2017年12月31日

言霊 布斗麻邇講座・世界の平和が成り立つ原理

こうなっているから世界の平和が来るというわけではなく、こういう力を持っているから、コトタマの原理でもって世の政治に対処すれば、世界の平和が成り立つということは証明できる。

皆さんがお勉強されて「なるほどな」とお思いになりましたら、デモンストレーションすることもなく、自分の部屋の中にいながら「こうだな」とどんどん確信を深めて行き、その確信の灯火が全世界を照らすことになります。

そうしますと、自ずと世界はどんでん返しします、そういうことにならなくてはならない事態に集中してくる。それは会報の「日本と世界の歴史の筋道」をお読み下さい。その順序で世界の平和は訪れることになっております。

「来ねぇじゃないか」と文句を言いたい方に、間違っておりましたら饅頭の一個くらいは差し上げます。(笑)

布斗麻邇講座「思うと考える」(H18年6月・会報217-4)

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2017年12月30日

言霊 布斗麻邇講座・言霊と数霊

知っている人がインドへ行って「あんな良いところはない」、インドという社会は全然変わらない、百年、二百年経っても変わらない、だから明日しなくてはならないということがない。好きな時に好きなことをしていられる。

粗末なものしか食べられないとしても、人間が人間の主人公でいられる。経済社会は何だか知らないけれど心の底から追い立てられて、儲けろ、金で買えないものはない、今は反省して、少し急ぎすぎたというよりも金に取り憑かれ過ぎた。

精神的な思想と物質的な思想はどこまでも正反対、表立つグローバリズムと内に篭もる個別を好むのと、まったく正反対同士を話し合いでは解決できないのではないか。ところが「これには従わなくては」という言葉が数霊を駆使しますと出てきます。

648.pngコトタマ原理の数霊は10の十拳剣、その10の言霊の並びは“ア・タカマハラナヤサ・ワ”。言霊を動かしてみてそれを数(62+82=102)で表わすことを数霊と申します。この動き方を以て世界の平和はそこから来ます。

布斗麻邇講座「思うと考える」(H18年6月・会報217-4)

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2017年12月29日

言霊 布斗麻邇講座・人間の頭の構造は3パターン

昔のお坊さんにこの図を見せますと「おー、いやだ、もってってくれ」と言います。これは「地獄」を表した。精神的な東洋的な数霊は4乃至8です。

現在(2006年)の地球上の総人口が63億人と言われています、毎年一億人ずつ増えるそうですけど、その63億人の人間がてんでバラバラに色んな考え方をしていると。ですが、その考えるパターンは、たった三つしかありません。

6_plus_4.jpg63億人の頭の構造はたった3パターンしかありません。一番多いのは3乃至6の数霊を持っている思想、次に4乃至8数霊を持っている思想、この2つと違う考え方を持ったパターン、これが私の申し上げているコトタマの原理から則った5乃至10の数霊。

3乃至6の思想は、公害なんぞかまわない、なんせ「豊かになろう」どんどん石油を燃やして、中国なんぞはキャデラックを何台も持っている金持ちがいるかと思えば、一日を二十円で暮らしている貧乏な人がいるらしいですが、そういう人を含めて、なんでも発展、地球がぶっ壊れても、滅びても、発展が第一、豊かになる生活が第一。

4乃至8の思想は、豊かでなくても、自分の心に返って静かな生活を取り戻したらいい、昔はこういう思想が東洋では一般的だった。東洋は眠れる獅子みたいだが素晴らしい心の平安があった。

布斗麻邇講座「思うと考える」(H18年6月・会報217-4)

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2017年12月28日

言霊 布斗麻邇講座・三角と四角

今までの正論とされてきた理論(△)とそれでは統合できない反対の現象(▽)を含めて、両方を成立させる立場を考えようと求めていくのが科学的な思考。

上向きの正反合(△)は精神的弁証法、下向きの正反合(▽)は物質的研究の弁証法で、この形は家庭ではカゴメソースのマーク、国際情勢にご興味の方はイスラエルの国旗に付いています。

今は全部の国旗に付いていてもおかしくない。今の世の中は全部この考え方、だから小学校の時から英語を習わそうとする。何故なら英語でもってビジネスが行われるから。優秀なビジネスマンを育てようとするなら小学校から日本語の教育は止めて、英語の教育をした方が良いということ。

houkei.jpgこれは三角ですから、3(△)乃至6(△▽)の数霊を持った思考方法。それに対して、四角(◻)は精神的な、東洋的なものの考え方(演繹法)。精神というのは一つである「思う」の方。

布斗麻邇講座「思うと考える」(H18年6月・会報217-4)

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2017年12月27日

言霊 布斗麻邇講座・心と物の言葉は正反対

どんなに宇宙がひっくり返ろうが、人間の心の構造を明らかにするのはコトタマの原理以外にはない、これは完結しています。これから出てくる物質科学の成果の結論は必ず、両輪として二千年前の古歌としてちゃんと教えてくれています。

古事記の物語が「千引きの石」において、コトタマの神様である高天原の伊耶那岐命が黄泉国の伊耶那美命が離婚宣言(言戸の渡し)をいたします。心を研究する学問の言葉と物を研究する言葉とは違う、言葉が違うということは方法が違うということを表わしています。

それを「言戸の誓い」と言って、人間の心の究極の持ち方は、内(心)と外(物体)ではまったく正反対であることを宣言しています。

kagome.jpg現代人の物の考え方は図に書きますと「現象的思考法」、正反合の三角形が基本、科学的論法は必ず正反合(帰納法)。今まで正しいと考えられていた科学の結論が、その結論では収拾がつかない何らかの技術が発見された時に学者が考えること。

布斗麻邇講座「思うと考える」(H18年6月・会報217-4)

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2017年12月26日

言霊 布斗麻邇講座・千木の内削と外削

chigi.gif神社の屋根の両端に「千木」があります。その間に「鰹木」が並んでいます。千木の削ぎ方が屋根に並行な横に切ってあるのが天津神の神社(内削)。人間の心の主体、人間の生命の主体である心の構造を明らかにする要素となっていることを示す神社。

それに対して、歴史が始まって色んな物事が出てきた、その物事の対処を奉る国津神の神社は屋根に垂直な縦に切ってある千木(外削)。そういうことが分からなくなった今は、どちらがいいかなと大工さんが決めてしまうらしい。

誰も分からない、私は「千木はどういう意味なのか」を神社の宮司さんにきいたことがある。でも、大概の宮司さんは説明に困ってシドロモドロなので、最近は訊かないようにしています。

でも、古歌には「千木の片削ぎ」、平行か、垂直かに削ぐ、それは神路山を深−く辿っていくと最後には二道で出合うよ。一道じゃなく、二道で出合う。決して一つにはならない。

布斗麻邇講座「思うと考える」(H18年6月・会報217-4)

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2017年12月25日

言霊 布斗麻邇講座・コトタマと科学

科学は客観的な宇宙を表現しようとしています。心の宇宙を表現しようとする方式と同じことをしだした。近い将来に必ずこの両者の結果は掌の表と裏の関係に当てはまることが出来ます。

コトタマの結論と科学の結論は一つには決してなりません。人間が物事を「考える」典型的な学問は物質科学です。物質科学も「一、二を生じ」の「一」へ返ろうとしている。

一万年前にコトタマの原理は確立されました、筋が通っている。科学がもう少し進歩して、人間の生命を構成している遺伝子のDNAも既に全部解かれている。それ等がどういうようにひっついているかが分からない。

これが解明されたらDNA学も完成します。コトタマ学は心の生命の構造を明らかにしてしまっておりますから。それは二千年前の伊勢神宮に伝わる「神路山深く辿れば二道に千木の片削ぎいであいなまし」古い和歌があります。

布斗麻邇講座「思うと考える」(H18年6月・会報217-4)

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2017年12月24日

言霊 布斗麻邇講座・口で争っても心で争わない

自分が良いと思うことを「良い」と思わせない。ただし、戦争中の独裁主義の下、神の名、大統領の名で押し付けるのも良くないですが。民主主義も同様に良くないものを含んでいる。

それを承知の上で、今のところはフワフワの「「I think」にならってしまっておりますから、小学校の時から英語教育しろの風潮で、民主主義がまあまあ良いのかなというより言いようがございませんが、民主主義も独裁主義も人間らしくない社会を創る主義。

それじゃあ、人間らしい世界を創るにはどうしたら良いか、それをお考えなさると、アワと分かれる前の重要なウを忘れてしまう、忘れてしまっている、ウは宇宙、宇宙の申し子なんです、ここにお集まりの方々は。

宇宙の申し子という大きな木が立っていると、アとワが「今日のご飯はどうかね?」とかいろいろ喋っている、同じ根っこを持っている同士が喋れば、口で争っても心で争わない。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3了)

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2017年12月23日

言霊 布斗麻邇講座・民主主義という名の方便

それはどういうことか、民主主義、「I think 〜」の「I」が多数決の場合、正しいということになります。それじゃ、独裁主義か?と訊かれたことがあります。民主主義も独裁主義も大嫌い、両方とも嘘っぱち。

民主主義と申しますのは、こういうフワフワ、事なかれ主義で結構ですけど、真理が実現しない。100人の多数決で1:99でも99が正しいとは限らない。1の方が正しいかもしれない。

中国の孟子の言葉に「心に鑑みて正しければ千万人と雖も吾往かん」、自分が正しいと思ったら反対する千万人がいても怖れることなく堂々と歩くぞ。民主主義にはそれがない、数を持ったものは、人間には良心がありますから、何でもとまではいかなくても、おおよそのことは出来る。

だから私は民主主義も独裁主義も両方共、好きじゃない。私の友人が「先の戦争の帝国主義で死ぬのは御免だが、民主主義なら死んでもいい」と言いました。こんな世の中で死んじゃいけませんよ、この世の中は偽の世の中。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月22日

言霊 布斗麻邇講座・I think

つまり、主語がなくては意味が通らない。必ず、向こうの人は「I think 〜」と言います。「I think」を言いませんと自分に自信がないからだと。私の知っている人がアメリカへ行ってその子供が小学校で「I think」を言わなかったら落第生にされた。

この子に自信をつけるために「I think 〜」を付けるようにさせなさいと指導されて、それから「I think 〜」と言うようになって、小学校はいい成績だったそうです。

自分自身を最大限に発表しなさい。自分の思っていることを最大限に発表しなさい、ということは自分を最大限に表現しなさい。「I」と言わないということは卑怯なんだ、責任を取れない。

フワフワしておりますから「I」と言わないということは責任の所在が分からない。アとワに分かれた処から始まるのが常ですから「I think 〜」、「I think 〜」と言っても、それは真理じゃない。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月21日

言霊 布斗麻邇講座・日本語は主述語なくとも会話出来る

笑い話に聞こえるでしょうが、これが大変なことなのです。どういうことか、一番端的に申し上げます。日本人が親しい人とお話する時に「あなた何処へ行くの?」と言わない。

「何処へ行くの?」、「学校」、主語も述語もない、でしょ?私が家内に「私はお弁当が食べたいんだが」、「私は作るのは嫌ですから」、こうなりますと隣にいるとは思えない。「弁当にしてくれよ」、「イヤ」、これで済む。(笑)

外人の前で家内から電話があった時に、会話の最後に「じゃあね」って言ったんです。そうしましたらその外人が「じゃあね」って何ですか?分からないって言うんです。「さよなら」でもない、私は貴方に説明すると一時間かかるからイヤだよって説明しませんでしたけど。

主語を普通の会話では使わない、これは昔からのコトタマ学を知っている時の癖というか、習慣が残っているから。ところがアメリカへ行って「Where?」、「何だ?」、「Where do you go?」と言えば通じます。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月20日

言霊 布斗麻邇講座・物事の始まり

これはしごく当たり前のこと、そんな当たり前のことを「くだらない」とお思いかもしれません。でも、これが分かっておりませんと、大変な人間の判断力に、天と地の違いが出てまいります。

何もない宇宙からウからアとワに剖半して、そこから総てが生まれるんだなということは概略ではお分かりくださったことでしょう。ところが2006年現在の地球総人口は63億人いるのだそうです。こういう順序で頭は動いていると申しますと、殆どの人に笑われる。

私がパッとこの花を見たとする、そこから物事は始まる。これが一般的な物の考え方。偶然に花を見て「あっ、綺麗だな」とそこから主体(ア)と客体(ワ)に分かれて物語が始まるのに、分かれた処から考えるのが外国の考え方はみんなそうです。

ウの宇宙からアとワが生じてくるのに、宙ぶらりんのアとワが生じます、それは「私って何?」ということになって、糸の切れた奴凧と同じでフワフワ同士がフワゝゝフワゝゝ(笑)。当て所もなくフワフワが起こってきます。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月19日

言霊 布斗麻邇講座・造化三神

その宇宙の心である母音は死なないよ、この宇宙剖半は何もない処(天地の初発の時)からウ(天之御中主神)からアとワの宇宙が生まれてきます。この三柱の神様、三つのコトタマ、ウから主体(ア)と客体(ワ)に分かれる所から、人間の営みの総てが始まるのだよ。そのことを老子は数霊を使って教えています。

「一、二を生じ、二、三を生じ、三、万物を生じる」、古事記の「天地の初発の時、高天原に成りませる神の名は天之御中主神(言霊ウ)、次に高御産巣日神(言霊ア)、次に神産巣日神(ワ)」、日本の神道では「造化三神」と申します。

この三つから総ての現象が現れてくる。この三つの活動が起こらなければ何事も起こらない。何かが起こってくる大本の人間の働き。これを老子は「一、二を生じ、二、三を生じ、三、万物を生じる」と申しました。

一、二を生じ、二、三を生じ、この「三」がないじゃないかと思われるでしょうが、数霊(かずたま)は数学ではございません。言霊の働きを数でもって表わす。一(ウ)、二(アワ)を生じますと全部で三になりますでしょ、それが万物を生じる、主体と客体に分かれますと世界中の動きがそこから出てくるということです。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月18日

言霊 布斗麻邇講座・音を立てない音

現象としては見えないから人間の意識として捉えることが出来ないけれど、サラサラと流れている沢渡の音は、人間には分からない宇宙の音、音を立てない音。山の天辺は現象音の子音、見える音、その母音は「アーーー」と発すれば、何処までも「ア」で死なない、永遠に続く。

このことを宗教の話で恐縮ですが、禅の「無門関」に「地球壊すとも彼死なず」と宇宙のことを書いてあります。もし、核戦争を起して、アメリカは一万個くらい核爆弾を保有しているらしい、ロシアもそれくらい。

それが全部爆発しますと地球の何分の一かは吹っ飛んでしまう。地球全体がロケットになってしまう。そういうことが起こっても「かれ(宇宙)」は死なない。宇宙は星が爆発したり消滅したりしてますけど、宇宙そのものはノホホンとしております。

「やってるな」と見ているみたい、地球だけじゃなく、星がどんなに爆発しようが、人間が戦争しようが、宇宙はたゞたゞ悠然としているよ。だから、宇宙の心、「空」を悟れよ、という禅宗の教えです。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月17日

言霊 布斗麻邇講座・どこまでも同じ音

こういうことを受けて、頭脳内のメカニズムが働いて人間は常に行動している。現代人はこのメカニズムの働きを殆ど知りません。皆さん、「アレ?宇宙剖半ってビッグバンのことか?」剖半と言っても生命のことですから。

しかも、アイウエオという母音の中の一字を、息を吸い込んで、息が続く限り声に出してみますと、アなら何処までもアーーーと続きます。イでもウでもエでもオでもない。アを発声しながら他の母音は発声できません。母音は宇宙の永遠の音である梵音、永遠に消えないもの。

中国に老子という方、孔子の前の方ですが、「老子」という本の中に「谷神は死なず」と書いてございます。老子は竹内文献によりますと、神武天皇辺りの時代に来朝したとある、コトタマの原理をいくらか授かって帰った方。

「谷神は死なず」の「谷神」は母音のこと。宇宙を表した神さまのことを謂いました。谷は山の川が流れている一番低い所、山の上から見ると見えない。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月16日

言霊 布斗麻邇講座・過去と未来を今、考える

みんな独立の存在、アからワへ「ここに何かある」と意識が動いて、自分が貯めた記憶のヲ(宇摩志阿斯訶備比古遅の神・ウマシアシカビヒコジノカミ)と太安万侶さんは指月の指で申しております。

オは「天之常立神・アメノトコタチノカミ」、エは「国之常立神・クニノトコタチノカミ」、ヱは「豊雲野神・トヨクモノカミ」。このメカニズムが分かってしまいますとハッキリしてきます。

アからオとエに判れます、ワからヲとヱに判れます、そうしますと、「これは何だろう」、人間の意識は今まで「これに似たものは何があるかな」と記憶のお蔵から引張り出す。記憶にある「時計」と此処にある「時計らしきもの」と較べて、たいそうよく似ているから、これも「時計だ」と判断する。

次に俺は何をするのか、これからのことを考える、そうしますとエとヱに剖半します。「何時」と示されている処をどのように活用して、これからの自分の行動を決めていくか。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月15日

言霊 布斗麻邇講座・分かれるから分かるメカニズム

そのものはそのもの自体で存在して、他にその存在を依存することなく存在するもの。これを「独神」と申します。言霊の宇宙のウと申しますのは、ウだけで宇宙に厳然と存在していて、他からの影響も関係もなく存在しているもの。アもワもそうです。それを「独神」という表現を古事記はしております。

アが何か言っても、ウが何か言っても、ウで何か表現しようとしてアが嫌だったら表現しない。そのように拒絶も含めた独立性なのでございます。

u-a-wa-o-wo-e-we.jpgそうしますと、ウからアとワに判れます、今申し上げましたように、分かれなければが分からない、これはお分かりになられたと思います。と同時にこのメカニズム(宇宙剖半)の中に考え方の違うものが出てきます。

何もないところからウの宇宙が生まれます。それが何かの意識が動きまして主体(ア)と客体(ワ)に判れます。「これは何だろう」という時に、アとワだけでは判断がつかない。次のものを呼び、アからオとエに、ワからヲとヱに宇宙剖半します。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月14日

言霊 布斗麻邇講座・ひとりがみ

コンピュータに時計を見せて5〜10秒後に、やおら「これは時計でございます。」それだと計算に時間がかかってしまうので、使い物にならないということで、世界中のコンピュータを作る会社が競争して、一二秒後には答えが出てくるようにした。

ICの改札口は日時、乗降駅等々、即時に読み取って一秒もかからず検札しますが、インプットされたデータと照らし合わせますので、違っていたらピイビイっと鳴ってしまいます。これが10秒もかかっていたら誰もICの改札口を通らなくなります。

それを人間はそのようなコンピュータの働きで「これは時計だ」と判断しているわけではないのです。先天17言霊が活動して、自分が「時計だ」ということを思い起こして、これは時計に相当似ているから「時計」と言ってもよかろう、それで「時計だ」と言うのです。その頭の中でやっている活動のことを今お話しているのです。

「この三柱の神は独神になりまして身を隠したまひき」この独神(ひとりがみ)とはどういうことか。昔の言葉を現代の言葉にするのはなかなか難しいのですが、哲学的に申し上げますと、実際にそれのみで存在する、神に依存しないで存在する。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月13日

言霊 布斗麻邇講座・人間の言動の一切を司る

この関係(アワ)で結ぶ、でも、ヘンテコな結び方をすると、さっき申し上げたようなそういうことにもなりうる。そうならなくても現象は起こる。そうやって人間は法則通りに生きている。

そんなこと聞くのは当たり前だとすると、当たり前で片付ければそれまでの話でございます。ところが、人間が「ここに時計がある」とただそれだけの出来事を言うにしても、その法則の経路を踏んできているのです。

ウからアワに、次にオエ・ヱヲと宇宙剖半しながら、人間は日常を暮らしている。頭の中はコンピュータ以上に先天の十七の言霊が猛烈に働いて、私達は平静に話たり笑ったりしているわけです。

よく、高速度のコンピュータが出来たと申しますが、人間の思考回路のコンピュータにはかなわない。人間の認識はパッとみたら「これは時計だ」、時計を見て時計と言えば当たり前だろうとお思いでしょうが。

布斗麻邇講座「私と貴方は同根なり」(H18年6月・会報217-3)

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2017年12月12日

言霊 布斗麻邇講座・取り憑いているのは自分

何だそりゃ、「いや、いさせてくれればいいんだ、話してくれればいい」、お安い御用だ、今は暇だからいいよ、時計見ながら話をして、ワハハッって笑ったりして。この人なんのために家に来たんだろう。チラチラ時計みますから、どうかしちゃったの?何か時計見てるけど。

「この時刻になるまでいさせてくれ、そうでないと俺は競艇へ行きたくて、行きたくて、困ってる」、有り金全部はたくまでやらないと気がすまない。この時間を過ぎると賭けることは間に合わないから行かなくて済む、行けばスッテンテンになるのがわかっているから、「ここにいさせてくれ。」

それなら、お付き合いするよ、ジャンジャン話をして、気の毒ですから、必死ですから。そうしましたら後10分という時間に「島田さん、もうダメだあー!」と言って駆け出して行った。

行きたいのに、行っちゃいけない「いけない!」と止めているのに、気の毒に。案の定「俺、正月にどうやって暮らしていいのかわからない」、無一物で正月を迎えなければならない。ゲッソリしてね、じゃ、行かなきゃいいじゃないかって、でも、取り憑かれてますから。

それは取り憑かれているんじゃないですよ、自分の中のある因縁に取り憑いてる。取り憑くとはそういうものです。

布斗麻邇講座「我と汝」(H18年6月・会報217-2了)

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