2017年07月09日

言霊 言霊学講話・綿津見と阿曇は同じ

 金は「神名」、拆は「咲く」の当て字。外国から来た世界全体の文化の何語であろうが、その言葉を「日」である言霊によって表して、人に伝播する、知らせる、そういう役の人。これも阿曇と等しく、明らかに続けて外国の文化が表現している言葉を言霊でもって神名に直す人。

 二月ばかり前にお話しました禊祓の行法の「奥疎の神・辺疎の神/奥津那芸佐毘古の神・辺津那芸佐毘古の神/奥津甲斐弁羅の神・辺津甲斐弁羅の神」六神。

 自分が外国の言葉を知ってしまった、色んな文化を体験してしまったのが「奥疎」、禊祓の始まり。その知ってしまった自分を禊祓することによって新しい文明を創っていく。その知ってしまった文化を純粋に見て(実相)、ここから禊祓が始まるんだな、自分の身に置き換えて、自分がこうなった時に完成して終わる「辺疎」。

 こうなる為には奥から辺に渡さなければならない。その渡すことが完全に出来る言葉が「綿津見」、それと、明らかに続いて見る(阿曇)ことは同じことになります。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする