見る必要がなくなるから見なくなる。

と同時に、どうしてこんなことが起こるんですか?こんな綺麗なものを私に見せてくれたんでしょう?と質問しましたら、先生は「ハハハ」と笑われて。

それは貴方ご自分で分かるでしょう、貴方くらい強情はいないよ、貴方くらい怠け者もいない。一年も二年も何も働かずに作業場に篭って座禅するなんてことは実に贅沢、そういう人はあまりいませんよ。第一、貴方は煩悩至極で、もう煩悩が多くて困っているでしょう、・・・それはそうだと思って。

つづき
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2018年04月14日

言霊 布斗麻邇講座・光の正体

「帰れ!」と言われるかなと思いましたけど、ノコノコと出てきまして、私の顔をジーっと見て「あっ、島田さん、見たね、あなた、光を見たでしょう。」光なのかどうか、奇妙なものを見ました。たまげてしまったので先生に説明してもらおうと思って。

「お上がんなさい」と奥に入れてもらって懇切に説明して下さいました。
阿弥陀経に「青色青光、白色白光、黄色黄光、赤色赤光、緑色緑光。青い色は青い光、赤い色は赤い光なんだ、人間社会というものは本当の真実、実相の世界は光の世界」で、自我の強い人間はそこにあったものを向こうから来る光だと思っている。

「如来」は来るが如し、みんな来るように思っている、そうじゃない、貴方が質問を放射して光が入ってくる。世の中は本当はそのように出来ている。貴方が本当の光を見させていただいたのは良い記念ですから覚えておいて下さい。

その後、色んなことを教えて下さった。誰でも見ていること。赤ちゃんがまだ視力を持たない時にトロンと見ている時があるでしょう、あれはその光を見ている。赤ちゃんが成長するにつれ「自我」が出てきて見えなくなってしまうのです。本当はその光の中で生活しているのが人間です。

布斗麻邇講座「ヒカリ」(H18年8月・会報219-3)

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2018年04月13日

言霊 布斗麻邇講座・人間同士他人はいない

何か皆が兄弟のような、親類のような、何だか知っている人のように「生きていて良かったね」、「私もお陰様で生きていますよ」の気持ちで「お晩です」、「お晩です」と2kmくらいの道を帰りました。

家に帰っても何だかポカポカポカポカして温かくて、禅の本を出して読みましたらちょうどその所に「我と汝同根、之奇特なり」という言葉が出てきたのでございます。どういうことか、貴方と私は根っこで繋がっているんだ、何て有り難いじゃないか。人間同士他人はいない。

お腹のあたりがポカポカポカポカして。そんな経験は夢にも思わない経験ですから、あのオッサンに「来なさんな」とは言われましたけど、他に聞く手立てがない、厳しい先生でしたからまた門前払いされるかもしれない。

言われようが、何をされようが、こんなことが二度あるとたまったもんじゃない、翌朝の一番の列車に乗りまして、当時、先生は渋谷の幡ヶ谷という所にお住まいでしたから、玄関を開けまして「こんにちは、島田です!」

布斗麻邇講座「ヒカリ」(H18年8月・会報219-3)

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2018年04月12日

言霊 布斗麻邇講座・何だか有り難いような、あったかい気分

和やかな光で全然眩しくない。アー、すごいことが起こってしまった、そうとしか考えようがないですから。その内、一番驚いたのが、手をかざしましたら、下の俺も手をかざしている、透き通って向こうが見える。

それでいてキラキラキラキラ煌めいて、25分くらい続いたのでしょうか。何時始まったのか、時計を見ていなかったので、長さの感じで20〜25分くらい、いつの間にかフッと自分の体の中に帰った元の木阿弥。

ただ、夢じゃないということをよく知っていますから、どうしてこんなことが起こるのか、お腹の辺りからポカポカポカポカして、夕方に暗くなるまでまんじりともせず、何だか有り難いような、あったかい気分で。

暗くなって家に帰るのに堤防の上を歩いていますと、農家の方も荷車引きながら野良から帰る途中に出会って。今までは「お晩です」と声かけられて「お晩です」と返していましたが。私の方から「お晩です」と会う人、会う人に声かけました。

布斗麻邇講座「ヒカリ」(H18年8月・会報219-3)

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2018年04月11日

言霊 布斗麻邇講座・これは夢じゃない、現実なんだ

あれ、あれ、どういうことになるんだろう、何と、何と、この目線が、昔、私は視線と申しましたが、ドンドン真っ直ぐ上に上っていった。体は今いた所にいると分かっておりましたけど、目線だけが上へ行って、とうとう気が触れたのかなと思った。

数百メートル位の上空、素晴らしい景色が広がって、鬼怒川が北から南へ平野の中に真っ直ぐ流れていて、それでいて周りの田んぼ、小高い丘、森がキラキラ輝いて見える。下流の方はそれこそ10キロも20キロも見渡せる。

下を見ましたら河川敷に変なのが座っていて、よくよくこう 見れば「何だ!俺か!」、座っているのが見える。あそこに座っているのが見えるということは、これは夢じゃないんだな。

顔を叩いてみた、同じように下の座っている俺も顔を叩いている。これは夢じゃない、現実なんだ、さらに世界が一変してしまった。私の周りの世界がキラキラとして砂粒のような細かーい光の粒が音も立てずに渦巻いている。

布斗麻邇講座「ヒカリ」(H18年8月・会報219-3)

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