2017年05月12日

言霊 言霊学講話・両児島

ですが、これからの古事記は
ここに詔りたまはく、「上つ瀬は瀬速(はや)し、下つ瀬は弱し」と詔りたまひて、初めて中つ瀬に堕(い)り潜(かづ)きて滌ぎたまふ時に、成りませる神の名は、八十禍津日 (やそまがつひ)の神、次に大禍津日(おほまがつひ)の神。
この二神(ふたはしら)は、かの穢(きたな)き繁(し)き国に到りたまひし時の、汚垢(けがれ)によりて成りませる神なり。
この章は来月に持ち越しますが、このように太安万侶さんはどういうようにこの「禊祓」を説こうとしてきたか。その心の中に入ってそれを説明してみたいと思います。そうしますと太安万侶さんの結論がどれだけ素晴らしいことか。

もし、これが分かったならば、人類の指針として「衝立つ船戸の神」を掲げたことと同じくらい素晴らしいことであると、言外に太安万侶さんが教えて下さっている章です。

太安万侶さんが「禊祓」をどのように説いたかをお浚いしてお話します。
前にお話しましたように伊耶那岐命は奥さんの伊耶那美命が黄泉国へ行ってしまった。


言霊学講話「知訶島」(H16年5月・会報192-04)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする