2017年03月11日

言霊 言霊学講話・英訳「言霊百神」

私は中学から高等学校へ行くための受験レベルの英語しか勉強していませんが、それでモノになるかどうかは分かりませんがやってみましょうか?「あなたがやってくれるんなら、それに越したことはない。」

それから一年半、収入ゼロ、朝から朝まで寝る間を惜しんで一生懸命、一頁に辞書を120回くらい開いて、人間というのは変なもので慣れるより慣れろ、半ばくらいになると一頁に辞書を二三回開くくらいになって翻訳が出来ました。

ところが、校正してくれる人がいない、頼んでも断られる。それを先生に言いました所にそのラビ・トケーヤ氏が居合わせた。だいたいの様子が分かったのか、「それ、私がやりましょうか?」

助かったことは助かりましたけど、相手は違った魂胆があった。三ヶ月後に訂正したのを取りに来て下さいということで、広尾のユダヤ教会へ出向きました。二百何十頁の手書きで訳した文章に十頁に一つも直していない。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月10日

言霊 言霊学講話・心の宇宙をどう英訳するのか

私の先生(小笠原孝次氏)が言霊学に関する最初の著書「言霊百神」を東洋出版社から出しました。外国人がたくさん訪れるものですから、同じ人が毎日来るわけではなく、同じ話しを初めから毎日々々、話さなくてはなくて「島田さん、どうにかしてください」って頼まれました。

それで、言霊百神の英文を翻訳するのに、日本語の原文をお読み下さればお分かりになるでしょうが、「初め宇宙剖半する」の‘宇宙’、それが初めから出て来ましたら読む気が失せるほど難しい。

それで英語の先生を紹介しましたら、最初は快く引き受けて下さるのですが、報酬もご要望通りの金額をお支払いしますからとお願いししても、三日経つと断りの電話がある。もっとお支払いしますよと言ってもお金じゃない、もとの日本語が分からない。

これでは話しにならないから止める。随所に詩や芭蕉の「蛙飛び込む水の音」なんて句が出てくると訳せない、難しいからダメだ、先生に誰も引き受けてくれませんと申しましたら、「そうだな、なんか方法はないかね。」


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月09日

言霊 言霊学講話・カバラの原理は天津金木

三千何十年か前、モーゼが日本に留学生として日本に来て、言霊原理の天津金木(カバラ)を教えてもらって、帰ろうとした時の物語が竹内古文献に書いてございます。

神足別豊鋤天皇(謚)、神の足る別け(神のトーラを別けた)、誰に別けたか、モーゼに別けたスメラミコト。モーゼが故郷に帰る時の勅語曰く「汝モーゼ、汝一人より他に神なしと知れ。」

「これから三千年の間、神という者があるとするならば、お前だよ。」賜ったモーゼは震え上がった。この私が「これから三千年、人類の神様だよ」なんて言われたら、地球上じゃない宇宙の彼方へ逃げ出してしまいたくなります。だけど、モーゼは大胆にも「承知いたしました」と答えた。

「カバラ」の名前は勝手に付けたと思ってましたが、私が二十五年前くらいに会ったラビのトケーヤ氏という方が、ニューヨークのユダヤ教会のお坊さんですが、東大、京大、早慶大とかの臨時委託教授の扱いを受けて、私の先生の所へしょっちゅういらした。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月08日

言霊 言霊学講話・斯くべからざる映画のフィルムの一コマ

ですから、どんな事も、嬉しいことも、悲しいことも含めて、この世の中に必要でないことは何もない。それがイという段階で見ますと分かります。それは私も含めてですが、私の「あそこの時はなかった方が良かったな」と思う人生は嘘です。

良い事も、悪い事もあるから自分の人生。苦い時代を削ってしまえばもっと良い人生だったと思うのは、良い人生を経験することはないはずです。悪いことがあったら良いことに転換していく。

良い経験を周りの人に活かせるようにする、する、しないはともかくも、そういった心に余裕があって初めて「俺の人生は良かったな」と思える。

負の部分を削ってしまうとその人の人生ではなくなります。同様に人類もその通り。どんなに解決不可能と思われる事態でも、人類一万年の歴史からすれば、斯くべからざる映画のフィルムの一コマです。

ですが、その一コマが今後どのように展開していくのかが見えなければ意味がございません。それが分かるのがイ次元。人間の生存競争が始まる第一歩は何時からか、竹内古文献にハッキリと書いてございます。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月07日

言霊 言霊学講話・幸いなるかな心貧しき者、天国はその人のものなり

至極ごもっともだなと、それだけ世の中を観ている人ですから。そうやって予言はしたけど誰もやらない。予言した仏教徒は必ず時が来れば良い世の中にするために猛然と働き出すであろうと、そのように仏教に書いてあります、でも、ない、キリスト教然り。

マホメッド教はどうか、毛色が変わっているからちょっとは違うかなと思いましたが、世界のことを考える暇なんてないくらい、日本の国が五十年前にやった自爆を聖戦と名を打って戦争ばかり、可哀想に。

そういったことから、予言されていることが嘘と思える。戦いに次ぐ戦い、アメリカに対抗するソビエトが崩壊したからこれで戦争は終わるのかと思ったら、小さい国々が原爆を持ちだした。

ところが、イという段階で目を据えて見ますと、そういった紛争も、日本では年間三万人からの自殺者が出ているのも、気の毒の極みですが、これから始まろうとしている人類の第三文明時代の素晴らしさから考えますと、そういう悲惨なことを償って余りある天国が出来上がる寸前です。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月06日

言霊 言霊学講話・有り得ないことを誰がやる

それを「結縄の政」と言います。心の中にあって「善悪・善悪・善悪」に結び付けるようとする心が光にあたると自分の不都合や自我意識がスーッと消えてしまう。その自我が消えることが良いことと知っている世の中。

「それではこうしましょう」と長が決めて、それを実行することは、上から押し付ける専制政治、皆に量り賛成したことが本当の民主主義。新しい時代の民主主義はそういうことになります。そうなると言われて二三千年、お釈迦様は大嘘つきか。

この間もホームページの訪問者が「お前の言っていることは良いことばかり言っているが、現状はピンからキリまで悲観材料ばかりだ。お前だけいい気になっているがこんなのは嘘だ」というコメントが寄せられたと聞きました。

「では、あなたのお考えはどうなんですか?」と訊きましたら
「俺の考えがないから、良い考えがあるんじゃないかと思って、訪問して読んでみた、読んだだけなら感心する、でも、こんなこと有り得ないじゃないか、誰がやるんだ。」


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月05日

言霊 言霊学講話・結縄の政

孔子さんはこの光の世紀を「結縄の政」と言いました。結縄の「縄」は名を和する、縄の編みは陰陽を糾いますでしょ。言霊の幸倍(タトヨツテ・・・)のことを、縄を編む「結縄」と表現しています。

「大道廃れて仁義あり」、大道とは言霊、言霊が隠される前は「〜してはいけない」、「〜せよ」が一切なかった。その人の本生に根ざしたことは総てその人に任せる。その調整は世の中の長老たるべきやる仕事であって、一切、格子無き牢獄は作らない、それが大道の時代のやり方。

そのやり方は、「どんなことをすれば良いか」について、榊を根っこごと霊知りたちの円座の中央に立てて、それに幣を垂らしまして、円座の長が「では始めましょう」と目を瞑る。三分なら三分、「どうでしょう」、賛否をとれば、奇妙にも反対がない。

目を瞑っている間に自我という考えがスーッと消えて、やるべき事の目的に向かって誰もが同じように「そのようになればいいな」という考えだけで答えを出す。良い事だけど「俺は嫌だ」というその「俺」がスーッと消える。自分だけではなく皆が良い方にやろうとする。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月04日

言霊 言霊学講話・二千年のキリスト世紀

その発案者には何ら危害も変更も加えずそのままを生かす。仏教の阿弥陀経ではこのことを「一切衆生摂取不捨」と申します。ですが、この光の働きを説いておりません。それを匂わすように教菩薩法は「教菩薩仏所護念」と説いています。

教菩薩法は仏教は菩薩の教え、仏が護る所を念じた教え、仏教は仏が説いた教えです。「仏とは何ぞや」を説いておりません。最高の教えは仏様にしか出来ませんから説いてございません。

ですから法華経には、仏そのものには触れずに仏になろうとして修行している菩薩に教えを口伝して「仏様が常にそれを護っていて念じている所の法」と書いています。

又は、イエス・キリストは二千年の世紀の名付け親、キリスト世紀と申します。「天国は近づけり、汝ら悔い改めよ」、二千年経って、むしろ酷くなってしまいました。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-03)

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2017年03月03日

言霊 言霊学講話・何か起こらない内に何も起こらないようにする

そうじゃない、「無作の作」を知っていた。今の政治家は何か起ころうとしても、怠けているから起こってしまって、起こったとしても他人事と考えているから、これ以上放っておくと自分の身が危うくなるから何か起こす。

改革というのでしたら、何も起こらない内から改革すればいい。すると、誰も分からない。そして、何も起こらない。それが政治だということを知っていた時代。そういう時代があったということが中国の古文献には書いてございます。

光、霊駆り、此処から其処へ渡すには、光というものが作用して一切の文化、個々別々の文化等々を、世界人類文明として、ドイツの哲学用語で「止揚」と申しますが、止めて揚げる、総てのものを引き上げて、新しい使命を授けて文明創造の一端を担わし、人類文明として統一する。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02了)

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2017年03月02日

言霊 言霊学講話・無作の作

或るお坊さんが寺に招待した。招待された床の間には名人が使っていた弓矢が飾られていた。「あれは何か」と尋ねたら、お坊さんがビックリしていくら年老いても自分が使っていた弓矢を忘れることはないだろう、冗談を言っているのだと思った。

これはあなたが昔使っていた弓矢です。「何に使うものかね?」と尋ねた。それから名声は更に高まった。何も私が面白おかしく話しているわけではないのです。その通りに書いてあります。

無作の作、何もしないことの尊さ。政治家というものは人民から「よくやっているな」と思われたら、もう下。何にもせずに無駄飯食っていて、何だったんだんだろう、今の総理大臣は何て名だったっけ、総理大臣は確かいるはずだけど東京の霞が関辺りで「何にもしてないそうだよ」と言われたら‘上’。

何か世の中に起こるから政治家は「何してんだ」ということになる。何にも起こらない、政治家の名前は出てこない、そういう時代が最高です。今の歴史家は神武天皇前の九代までの天皇は史実がないので在していなかったというのが定説です。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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2017年03月01日

言霊 言霊学講話・神仙の国

日本の歴史はたかだか千二三百年に書かれたものだけが遺っておりますが、それ以前に書かれたものは焼かれてしまって失くしてしまった。中国は二千七八百年前くらいの本は遺されておりますから、お読み下さると実に面白いことが書かれております。
 黄河の水流れて東方絶海の中央にあるとされる島あり。その神仙の国には五つの穴が空いており、霊気がそこから立ち上り、あらゆるものがその穴に入り、どんなに入っても一杯にならず、どんなに出ても尽きることがない。神仙の人々は百里千里を軽々と飛ぶ不老長寿の国なり。

嘘と言われてもそう書いてございます。又、他には「百戦戦って勝つのは中の中、百戦戦って負けるのは下の下、戦わずして勝たずに負ける、これ上の上。」戦う必要がないから勝つ、負ける必要もない。

弓を射て鳥を落とすのに飽きた、そこで矢を捨てた、弓の弦だけにしても鳥が落ちた、しまいに弓も捨てた、そのうち「オイ」と言っただけで鳥が落ちた、それも止めた。それだけで有名になって年老いた。


言霊学講話「天津神籬U」(H16年2月・会報189-02)

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