2018年01月21日

言霊 布斗麻邇講座・アオウエ四智は他に働きかけない

どういうことか、母音というものはそれだけでもって心の宇宙を占めていて、その占めているものが他のものに頼って存在を表わしているのではありません。そのもの自体だけで宇宙を占領しているものです、という意味。(独神)

5_bo-on.pngということは、身を隠したまひきとは、現象にはならないで先天構造のものです。言葉をもっと改めますと母音だけ。母音は厳然として宇宙を占拠しているけれど、他に働きかけて何かするということは決してないという意味にもとれます。

七つの母音と半母音が出てきて、その母音半母音は他に働きかけることはない。では、子音はどうやって出てくるのか、まったく分からないことになります。それは八つの神様で示されるコトタマの父韻というもの。

読み方は、母音(ぼおん)、父韻(ふいん)、子音(しおん)、親音(しんおん)、父韻だけ「いん」とお読み下さい。統一しませんと聞いて分からないといけませんので。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月20日

言霊 布斗麻邇講座・古事記と書いてコジツケと読む

解釈する時は伊耶那岐神、妹伊耶那美神を次の行に移して、改行して書くべきところなんですが、太安万侶さんに文句を言うわけではないですが、たぶらかそうとしてもそうはいかないよ。(笑)

太安万侶さんという人は本当にユニークでユーモアの長けた素晴らしい頭脳の人だったんだろうと、読んでいく内に予想されます。少なくとも私のような唐変木では書けない騙かし方、見事に千三百年も騙し続けた。大変な力量の持ち主だったのだろうと。

この八つの神様は八つの父韻を指示する名前なのです。次には「八つの父韻があるのだよ」と指月の指。一つ一つ説明をしてまいります。それには過去三回お話してきました父韻をもう一度確かめておく必要があるのです。

父韻と申しますと、その前の古事記の文章にありますように、最後に「独神になりまして身を隠したまひき」とズーッと同じことが書いております。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月19日

言霊 布斗麻邇講座・次に

次に成りませる神の名は、宇比地邇(うひぢに)の神。次に妹須比智邇(いもすいちぢに)の神。次に角杙(つのぐひ)の神。次に妹生杙(いもいくぐひ)の神。次に意富斗能地(おほとのべぢ)の神。次に妹大斗乃弁(いもおほとのべ)の神。次に於母陀流(おもだる)の神。次に妹阿夜訶志古泥(いもあやかしこね)の神。

古事記の文章は、次に伊耶那岐神、次に妹伊耶那美神と続きますが、今、読んだ八人の神様と伊耶那岐、伊耶那美の二神とは同類の神様とは全然、格を異にする神様ですので、ここでもって文章を切って下さい。

ですが、ここで切ってしまいますと千三百年経つ前に気付かれてしまうのではないかな、太安万侶さんが盲にしたとしか考えられない程たぶらかした。

次に、次に、妹も一つおきに出てまいりますので、「次に伊耶那岐神、次に妹伊耶那美神」と言うと、さもこの十神を同じようにとらえられるかもしれません。又は、とられるだろうということを承知の上で続けたのだろうと思います。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月18日

言霊 布斗麻邇講座・俳句の神髄

そうしましたら悠久の時間と宇宙にポチャンポチャンポチャンと広がる響きと、悠久は時間、宇宙に広がる響きは空間とが、ただ一匹の蛙が古池に飛び込んだ一点の動きが、それだけの悠久と時間に繋がる十七文字だけで以て見事に表現している。

「古池や蛙飛び込む水の音」というのは何十年、何百年、何千年経っても俳句のバイブルとして残るであろうと思われています。このバイブルの俳句を芭蕉さんが作った時、芭蕉さんの心の奥にバァーっと光が差して、静かな々々々感激が芭蕉さんを包んだとある小説家は表現している。

素晴らしい歴史的な一瞬だったと思います。俳句という純日本的なものは、コトタマの精神構造をまったく写し取ったような作品なんです。

四つの母音と三つの半母音が出てきます。その次に八つの神様が出てまいります。これ等の神様の名前がヘンテコで何を言っているのかサッパリ分かりません。ちょっと読みます。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月17日

言霊 布斗麻邇講座・神鳴り

前回までの講習会で母音と半母音のお話しをいたしました。母音はウアエオ、半母音はワヲヱ、全部で七つ(ウは重複のため)。昔の人は言葉のことを雷(神鳴り)と言いました。冗談で申し上げたのではなく事実です。

頭の中でピカピカっと光る、そうしますと音がゴロゴロっと出てくる。それで言葉のことを神鳴りと説明しました。ピカピカっと何が光るか、コトタマが光る。十七のコトタマが活動する(先天)とゴロゴロっと言葉が出て来る(後天)。

何でもないようで、ここに厳然とした法則がございまして、その法則をアの段階で捉えたのが芭蕉さんの俳句、十七の音で作られております。「古池や蛙飛び込む水の音」光景を考えれば何という事はない。

子供騙しのような「古池に蛙が飛び込んでポチャンと音がした」というだけの句。ところが五七五の韻を踏んで十七文字を読みますと、何だか深遠な感じが出て来る。何百年、何千年前の古い池の中に蛙が一匹飛び込んでポチャンと音がした。

布斗麻邇講座「ビカとゴロ」(H18年7月・会報218-1)

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2018年01月16日

言霊 布斗麻邇講座・自未得度先度他

石上神宮に伝わる古歌が「そういう意味だったんだな」と先生は東洋出版社から昭和44年に言霊の本(言霊百神)を初めてこの世の中に出しました。それ以来、一人二人と増えてコトタマが伝わるようになりました。

先生がお亡くなりになって二十四年、今はこうやって大勢の方がコトタマの講義を聞きに来てくださいます。私の先生の時はどんなに大雄弁を奮っても終わったら去って行きました。

あまり雄弁なので呆気にとられて意味が分からない。ただ、座って帰ってしまう。先生が亡くなる前に私を呼んで「弟子くらいあてになんないものはない」って(笑)、私のことを言われたのかなと、それじゃ仕方がないかなと。

そうしましたら「私が死んだら貴方の自由に喋って下さい。」何だかこちらが弄ばれたみたいで。それくらい千変万化な人、お陰さまで私のようなボンクラがコトタマ学を喋らせていただくようになりました。

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5了)

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2018年01月15日

言霊 布斗麻邇講座・言霊百神

太安万侶さんが代わって書いてくれればいいですが、自分で書かないとならない。自分考えではとても考えられるものではないですから「これじゃない、これじゃない」精魂尽きると「こうだよ」と教えてくれる。

精魂尽きると心が真っさらになりますでしょ。そうしますと千三百年前の太安万侶さんが出てきて「こうだよ」と教えてくれる。

だから私の先生が初めて言霊の本を世の中に出された時の端書には「言霊の本が出来た、出来たんだよと大空に向かって叫ぶ!」千三百年の空間を経て私の先生が初めて言霊の本を完成させた。千三百年前の日本人に「出来たよ、もう出来たよ!」と叫んだ。

「みたまあがり、去にませし神は今ぞ来ませる。魂箱もちて去りたるみたま、魂返しなせそ。」三千年前に魂箱であるコトタマの原理を持って天に帰ってしまった神様、いよいよこういうように出てきたのだから、もう再び天に帰りなさるなよ。

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5)

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2018年01月14日

言霊 布斗麻邇講座・小笠原先生

私が初めてお会いした時にこの人が言霊の先生なのか!「やっと夫婦が落ち着く場所が見つかりました」と喜ばれたのは六畳一間のアパート、トイレも外、ここで一生を終えられた。

私も自慢じゃないですが、一銭も持っておりませんでしたから、最初にお会いした時に「先生、ごめんなさい、何も持ってこなくて。」「私もそうでしたから結構ですよ」と仰ってくださいました。私はいつもこの人にはとてもかなわないと思って頭下げっぱなしの侭、先生はお亡くなりになりましたけど。

何しろこの古事記の文章から私が今申し上げていることを「こうですよ」と解明なされた方なんです。どれくらいの苦労をなさったか分からない。

分からなくなって、もう私なんかがする仕事ではないのかなと絶望にひしがれてフッと目を開けてみると十人くらい白い服を着たお爺さんに周りを囲まれて「分からなければ筆を持て」と言われて不思議と書けた、誰にも訊くことが出来ない。

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5)

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2018年01月13日

言霊 布斗麻邇講座・どうにもならないことがうーんと役に立つ時が来る

人間が人類がこういう経験をしてある大きなことに気がついてくる時に、どうにもならない世の中の経験がウーンと役に立つ時が来るのですから。ということを知らせることが出来る神様でないと恥ずかしくって仕様がないじゃないですか。

ということから神前にお祀りしてしまって隠れてしまったということです。でも、あまり人に話さない方がよろしいかと、神社やお坊さんから怒鳴られてしまいますから。

よくお話しいたしますが、私の先生は「よく見れば弥陀が私に手を合わす南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」という俳句を和尚さんにみせたら「お前は悪魔だ、もうお寺に来てくれるな」と言われた。

これは真理です、私の先生みたいにひたすら謙虚で、誰よりも自分は下だ、自分という人間は人間じゃない、人でなしの張本人みたいなものだ、だから一生懸命、皇祖皇宗にご奉仕し、お役に立ちたいと思って、どんな苦労も厭わずに勉強されてきました。だからこそ、古事記の80%まで自分一人で解明されました。

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5)

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2018年01月12日

言霊 布斗麻邇講座・神様はいない

コトタマが現れる前祓いとしておなおさんが出てきたということがよく分かります。ですから言霊殿というお宮が綾部の大本教にある。

前世紀、西暦1900年から2000年迄に建った木造建築としては最大の建造物で、檜の欅で作られておりますから荘厳な御神殿。何方でも「どうぞ、どうぞ、誰もおりませんが神様の前まで」ということで御簾が垂れ下がっておりましたが、捲りあげて神前まで寄りました。

神様はいるかな?大本教に怒られてしまうけど、いないから悪口を言ってもいいか、霊は困るけど「いない」。何処の神社にも神様はいません。いよいよ出番だな、天の神様は出る準備をしている。国の神様は神無月に出雲へ行ったきりそこで缶詰になって、神様はいない。

宗教の人には申し訳ないですが、この日本の現状を見たら恥ずかしくって顔も上げられない。顔を上げられるとしたら、この現状を見ても「これでいいんですよ、計画通りなんですよ。」

布斗麻邇講座「経験知と実践知」(H18年6月・会報217-5)

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