2017年04月10日

言霊 言霊学講話・我と汝同根、また奇特なり

「宇宙が始まって以来あるのがアですよ」という意味ですから、アが世界語(ミダ、ーメン、ラー)になる大本は「阿字本不生」で説明がつきます。

このアの世界が分かりますと、自分の生命の根源が「ア」ということ、広い々々宇宙が自分の心の住処だと自覚しますと、自分だけが住んでいるのではなくて、あいつも住んでいるということが分かります。

心はどの人間も心の根源は同じ根っこから出てくる、ただ枝葉として違うだけ。禅語では「我と汝同根、また奇特なり」と申します。奇特と申しますのは「有り難い」と言うことです。

「お前と俺は同じ根っこから出ている兄弟なんだ、なんて有り難いことだ、兄弟なのに何でそんなに諍って戦争したり、喧嘩したり、殴り合いしたりするんだ。止めようじゃないか」ということに気がつく、これは素晴らしいこと。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月09日

言霊 言霊学講話・生まれながらに自由なア

世界的な単語は他にたくさんございます。仏教、ヒンズー教ではマニ(麻邇)、キリスト教ではマナ。それぞれの宗教の教義は違いますが、人間の究極の言葉という意味では同じです。

アは人間の理屈を超えた世界、だけど厳然とある世界、この世界に入りますと個人的なウオの束縛がフッと消えまして、自分の本生が宇宙であるということ現実に悟ることが出来る領域に飛び出します。

仏教ではそれをアが付く「阿闍梨」(アジャリ)と申します。比叡山の千日回峰行を完了したお坊さんは明治時代以前では、大きな阿弥陀様の世界、宇宙を知った方は「大阿闍梨」の称号を賜って、天皇の前に草履履きでお目通り出来たお許しをいただいた。

アを知った人という意味です。高野山真言宗では「阿字本不生」と申します。「アという音は元々うまれないんだよ」という意味です。「生まれない」ということは本からある、「生まれる」のは今ままでなかったけれど、ここからいるということです。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月08日

言霊 言霊学講話・あるがまま

宗教は自分ならざる存在、神を認めること。そうしますと人間の合理性では掴むことが出来ないもの。むしろそれを逆に申しますと、人間の合理性をそこから与えられている世界を求めるようになります。

その宗教の世界、合理的ではないが実際に人間が生かしていただいている実力の世界。それはアの世界。生まれながらに具わっていますが、ただ自覚をしていない、ですが、ウオの下から上がってきましてアの世界を求めるようになります。

アの世界とは「ー」、形容が付かない、「イー」とは申しません。不思議だなと言う時には「オー」、不思議さがないと「アー」、宗教的な言葉には必ずこの「ア」が付きます。アーメン、阿弥陀(アミダ)、アラー等々。

日本語じゃないのになぜ「アーメン」なんだ、昔、「ア」という一字は世界語でした。宗教的な言葉には「ア」が付きました。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月07日

言霊 言霊学講話・物事を合理性をもって理解しようとすると合理的でないものに突き当たる

話に聞いたことがありますが、世界人種の中で効率を求めて止まないのはドイツ人だと。そのドイツ人社会では一番世界で迷信が多いのだそうです。私はドイツへ行ったことがないので事実かどうかは知りませんが、理屈では理解が出来ます。

物事を合理性をもって理解しようとしますと、合理的でないものに突き当たります。この合理的でないものは合理的な考え方の一番の限界です。そこに迷信というものが起こります。

野球選手も優勝するまで髭を剃らないなんてことを言います。でも、優勝することと髭を剃らないことは何の関係もございません。でもそれに頼らざるを得ない。一生懸命練習して、これ以上練習のしようがないほど練習したけど、だから勝つというわけでもない。

では、験を担ぐ、いわゆる、合理的でないものに頼ることになる。それに頼らないとなんとなく自信がもてなくなる。又は、この道を通って球場へ行くと負けるということで、この道は通らないというような野球選手も多いようです。これは不合理です。

ですが、その合理性を求めて他の人間宇宙があるのではないか、その世界を求めると、これは宗教というものに突き当たる。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月06日

言霊 言霊学講話・不合理なウとオの世界

この「ウ」の宇宙から人間の性能として何が出てくるかと言えば、五官感覚(眼耳鼻舌皮)によって知り得る心の世界。この宇宙から広く進展しますと、人間の営みの産業経済活動が起こります。

その次の段階である「オ」の宇宙は、五官感覚で捉えられる出来事AとBをどのような関連があるのかを考える宇宙。何故「オ」の宇宙なのか。物事の関連を考えるには、自分が体験した心の現象を思い起こす。

一秒前に起こったことを今現在に記憶を呼び覚まして、それを頭に止めて、その関連を調べていきます。記憶と申しますのは尻尾、過ぎ去ったことは尾です。これは広い意味で学問、これは経験知。経験したことの記憶を思い返してその記憶の関連を調べる。

人間と申しますのはウの宇宙とその関連性を求めるオの宇宙だけに目をやりまして世の中に生きておりますと、世の中は矛盾だらけだと気が付きます。どうしても理屈に合わないことが世の中にあり過ぎる。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月05日

言霊 言霊学講話・心の宇宙

この目に映る宇宙は物質的な現象界の宇宙、その現象がどうして出てくるかを分析しますと、分子、原子、原子核内の動きから、一つの物質宇宙もそのように段階的に見ていきますと大きく分けて何階層かの宇宙にも考えられます。

宇宙を観る目は、目で見た宇宙、科学的に分析して原子の段階に目を据えた宇宙。もっとそこから進めていきまして、陽子、中性子、又は16乃至17のコークから物質宇宙を見るとどうなるか。そのように幾段階かに分けますと分かります。

人間の心の宇宙も大きく分けて五つの次元の宇宙(ウオアエイ)、五つの段階を持った宇宙であることが分かってまいります。この五つの宇宙に人間は生まれた時から住んでいます。その宇宙が何であるかを知らなくてもその五つの宇宙に住んでいます。

但し、その宇宙がどういう段階かの疑問を起して、それを知ろうとするならば、一つの方法しかございません。それは目に見える現象として出てきた宇宙を考えれば、身に感じる宇宙は「ウ」の宇宙。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月04日

言霊 言霊学講話・同じ宇宙の住処

人間はそれを可能にする心境までいくことが出来るのかをまず説明した上で、その心境に至った時はこういうことが可能になるということから「禊祓」を説明することにいたします。

毎度申し上げることですが、人間がオギャーと生まれた時から五つの性能を授かって参ります。古代の日本人はその五つの性能に対してアイウエオ五十音の五母音をそれに当てました。

アイウエオという五つの母音を持って人間がこの世に生まれてくる時には、どういう性能をいただいて生まれて来るか。言い換えますと、人間が住んでいるそこにある宇宙はどういう宇宙なのか。

外にある宇宙は一つしかございません。この宇宙に対して人間が「お前の見ている宇宙と俺の見ている宇宙は違う」と言ったら笑われます。一つしかない宇宙ですから。但しこの宇宙にも分析しますと色んな宇宙がございます。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月03日

言霊 言霊学講話・人間社会の文明をどのように創っていったら良いかの行い

どういうことか、自分がこの世の中に居て、社会に出て色んな事を経験いたします。その経験したことを基にして、人間社会の文明をどのように創っていったら良いかの行いです。

今の政治家が聞いたらあまりに大きなテーマですからひっくり返って気絶するんじゃないかくらいの考えです。それでいて実行するには、世界中を飛び回らなければ成就しないのか、出来ないのか、と言えば「さにあらず。」

今此処から一歩も動かずして、心の中心に住んでそれを実行することでございます。

その方法は話しが進む内にご理解いただけるのではないかと思います。そういうことをするには、どういう心境であれば可能なのか。それを前提にお話ししておりませんと、物事がおとぎ話になってしまいます。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月02日

言霊 言霊学講話・ミソギバライとは

それはこの言霊フトマニに携わってきた時から目指してきたことです。簡潔に物事を理解していただくにはどうすれば良いか、自分が経験してしまう、自分の心の中で禊祓の行を実際に体験すれば理論は要らず「こうやるのですよ」と言えば済むことです。

それを目指して老躯に鞭打ち励んでおります。分かったところをそのまま、その月にお伝えしていき、私が何時あの世に行ってしまっても言い遺したことがない状態になれば素晴らしいと思い、お話しを申し上げます。

では「禊祓」とはどういうことなのかの理屈は何回も申し上げております。今回はなるべく例をひいてお話させていただこうと思います。

「禊祓」とは昔の古神道の言葉ですから、滝に打たれ、冬に冷たい水を浴びるといった、自分の心に付いた罪穢れを祓うと現代人は思っております。昔の禊祓と申しますのは、そういった行とはまったく別です。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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2017年04月01日

言霊 言霊学講話・人類にとって最高の藝術であって最高に難しいものは何か

一週間ほど前になりますが、古事記の古神道の総結論になります禊祓の行、最も真実に近いと思われるやり方の朧気ですが感得いたしましたことを、今月と来月、二回に亘ってお伝えを申し上げようと思います。

もし、今月と来月で私がお話申し上げる事が出来たら、それは世の中にとって素晴らしい何かの転換の芽が出て来るはずのものでございます。人類にとって最高の藝術であって最高に難しいものは何か。

それは人類文明をどう創るか、人類の社会をどのような社会にしていけば良いか、これは高度な政治的な問題であると同時に、高度な藝術活動でもあります。社会において人間の一人一人が一つも自由を束縛されず、それでいて総ての人が満足していく社会を創ることが出来るなら、これほど素晴らしい政治活動、藝術活動はないはずです。

それを可能にするのが古神道の禊祓の行法です。「禊祓というのは簡単に言うとどういうこと何ですか?」の質問を何人かの方々から訊かれまして、一番難しいことをお話するのに一番難しいのは簡単に申し上げることです。


言霊学講話「禊祓」(H16年5月・会報192-01)

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