2017年03月02日

言霊 言霊学講話・無作の作

或るお坊さんが寺に招待した。招待された床の間には名人が使っていた弓矢が飾られていた。「あれは何か」と尋ねたら、お坊さんがビックリしていくら年老いても自分が使っていた弓矢を忘れることはないだろう、冗談を言っているのだと思った。

これはあなたが昔使っていた弓矢です。「何に使うものかね?」と尋ねた。それから名声は更に高まった。何も私が面白おかしく話しているわけではないのです。その通りに書いてあります。

無作の作、何もしないことの尊さ。政治家というものは人民から「よくやっているな」と思われたら、もう下。何にもせずに無駄飯食っていて、何だったんだんだろう、今の総理大臣は何て名だったっけ、総理大臣は確かいるはずだけど東京の霞が関辺りで「何にもしてないそうだよ」と言われたら‘上’。

何か世の中に起こるから政治家は「何してんだ」ということになる。何にも起こらない、政治家の名前は出てこない、そういう時代が最高です。今の歴史家は神武天皇前の九代までの天皇は史実がないので在していなかったというのが定説です。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする