2017年07月08日

言霊 言霊学講話・アナ〜マナ〜カナ

 綿津見の神が原理としたら、それを実際に運用するとどういうことになるのか。
「宇都志日金拆の命」、「宇」は家、「都」(宮の子:五十音の一音々々)は言葉、「志」は言葉の意志、「日」は言霊、「宇都志」で現(うつ)し、現実、言葉そのものを言霊でもって「金拆」は神名咲く。

 言葉になる前はどういうことが頭脳内で起こっているか。言葉になる前の十七の言霊で構成されている先天音の天名(あな:ウアワオエヲヱチキヒシミリイニイヰ)が、言い出したくなってウズウズしてくると、先天は意識に捉えることが出来ない音ですから何だか分からない。

 次に「何の考えを言葉にしようとしているのかな」と未だ言葉に結びつきませんから先天をイメージ化する未鳴(まな:タトヨツテヤユエケメ)。イメージが決まっても言葉に結び付きませんから「どういう言葉でそれを表そうかな」(クムスルソセホヘ)の現象が起こり、「こういう言葉で言おう」と決定します。

 その次に、神名(かな:フモハヌ)と口に出して喋る。空中に飛ぶ場合もあるし、録音する場合もある。又は電波で世界中に広がっていく。ということは目に見える文字に出来るもの、文字ですぐ分かるもの、それを「神名」と申します。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする