2017年08月31日

言霊 布斗麻邇講座・神様っていうのはいない

今は古事記がなくてもコトタマ原理を喋ることが出来るまでになりました。古事記全体が仏教の禅で謂う処の「指月の指」でございます。「指月の指」と申しますのは、十五夜の月を「あれがお月さんですよ」と月を指す指のことです。

指月の指をいくら見たって分からない、指の先を見ませんと。ここに書いてある天之御中主神、物事の始めの時の天之御中主神とは実際には何のことか分かりません。私も先生の説明から「なんだ、そんなことか」と分かった。

いとも簡単、例えば何かを思い出そうとしてここまで出てきているのにといったことがございましょ?何かの会合の時に「あの時はお世話になりました」と挨拶されて、さて何処で会ったのか、そういう時は「あなたどちら様ですか?」と言いそびれる。

三日後くらいに「あっ!あの人だ」、そのここまで出ているのになぁ、その「ここ」は1cmとかじゃダメです、1cmの100分の1くらいのところの神様が天之御中主神。神道の説明では急進に迫っている神様、主人公の神様、各宗教で言いますよ、最高神だと。

ところが、神様っていうのはいない。「こじつけ」なんですから。そんなことは百も承知で太安万侶さんは神様の名前をあちこちから取ってきて、これの神様の名前はこれがいいと、その半分はほとんど人の名前。

布斗麻邇講座「記紀は日本語の教科書」(H18年4月・会報215-3)

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2017年08月30日

言霊 布斗麻邇講座・宮中賢所

話はもどります、神様の名前とアイウエオ五十音の繋がりは何処にも発表せずに宮中の賢所に保存してしまった。何故こういうことが言えるのか、それは昭憲皇后が一条家の御輿入れにあった和歌の要諦を推察された明治天皇が賢所から持ち出した資料からコトタマ原理の復活の研究が始まった。

山腰弘道さんの次男で山腰明将さんへ伝わり、そのお弟子さんの小笠原孝次先生へ伝わり、その末席の弟子が私でした。私の目の前で「島田さん、弟子ほど当てにならないものはない」とおっしゃったので「私も弟子の一人ですが」と申しましたけど。

一条家からの御輿入れに和歌の要諦が入っていなければ永遠に古事記と言霊の結びつきを分からず終いでしたから宮中から始まったことは間違いないです。山腰明将さんのご本、小笠原先生のご本は、分かった所から始まっています。

ということは宮中に千三百年の間、保存されていたところから始まったことは確かでございます。

この2つの観点が揃ったので古事記と日本書紀は世界で唯一つしかない心と言葉の総てを完結するコトタマ原理の教科書であると、それ以外の教科書はないということが分かったということでございます。

布斗麻邇講座「記紀は日本語の教科書」(H18年4月・会報215-3)

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2017年08月29日

言霊 布斗麻邇講座・生きているということがいながらにして分かる

英語で理解して「勉強したことを確かめたい」とインドへ行ってしまった。日本語を知っていたら五十音で言足ります。日本語の本を読んで、それこそ火の夜芸速男の命、生きているということがいながらにして分かるではないですか。

先生は手紙を見ながら「残念なことをしました」と。手紙にはインドで偉大なヨガの導師に出合った、身の回りの世話をする人が言うには年齢は二百歳近いだろう、その根拠は子供の頃に導師は八十歳だった、今自分は八十歳なので百八十歳にはなっているはずだと言うことらしい。

「分からないことが分かったら又日本へ戻ろうと思う」、未だに手紙は来ません。日本語を知っていればインドへ行かなくて済んだ。

それからはコトタマ学をお教えする時は相手が外国人であっても、日本語を日常会話くらい話せるまでなってからにいたしましょうと先生は教訓にされて、それからは外国人に対してはコトタマ学の英語での講義は止められた。

布斗麻邇講座「記紀は日本語の教科書」(H18年4月・会報215-3)

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2017年08月28日

言霊 布斗麻邇講座・日本語だから分かる

一日それだけでたくさん、他に要らない、食べる時間がもったいない。いくら玄米が滋養あるとしても大きな体で、自転車は乗ったことがなくて日本中の移動は歩き。靴がダメになったので裸足で歩くようになり肉厚になった。それで足裏が鍛えられて血も出ない。

それから数日して「これからインドへ行くのでお暇に来ました」と挨拶に来ました。インドへ行くのによく金があったねと尋ねると、友達のヒッピーから航空券をもらった。その友達はニューヨークの金持ちのヒッピーでベトナムへ徴兵されるのが嫌で日本に来ていた。

それでもとうとう友達に徴兵令状が来てしまった、その時にインド行きの航空券が余ってしまって「いらなくなったからお前にやる」ということで彼はインドへ行けることになった。

暫くして手紙が来て送り人名、住所なし。先生は「島田さん、失敗しました。何故あんなに勉強していたのに日本語を習えと言わなかったのか」と嘆かれた。先生は英語が堪能でしたから、英語でもってコトタマ学を教えておりました。

布斗麻邇講座「記紀は日本語の教科書」(H18年4月・会報215-3)

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2017年08月27日

言霊 布斗麻邇講座・日本語で説く意味

先生の言霊百神という本の書かれている「ここはどういう意味ですか?」と訊いては細かい英字で余白にメモしたのを見ますとビッシリ。白いところがないくらい書いていました。

ある時、本を持参してないので「どうして持ってきてないのか?」と尋ねましたら、「全て頭の中に入れたので本は要らなくなった」って。これは何かあるのかなと、そうしましたら「一週間後にインドへ行く」と言いました。

「小さい頃からの望みだった、インドのヨガで瞑想をしてみたい。 ‘人間とは何ぞや’の瞑想をしてみたい。此処でコトタマを勉強したからヨガの瞑想で本当かどうかを証明してみたい。」

「金はいくら持ってるんだ?」、「30円くらいだ」と言う。金がなくなったら銀座で似顔絵を描いて一枚百円〜二百円の稼ぎ。千円もあると一月余ってしまう。一日に玄米を一合買って、小さなフライパンでカラカラに炒って小袋に入れて歩きながら一粒から二粒食べる。

布斗麻邇講座「記紀は日本語の教科書」(H18年4月・会報215-3)

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2017年08月26日

言霊 布斗麻邇講座・コトタマで作られた日本語

もし、古事記が言霊のことを言っているのだと気づいた人が、もし、いたとしても、五十音と五十神に結び付けると50の2乗というコンビネーションの原理での数値になります。50☓50を50回ということになります。

言霊は生きたものですから止まっているのならコンピュータで計算すれば出来るかもしれません。生きた内容がございましょう。そのコトタマでもって日本語を作ったのですから。

コトタマとの結びつきで「時」、トキと書いて、今此処の時を表わすことになるのか。その証明は日本語がすることになる。

私の先生の所にある時、素晴らしいアメリカの青年が来て、先生が「イエス・キリストの生まれ変わりじゃないか」とおっしゃったくらい、背が高くて足の裏が3cmもある分厚くて。目が澄んでいた。

布斗麻邇講座「記紀は日本語の教科書」(H18年4月・会報215-3)

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2017年08月25日

言霊 布斗麻邇講座・神名と五十音

これが分からないと古事記が言霊の教科書であるとは分からない。太安万侶さんが古事記と言霊が結びつくような記述があれば「まずい」と考えた。そうでなくても今から二百年前に本居宣長という天才の国学者が分からない古事記を解釈しました。

言霊の本であると分かってしまわれては皇祖皇宗の人類経綸に反することになります。この物質科学文明の時代を完成する時までは言霊の原理は復活してはいけない。それが途中で復活しますと大変なことになってしまいます。

何故ならば、儲けたい、〜たい、〜たい、の風潮でなければ物質科学は発達しません。それに水をさすようなことはご経綸上許されません。しかも、コトタマの原理があるということさえも気づいてはならないことでした。

知られることはご法度でしたから、うまいことを思いついた。それは天之御中主神から火の夜芸速男の神までの言霊の結びつきを書かずに、宮中の賢所に隠してしまった。

布斗麻邇講座「記紀は日本語の教科書」(H18年4月・会報215-3)

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2017年08月24日

言霊 布斗麻邇講座・神様の戸籍

その次の金山毘古の神(カナヤマビコノカミ)から三貴子の須佐之男の命まで五十の神様の名前が出てきます。五十の言霊をどのように動かしたらどのようになっていくのか、言霊の動かし方を詳細に説いてある運用の五十の神様ということが分かってまいります。

それだけ霊妙な内容を神様の名前でもって物語にしましたのが古事記です。ここまできますと現代人が「人間って何だろう」と、でも誰も答えを出してくれません。誰一人として人生とは「こういうものだよ」と答えてくれる人がいません。

ところが、言霊の動かし方によっては人類の危難を一遍に解決してしまう結論まで出せる心の構造を知ることが出来る。

それは「天地の初発の時」の観点を、天地を外に見ている宇宙が混沌としていて星も生まれていない状態とする考え方から、そうじゃない、人間の心の構造を表わしているということに気が付きますと、しかも構造を担っているのが言霊だと分かってきます。

ところが、そう言えない処に付け加えなければなりません。それは天之御中主神が言霊ウという神だということは古事記の何処にも書いてございません。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2了)

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2017年08月23日

言霊 布斗麻邇講座・字は心が眠っている

火の夜芸速男の神(ホノヤギハヤヲノカミ)は読んで字の如し、ピタッピタッと五十音の神様の名前がよく分かってきます。火(言霊)の夜の藝術が速やかに分かる。夜ですから言霊が眠いので寝ている藝術で「字」のことです。

言霊は心のこと、それが眠たくって寝てしまった、「字」は読めば心に蘇る。読むまでは言霊が眠っている状態。ラブレターは恋人に届かなければ何もない、届いて封を開けて読むから通じる。読むことによって心が又蘇ってくる。

後の五十音は何だ、人間というのは「今」という瞬間に五十音が存在していて、霊妙かつ高速に働いてくれているから心を動かし考えることが出来る。考えなくてもいいと言われても考えている。

その恩恵、広大なり。「あー、死にたい」と言っても「お前は死にそうにない」と言ってくれている。瞬間的な今此処で活動している言霊が眠ってしまっている姿を神代文字と申します。夜の藝術と言うのですから眠っている。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月22日

言霊 布斗麻邇講座・百の神様

心の真ん中にもうすぐ出るよ、何かある、それから百の神様が出てまいります。「天之御中主神」に始まって、三貴子(ミハシラノウズミコ)である天照大神、月読命、須佐之男の命という最高の神様が出てきます。

天照大神は意志と道徳を司る心構え、月読命は宗教と藝術を司る心構え、須佐之男の命は産業と経済を司る心構え、この三人の神様が登場するまで百の神様が出てきます。そんなことないよ、百三つあるよ、という場合もあります。

その三つは一つの神様を説明するために出てきた神様ですから、一つには勘定いたしません。

天地の初発の時、高天原に成りませる神の名は天之御中主神(言霊ウ)から始まって五十番目に出てくる火の夜芸速男の神(言霊ン)。半母音のウは母音のウと重複しますのでオミットします。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月21日

言霊 布斗麻邇講座・神様じゃない神

ただ、そのように自分は「思う」というだけの話であって、それが真理だとしたら困ってしまう。「十五夜のお月さんは三角だ、俺はそう思う」って。(笑)

青森県出身の有名な小説家は「富士山には何とかという花がよく似合う」と。私は富士山には富士桜がよく似合うと思っています。唐松の芽吹きの時に五合目の富士山に登った時に「生きてるな」という実感がします。

その富士桜の透き通った楚々とした小さい花びらと裾野から見上げる富士山の頂上まで、言葉で言い表せないほど心がスカッーとして、どんなに下心を持っていたとしても、スカッーとして何も起こらない。

そういうように推理したことが実際と同じになった時、それが他の処でも証明された時は推理や仮説ではなくて真実になります。

「天地の初発の時」と申しますのは心の宇宙が心の現象が始まろうとしている時と捉えますと、次に続く「高天原に成りませる神の名は天之御中主神」、天之御中主神(アメノミナカヌシ)って何だ?少なくとも神様じゃない。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月20日

言霊 布斗麻邇講座・誰もが同じ宇宙

何も見えない心は無限で大きな領域を持っているでしょ。そんな中から「腹減ったな」、「飯喰いたい」と思ったり、考えたりする。その領域は世界総人口の心の宇宙と同じ宇宙ですよと申し上げたら「へぇー!」とおっしゃる方が多いでしょう。

ですが、「一つ」なんです、他の宇宙はありません。誰もが同じ、このことがシッカリ分かってきたら戦争する人はおりません。皆兄弟、こんな当たり前のことを宗教教育はいけないと止めた。

私が申し上げたことは宗教の「し」の字もございませんが、こうやって教えればよろしいかと存じます。今、般若経を物理学者が書いてベストセラーになったそうです。でも、あれは空想です。

何故なら心の問題と物質核の問題と同じように考え取り扱うと、本当言うと詐欺です。それを自分が証明したわけじゃないから。心と物質とどう結び付けるのか。繋げる方法をその物理学者は持っていない。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月19日

言霊 布斗麻邇講座・自分の心の領域というものは一つ

何もない何も考えていないまっさらな心の宇宙全体が「饅頭喰いたいな」と言ったような心に何かが起ころうとした瞬間、起こってしまえば今でない。それは今でしかない、此処。

俺の心があっちで起こったなんてことはない。起こる時は此処でなければならない、それは今でなければならない。それは最先端の物理学者がやっている方法でもって、昔の日本人の祖先は心の中で証明した。

今此処であることに気が付いた。実在する人間が人生において実在するのは今此処でしかない。今の人はそう言いますと怪訝な顔をします、相当な知識人であっても。外に見る宇宙は「一つ」だよねと言えば、誰もが「そうだ」と答えます。

それは皆さん、賛成すると思います。こうやって目を瞑った時に「自分の心の領域というものは一つなんだよ」と言いますとどうですか?皆さんが全員で目を瞑って何も考えない状態を想像してみてください。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月18日

言霊 布斗麻邇講座・心の検証

東大の「カミオカンデ」が地球の反対側から飛び込んで来て地球を横断する宇宙線の中に物を形成している重要な因子(ニュートリノ)を発見しましたが、世界を沸かした大発見にも関わらず、何年間もノーベル賞という声は聞かれなかった。

何故かならば研究者だけが発見したことで証明がない。一昨年にようやくノーベル賞を受賞するに至ったのは他の物理学者が証明しましたので、発見は真実だったということでした。

近代の最新式の研究をしている人が、古事記の「天地の初発の時」の現象を起こす前、原子核内にどんなことが起こったかは永遠に分かるものではない、パッと何かが起こった時、起こる前はこういうことが起こっているのではないかを推理して、現象が同じなら、これは本当ということになります。

そういう検証を何と一万年前に日本人の祖先は行った。「天地の初発の時」というのは、心の現象が今現れようとする一瞬の時のことだということが分かった。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月17日

言霊 布斗麻邇講座・心の現象が始まる時

天地は「天」と「地」、古事記が書かれました今から千三百年前近く、天文学的、哲学的用語はありませんでした。「天」と「地」は何を表そうとしていたか、人間の心の裏と表、先天と後天、心の全体という意味です。

心の全体が「天地」でございます、それだけでは何のことかわからない。次に「初発の時」、普通の解釈ですと宇宙が生成活動し始めた時ととらえようがないですが、そうではなくて、心の問題だと分かるようになりますと「心の現象が始まる時」ということになります。

「心の現象が始まる時」だけでは分かりません。重大なことは、今の近代物理学、原子内物理学と同じ手法。ということは原子内物理学と申しますのは、原子核内はどんな顕微鏡でも観ることが出来ない。

観ることが出来ない処を探るにはどのしたらよいか。何かの現象を核内に起こさせて、起こった瞬間にどういうことが起こるかを推理して、見えない世界の出来事を推理に推理を重ねて仮説を立てます。

どういう場合に同じ現象が起こるか、起こらないかを何万回、何十万回と検証し、だんだん自分の立てた推理と現象がピタッと合致すれば新しい発見ということになります。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月16日

言霊 布斗麻邇講座・枕詞の意味

枕詞である「敷島の〜」がコトタマの解釈ですと「五十(イソ)の島の道」、すなわち五十音のコトタマの道ということになります。枕詞を隠すのではなくてコトタマの内容を表わしているのが枕詞でございます。

ということは三十一文字とコトタマとが通じることになります。今の国文辞書をお引きになりますと「千早振る」は何を指しているか。有名な枕詞をず〜っと出して行きますと、有名な枕詞の辞書には「不詳」、詳らかでないとあります。日本の文学を調べるのに枕詞がわからないのでは困ってしまう。

その枕詞の意味が分かりますと全てがスラスラと解けてまいりますから。日本の和歌はコトタマの原理が隠されていない時代からの伝統の詩であります。

一つの古事記の文章がこじつけの文章でなく、常識から離れて違う観点から読み解くことでスラスラと言霊五十音が出て来る。それが古事記の冒頭にある「天地の初発の時」。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月15日

言霊 布斗麻邇講座・宇宙の観点

誰もが考える宇宙の観点を翻すと素晴らしい精神的な原理の始まりであるという発想の劇的な転換が明治天皇と昭憲皇太后のご夫婦の間に起こったということでございます。

ご夫婦の間に立ったのが旧名古屋藩主、御三家の一つに仕えた国学者で剣道の達人でした山越弘道さん、書道家でもございました。明治天皇ご夫妻がコトタマと古事記の結びつきを発見した時に「さて、どうしたものか。」

その時に皇后さまの書道の先生として山腰弘道さんがお仕えしておりました関係から「お前なら国文学者でもあるし適任であろう」と三人で始められたのが、コトタマ学復活の始まりでした。

コトタマ学を三人で勉強されて以来、明治天皇や昭憲皇后が遺されたお歌の中に、コトタマの和歌(言の葉の誠の道)がたくさん出て来ることになりますが、今の国学者は三十一文字の和歌の道として解釈しております。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月14日

言霊 布斗麻邇講座・古事記とコトタマ

古事記の全文章は天地の初発の時(アメツチノハジメノトキ)から始まります。私の古事記の話しを聞くまでは、何方も何十万年、何十億年前の何にもなかった宇宙が生成活動してエネルギーが集まって星となり、爆発する、そのような宇宙を考えざるを得ないと思います。千何百年もの間、誰しもがそのように考えて解釈していたわけです。

ところが明治天皇の奥様の昭憲皇太后が、お公家の一条家から御輿入れされた荷物の中に、昔の三十一文字の和歌はどういう作り方をすればよいのかの和歌の三十一文字とコトタマの関係がサラッと書いてある文章が中にあったそうです。

「このコトタマって何だ」という話からご主人の明治天皇がコトタマの資料なら賢所にたくさんあるよと持ち出されて、そうしましたら古事記の文章が「あれよ、あれよ」といった具合にコトタマに関する常識的な観点がグラグラと崩れてしまって、新しい古事記の解釈がなされた。

そこで太安万侶さんの言った「コトタマという言葉に接した人は必ず古事記と結びつく」コトタマの原理が復元するというわけでございます。何故、そういうことになったか。それは「天地の初発の時」の古事記の冒頭にございます。

布斗麻邇講座「天地の初発の時」(H18年4月・会報215-2)

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2017年08月13日

言霊 布斗麻邇講座・千二百年前の深謀遠慮

全てこじつけた、千二百年間は絶対に読まれない、真相が分からない。2つの謎々をもちまして後世、このコトタマの原理が出る時には、第二の物質科学文明が成就する時をしっかり計算に入れたまま、古事記をこじつけた。

古事記と日本書紀の文章の成り立ちはお分かりになられたと思います。日本書紀は漢文で書かれて日本文をそのまま漢文になおしただけの話しですから。それは問題ないのですが、古事記に関してどうしてこのような「こじつけ」をしたのか。

それからして神秘でございます。日本書紀だけは読み解いていいが、古事記だけは正確に読み解いてはなりませんよ、その真実は何処に隠してあるか、という神秘がここに生まれてまいります。

これから紙芝居的にお話申し上げようと思いますが、「ほう、ほう」と小説を読むより面白い、今、実際に生きている人が千二百年前、こじつけの文字でもって、読み解いた時に太安万侶さんの墓が発掘されたという神秘です。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1了)

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2017年08月12日

言霊 布斗麻邇講座・わかったかね?

どれくらいなら千三百年後に解けるだろうかを計算づくで、こじつけたのだと思います。ですから、時機がきてコトタマの原理が脳裏に初めて浮かんだ人に必ず古事記に結びつくような方策をとった。

それは、それは、絵に描いたように、ある研究がある水準に来ました時に、「分かったかね?」とお墓が見つかったという神秘です。立派なお墓で棺の中には骨と一緒に真珠が納められていた、それも特殊な保存法から墓全体が腐らない養生がされていました。

木簡を土の中に入れながら腐らないように方策がとられていて、昔の人はそういう技術を持っていたということがわかります。

NHKの「ローランの奇跡」という番組で、ミイラがまるで生きている人間のような女性を映しておりましたが、そういう技術は昔、相当発達していたと思います。

布斗麻邇講座「古事記と日本書紀」(H18年4月・会報215-1)

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