2018年01月31日

言霊 布斗麻邇講座・人間の心の住み家

「宇」という字を辞書で引いてみて「軒」又は「屋根」のこと。それから転じて「家」。「宇」は宇宙でしょ?日本の家の語源は五段に重なっている、母音がなっているアイウエオ、アオウエイ、五母音が重なって家(五重)。

五つの宇宙が重なって一つの宇宙を構成している。其処が人間の心の住み家ということで、人間の心の本体は宇宙だとハッキリ言うことが出来る。家というのは宇宙ということ。

宇比地邇、比は何々と比べる、漢文はここで返り点が付く、家を何に比べるのか、地に比べる。家は地に比べて近し、家(宇宙)が地面に比べて近し、宇宙がズーンと天が下がってきて地と一緒になる。

そういうように考えた、私が。さあ、分からなくなった。スッタモンダ、スッタモンダした末に、どういうことか、ハッと気がついた。その気がついたことは私が現実に社会に出てやったことで気が付いた。

布斗麻邇講座「父韻チイ」(H18年7月・会報218-2)

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2018年01月30日

言霊 布斗麻邇講座・拝んでもご利益はない

始めは宇比地邇(ウヒヂニ)の神、あまり難しいと皆さん、あいつが「難しい」と言っているから俺には「無理だ」と思われたら、そうではないのです。理屈って言うのは案外平常には疎い、第六感でフッと捕えられたらこんなに有り難いものはない。

こんな神様はいないですから、ハッキリ断っておきますが。神とありますから、これを一所懸命拝んでいれば父韻が分かるだろうと、一生拝んでも分かりません、保証しておきます、こんな神様いないのですから。

けれど、人間の生命の中にあって、人間の行動を総て機能の力によって人間の行動を現象として現すものを「神様」だと言えば、それは、神様はいます。けれど、手を合わせて拝む神様ではないのです。

宇比地邇の神と名前で表される言霊「チ」と申しますのは、オギャーと生まれた時から授かっているのですから。授かっているものをいくら拝んだところで外方を向きます。こんなに用を足しているのにまだお前は拝むのか、ということになりますから。

布斗麻邇講座「父韻チイ」(H18年7月・会報218-2)

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2018年01月29日

言霊 布斗麻邇講座・言葉にする前の頭の中の誘い

「あいつは嫌な奴だな」と思っても喧嘩するのではなくて、家に帰ったら何故「嫌な奴だ」と言ったのか、思ったのかを自分の心に照らし合わせて考えてみますと、パッと見た瞬間のニュアンスなんですね。

「嫌な奴だ」と思った時が「嫌な奴だ」とする原因ではない「嫌な奴だ」と思う前に何か自分の心にチクンとする何か。ピカッとしたら直ぐにゴロゴロではない、ピカッとして何秒か後にゴロゴロですから。

本体は「ピカッ」にある、その「ピカッ」とは何だろうをジーっと考えて、私の先生と続けてそうやってきましたけど、「これなんだ!」って分かりましたのが、そんなに昔ではないのです、まだ二三十年前のことです。

その時の消息をもっと噛み砕いて、どうしたら良いかを年中考えた末に今回のお話でご説明いたしますので。分からないのであれば「ハイ」と手を挙げて「そんな未熟じゃ分からない」と仰って下さい。そうしましたら私は死ぬまで考えますから。

その「ピカッ」としている時は分からないですよ、光ったから分かる、光る前はどうなんだというのが父韻ですから、そこで難しいことになりますけども。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1了)

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2018年01月28日

言霊 布斗麻邇講座・見当がつかない処をどう検討つけるか

その中でもこの父韻、父韻をどう伝達したら良いか、どう説明したら良いかは秘中の秘でして、さっき申し上げましたように初公開ではないですが。

喋れば喋るほど難しいなということになってきて、今回はもう少しマシな説明ができるかなと。もう、だいたい講座は五回目で、以前よりは上手く喋れるかなとは思ってはおりますが、どうでしょうか。

どういうやり方をするか、ここに八つの神様の名前が漢字で書いておりますから、漢字の一つ一つを説明することです。これは直ぐ出来ますから。説明して書いてあることがそのまま分かったなら、八つの父韻の一つ一つがどういう内容なのかは別の話です。

名前が分かっても見当がつきません。ですが、その検討のつかない所を私の先生からズーッと今日まで「あーでもない、こーでもない」と自分の心に照らし合わせます。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月27日

言霊 布斗麻邇講座・言の葉の誠の道

ですから、コトタマ学を勉強してから44年間経っておりますが、最初の内はチンプンカンプンで、途中、何かの取っ掛かりから「あ、こういう学問なんだ」ということが分かってきましてから、もう病み付きです。

病み付きと申しますと変な言葉ですが、もう離れられない。やればやるほど、これが真実だと分かってきまして、アッという間に44年間が経ちました。我ながら気が長いなと、お陰様で先生から続けて今まで来れて。

小笠原先生はコトタマ学に接したのは昭和10年頃だったと思います。山腰先生の所へ足繁く通われてから、全部で今までに六七十年、だいたいコトタマ学について分からない所がないくらいに整理されました、お陰様で。

ですから、コトタマ学に関してどんな質問がございましても答えられるよう整理されてきましたので、有り難いことだと思っております。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月26日

言霊 布斗麻邇講座・心の中の法則

そのように現代科学は物を構成している素粒子から、もっと奥の物質の根源である物体、物でなくなったような物体を探すようなやり方で「物質とは何か」を研究しているそうですが。

それと同じように、古代の一万年以上前の日本人の祖先は、自分の心の中の法則を求めるために、物を研究する同じ方法で心に適用したと思われます。その適用した末に「そうだ」どんなことがあっても同じことが起こってくる。

何百年も何千年もかけて難解を何回も、何回も乗り越えて「五十個のコトタマがある」ということに到達したのであろうと思います。そうじゃない限り、一人の人がアっと言って霊感で分かるものではございません。

私が初めて小笠原先生にお会いしたのは昭和37年、東京でもってオリンピックが開催される一年前、それで覚えております。コトタマの学問についての本が一冊も出ていない時代。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月25日

言霊 布斗麻邇講座・八父韻が四智に働きかけて現象を起す

kiki_senten.pngここに公開します、「いらはい、いらはい」と今此処に集まってきていただいている方々が「そうか」と門を叩いて入って下さった。それが公開するということになります。ただし、頭の奥でパチパチッ!というのは説明が出来ない。

これはいつも申し上げておりますが、原子物理学の研究がサイクロトロンと言って、両端の電圧がものすごく違う直径が何キロもある空洞の円筒に「速くいけ、速くいけ」と猛烈に分解した物質の要素となるものを回転させ、ある時点でフッと回転を切ってしまうと、回っていたものが切られたことで真っ直ぐに飛んでいく。

飛んでいった先の現象を「こうでもない、ああでもない」と何万回、何十万回と繰り返しながら、同じような現象が起こるのが「何時起こるのか」ということを速度や状態を変えながら「この物質にこんなものがあるのではないか」という仮説を立てる。

それから何万回、何十万回と繰り返して、確かにこういう状態では、何々が飛び出してくる、これは何だ、名前を付けて、そういうものが他にあるのか、どうかを、他で研究し「どうしてもこれがある」となった時に、やれ、中性子だ、何だかんだと名前を付ける。名前を付けた時点でそれを発見した人にノーベル賞がもらえる。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月24日

言霊 布斗麻邇講座・Funke

剖半した主体と客体、私と貴方の間に働きかけて現象を起こす。「やな野郎だな」という現象がある。この人ならいい智慧を授けてくれるかなという現象がある。向き合ったと同時に火花が原因となって、母音(主)と半母音(客)が相結ばれてここに現象が起きる。

ですからよく分かってしまえば、平面的な五十音図で人間の心を表現することも出来ます。五母音、五次元の人間の性能があり、何処を中心に持ってくるかで五つの五十音図が出来上がる。

頭脳の奥の方でパチパチッ!これをドイツ哲学ではFunkeと申します、訳しますと「火花」、Funkeが総てを起こすと書いてある諺があるそうです。

そう言っているだけで八つの父韻の実体は何であるか。パチパチッ!何がパチパチッ!とするのか。それはこのコトタマ学でなければ説明出来ない。崇神天皇以来の人間の詭弁です。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月23日

言霊 布斗麻邇講座・八卦は八父韻

赤の次に「紅」という色があって八色、人間と人間に授かった判断力の原動力となるのは虹と同じ八つの力を授かっている、そのような表現でモーゼに話しかけたということが聖書に書かれております。

又、この八つの父韻の「チイキミシリヒニ」は崇神天皇の時代から二千年間、世界から父韻という意味を何方も決して言わなくなった。だけど、型として遺された言葉があります。

taikyoku.gifそれは儒教の易経である八卦、当たるも八卦、当たらぬも八卦と申しますが、乾兌離震巽坎艮坤(ケン・ダ・リ・シン・ソン・カン・コン・コン)という八つの響き、音の兆し、それを八卦と申します。

仏教では八正道と言いまして一番人間に大切な性能というものを概念的に説いた、こんなこの八つの父韻を指しています。この八つの父韻がパチパチッ、ピカピカッと頭脳内で光りますとゴロゴロと言葉として出ます。(神鳴り)

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月22日

言霊 布斗麻邇講座・出会った瞬間に感応同交する契機

iwasaka.gif八つの父韻が現象を起こす原動力、主体と客体に判れた母音、半母音に働きかけて、これを結び合わすことによって現象が出て来る。人間同士がパッと会った瞬間に、この人は以前会った人だとしたら「こんにちは。」

知っている人という認識を母音(主体)と半母音(客体)を頭の中枢にある父韻が働きかけて「こんにちは」という現象、つまり言葉を発する原動力となる最も奥の力、これを父韻と申します。

人間には八つの父韻が授かっております、八つじゃ足らない俺は九つということにはならない。必ず八つ、全世界の人間たるものは必ず八つ。一つ多くても少なくても人間じゃなくなる。

これは大切なことでして、創世記の聖書にはエホバの神様が出てきまして、モーゼに「我と汝と契約をなさん、契約の印は空に架かる虹だよ」と言って、昔の人は虹が八色だと言っていた、今は七色ですが。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月21日

言霊 布斗麻邇講座・アオウエ四智は他に働きかけない

どういうことか、母音というものはそれだけでもって心の宇宙を占めていて、その占めているものが他のものに頼って存在を表わしているのではありません。そのもの自体だけで宇宙を占領しているものです、という意味。(独神)

5_bo-on.pngということは、身を隠したまひきとは、現象にはならないで先天構造のものです。言葉をもっと改めますと母音だけ。母音は厳然として宇宙を占拠しているけれど、他に働きかけて何かするということは決してないという意味にもとれます。

七つの母音と半母音が出てきて、その母音半母音は他に働きかけることはない。では、子音はどうやって出てくるのか、まったく分からないことになります。それは八つの神様で示されるコトタマの父韻というもの。

読み方は、母音(ぼおん)、父韻(ふいん)、子音(しおん)、親音(しんおん)、父韻だけ「いん」とお読み下さい。統一しませんと聞いて分からないといけませんので。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月20日

言霊 布斗麻邇講座・古事記と書いてコジツケと読む

解釈する時は伊耶那岐神、妹伊耶那美神を次の行に移して、改行して書くべきところなんですが、太安万侶さんに文句を言うわけではないですが、たぶらかそうとしてもそうはいかないよ。(笑)

太安万侶さんという人は本当にユニークでユーモアの長けた素晴らしい頭脳の人だったんだろうと、読んでいく内に予想されます。少なくとも私のような唐変木では書けない騙かし方、見事に千三百年も騙し続けた。大変な力量の持ち主だったのだろうと。

この八つの神様は八つの父韻を指示する名前なのです。次には「八つの父韻があるのだよ」と指月の指。一つ一つ説明をしてまいります。それには過去三回お話してきました父韻をもう一度確かめておく必要があるのです。

父韻と申しますと、その前の古事記の文章にありますように、最後に「独神になりまして身を隠したまひき」とズーッと同じことが書いております。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月19日

言霊 布斗麻邇講座・次に

次に成りませる神の名は、宇比地邇(うひぢに)の神。次に妹須比智邇(いもすいちぢに)の神。次に角杙(つのぐひ)の神。次に妹生杙(いもいくぐひ)の神。次に意富斗能地(おほとのべぢ)の神。次に妹大斗乃弁(いもおほとのべ)の神。次に於母陀流(おもだる)の神。次に妹阿夜訶志古泥(いもあやかしこね)の神。

古事記の文章は、次に伊耶那岐神、次に妹伊耶那美神と続きますが、今、読んだ八人の神様と伊耶那岐、伊耶那美の二神とは同類の神様とは全然、格を異にする神様ですので、ここでもって文章を切って下さい。

ですが、ここで切ってしまいますと千三百年経つ前に気付かれてしまうのではないかな、太安万侶さんが盲にしたとしか考えられない程たぶらかした。

次に、次に、妹も一つおきに出てまいりますので、「次に伊耶那岐神、次に妹伊耶那美神」と言うと、さもこの十神を同じようにとらえられるかもしれません。又は、とられるだろうということを承知の上で続けたのだろうと思います。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月18日

言霊 布斗麻邇講座・俳句の神髄

そうしましたら悠久の時間と宇宙にポチャンポチャンポチャンと広がる響きと、悠久は時間、宇宙に広がる響きは空間とが、ただ一匹の蛙が古池に飛び込んだ一点の動きが、それだけの悠久と時間に繋がる十七文字だけで以て見事に表現している。

「古池や蛙飛び込む水の音」というのは何十年、何百年、何千年経っても俳句のバイブルとして残るであろうと思われています。このバイブルの俳句を芭蕉さんが作った時、芭蕉さんの心の奥にバァーっと光が差して、静かな々々々感激が芭蕉さんを包んだとある小説家は表現している。

素晴らしい歴史的な一瞬だったと思います。俳句という純日本的なものは、コトタマの精神構造をまったく写し取ったような作品なんです。

四つの母音と三つの半母音が出てきます。その次に八つの神様が出てまいります。これ等の神様の名前がヘンテコで何を言っているのかサッパリ分かりません。ちょっと読みます。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月17日

言霊 布斗麻邇講座・神鳴り

前回までの講習会で母音と半母音のお話しをいたしました。母音はウアエオ、半母音はワヲヱ、全部で七つ(ウは重複のため)。昔の人は言葉のことを雷(神鳴り)と言いました。冗談で申し上げたのではなく事実です。

頭の中でピカピカっと光る、そうしますと音がゴロゴロっと出てくる。それで言葉のことを神鳴りと説明しました。ピカピカっと何が光るか、コトタマが光る。十七のコトタマが活動する(先天)とゴロゴロっと言葉が出て来る(後天)。

何でもないようで、ここに厳然とした法則がございまして、その法則をアの段階で捉えたのが芭蕉さんの俳句、十七の音で作られております。「古池や蛙飛び込む水の音」光景を考えれば何という事はない。

子供騙しのような「古池に蛙が飛び込んでポチャンと音がした」というだけの句。ところが五七五の韻を踏んで十七文字を読みますと、何だか深遠な感じが出て来る。何百年、何千年前の古い池の中に蛙が一匹飛び込んでポチャンと音がした。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月16日

言霊 布斗麻邇講座・自未得度先度他

石上神宮に伝わる古歌が「そういう意味だったんだな」と先生は東洋出版社から昭和44年に言霊の本(言霊百神)を初めてこの世の中に出しました。それ以来、一人二人と増えてコトタマが伝わるようになりました。

先生がお亡くなりになって二十四年、今はこうやって大勢の方がコトタマの講義を聞きに来てくださいます。私の先生の時はどんなに大雄弁を奮っても終わったら去って行きました。

あまり雄弁なので呆気にとられて意味が分からない。ただ、座って帰ってしまう。先生が亡くなる前に私を呼んで「弟子くらいあてになんないものはない」って(笑)、私のことを言われたのかなと、それじゃ仕方がないかなと。

そうしましたら「私が死んだら貴方の自由に喋って下さい。」何だかこちらが弄ばれたみたいで。それくらい千変万化な人、お陰さまで私のようなボンクラがコトタマ学を喋らせていただくようになりました。

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5了)

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2018年01月15日

言霊 布斗麻邇講座・言霊百神

太安万侶さんが代わって書いてくれればいいですが、自分で書かないとならない。自分考えではとても考えられるものではないですから「これじゃない、これじゃない」精魂尽きると「こうだよ」と教えてくれる。

精魂尽きると心が真っさらになりますでしょ。そうしますと千三百年前の太安万侶さんが出てきて「こうだよ」と教えてくれる。

だから私の先生が初めて言霊の本を世の中に出された時の端書には「言霊の本が出来た、出来たんだよと大空に向かって叫ぶ!」千三百年の空間を経て私の先生が初めて言霊の本を完成させた。千三百年前の日本人に「出来たよ、もう出来たよ!」と叫んだ。

「みたまあがり、去にませし神は今ぞ来ませる。魂箱もちて去りたるみたま、魂返しなせそ。」三千年前に魂箱であるコトタマの原理を持って天に帰ってしまった神様、いよいよこういうように出てきたのだから、もう再び天に帰りなさるなよ。

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5)

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2018年01月14日

言霊 布斗麻邇講座・小笠原先生

私が初めてお会いした時にこの人が言霊の先生なのか!「やっと夫婦が落ち着く場所が見つかりました」と喜ばれたのは六畳一間のアパート、トイレも外、ここで一生を終えられた。

私も自慢じゃないですが、一銭も持っておりませんでしたから、最初にお会いした時に「先生、ごめんなさい、何も持ってこなくて。」「私もそうでしたから結構ですよ」と仰ってくださいました。私はいつもこの人にはとてもかなわないと思って頭下げっぱなしの侭、先生はお亡くなりになりましたけど。

何しろこの古事記の文章から私が今申し上げていることを「こうですよ」と解明なされた方なんです。どれくらいの苦労をなさったか分からない。

分からなくなって、もう私なんかがする仕事ではないのかなと絶望にひしがれてフッと目を開けてみると十人くらい白い服を着たお爺さんに周りを囲まれて「分からなければ筆を持て」と言われて不思議と書けた、誰にも訊くことが出来ない。

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5)

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2018年01月13日

言霊 布斗麻邇講座・どうにもならないことがうーんと役に立つ時が来る

人間が人類がこういう経験をしてある大きなことに気がついてくる時に、どうにもならない世の中の経験がウーンと役に立つ時が来るのですから。ということを知らせることが出来る神様でないと恥ずかしくって仕様がないじゃないですか。

ということから神前にお祀りしてしまって隠れてしまったということです。でも、あまり人に話さない方がよろしいかと、神社やお坊さんから怒鳴られてしまいますから。

よくお話しいたしますが、私の先生は「よく見れば弥陀が私に手を合わす南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」という俳句を和尚さんにみせたら「お前は悪魔だ、もうお寺に来てくれるな」と言われた。

これは真理です、私の先生みたいにひたすら謙虚で、誰よりも自分は下だ、自分という人間は人間じゃない、人でなしの張本人みたいなものだ、だから一生懸命、皇祖皇宗にご奉仕し、お役に立ちたいと思って、どんな苦労も厭わずに勉強されてきました。だからこそ、古事記の80%まで自分一人で解明されました。

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5)

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2018年01月12日

言霊 布斗麻邇講座・神様はいない

コトタマが現れる前祓いとしておなおさんが出てきたということがよく分かります。ですから言霊殿というお宮が綾部の大本教にある。

前世紀、西暦1900年から2000年迄に建った木造建築としては最大の建造物で、檜の欅で作られておりますから荘厳な御神殿。何方でも「どうぞ、どうぞ、誰もおりませんが神様の前まで」ということで御簾が垂れ下がっておりましたが、捲りあげて神前まで寄りました。

神様はいるかな?大本教に怒られてしまうけど、いないから悪口を言ってもいいか、霊は困るけど「いない」。何処の神社にも神様はいません。いよいよ出番だな、天の神様は出る準備をしている。国の神様は神無月に出雲へ行ったきりそこで缶詰になって、神様はいない。

宗教の人には申し訳ないですが、この日本の現状を見たら恥ずかしくって顔も上げられない。顔を上げられるとしたら、この現状を見ても「これでいいんですよ、計画通りなんですよ。」

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5)

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