2017年08月04日

言霊 布斗麻邇講座・隠さなければならなかった由

この原理を発見し肇国いたしましたのは日本ですから、輸出した第一精神文明の成果は世界中に広まりまして、世界中がこのコトタマ原理で平和な豊かな人類社会を営んでいた時代が五千年位続くことになります。

今から三千年前くらいでしょうか。その次に来ます人類の第二物質科学文明を速く興すためには、人間の心の中に求める精神原理では外に求める物質科学世界の競争原理が働きませんと急速な発達は得られないと分かっており、コトタマの原理を世の中から表面上隠すということになります。

それがだいたい二千年前の崇神天皇の世の中でございます。日本書紀の崇神天皇の章に、これは岩波文庫から出されている大変分厚い、左翼系の大学の先生が書かれたとみえてユニークな文章ですが、事実に関しての記述には何ら変更はございません。

崇神天皇の時代に世の中が乱れに乱れ、天皇がその時まで三種の神器を御座所に置いてあったものの「その霊力の強さにやりきれなくなった」と書いてございます。それで伊勢神宮に信仰の対象としてお祀りしたと。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする