2017年07月21日

言霊 言霊学講話・日文解義

それからというもの、何回も、何回も日文を読みましたが、歯が立たない。今でも歯が立つ人がいれば手を挙げて下さい。
 「ヒフミヨイムナヤコトモチヒフミヨイムナヤコトモチロラネシキルユヰツワヌソヲタハクメカウオエニサリヘテノマスアセヱホレケ」

最初の日文のように区切れば何となく見えてきます。
 ヒフミヨイムナヤコトモチ…「一二三四五六七八九十」の十拳剣、母音から始まって八つの父韻、半母音の並びであろうと思われます。

ある解釈文では「モ」は百、「チ」は千、数え言葉であると主張されている方もいらっしゃいます。次の「ロ」、千の次は万か、それでは筋が通らない、唱え言ですからズラズラーっと読みますと何かが分かるはず。

ところが他の解釈では意味が分からない、これは「以て」という意味なら筋が通る。

 ロラネシキル…ロラネって何だ、シキルは十拳剣で仕切るのであろう。
 ユヰツワヌ…仕切ってしまえば又結べ、ツワヌって何だ。
 ソヲタハクメ…強引に解釈して、それを五十音図(田)で組め。
 …先生に一度「カーッ!」と言ってもらいました、禅坊主が言います、そうでもない、分からない。
 ウオエニサリヘテノマス…これはウとオとエに割いて述べよ。
 アセヱホレケ…大事な所が分からない。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-03)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

言霊 言霊学講話・宿題

昭和44年に「言霊百神」という立派な本が東洋出版社から発行され、その本で勉強出来るようになりました。それまでは月一度先生の所へ通って勉強するのが心の寄す処(よすが)でした。

それから三年後の昭和47年、私が47歳の時に先生から
 「時に島田さん、貴方も言霊の勉強をして長いこと経ちましたから宿題を出します。石上神宮に三千年前から伝わる日文四十七文字の唱え言があります。四十七文字を重複することなく、ある意味を表わしている石上神宮の秘宝です。」

 「幕末の平田篤実が神霊学、神懸りになった時に日文を解釈した文がちょっとあるだけで、それが何のことを言っているのか分からない文章なので、誰にも分かっていません。憶測では色んなことを言われていますが真実は何も分かりません。だから宿題として日文を解いてみたら如何ですか?」

というような宿題を出されました。さっきも申しましたが「三千年間まだ解かれていない」ということが頭にカンカンと来ましたから、それではやらざるを得ないだろうと「やらせていただきます」と引き受けました。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-03)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

言霊 言霊学講話・言霊学の出合いと縁覚

「ある時、お爺さんは山へ柴刈りに。お婆さんは川へ洗濯に。」これを「お爺さんは川へ洗濯に」としたら間違い。だから神主さんが間違っていると申し上げていることに間違いない。パンフレットの誤植とは思いますが。

小笠原先生が亡くなったのは昭和57年11月28日辺り。当時、私の年が昭和の年代と同じですから57歳の時。はじめて小笠原先生の下にお伺いしたのが37歳の時。

先生が亡くなられる時までちょうど二十年間に色んなことをお教えいただいて、私が47歳になるまで言霊に関する本が一冊もなかった。ですから先生にお会いして伺うしか言霊を勉強する方法がなかった。

先生を存じ上げるまで、長野の安曇野にある親戚の工場でせっせと旋盤を動かし勤めておりましたので、そんなにちょくちょく先生の所へお伺いすることは出来ませんでしたから月一度くらい上京していました。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-03)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

言霊 言霊学講話・布瑠の言本(日文四十七文字)

日文四十七文字(布瑠の言本)の私の馴れ初めをお話し申し上げます。
 「ヒフミヨイムナヤコトモチ ロラネシキル ユヰツワヌ ソヲタハクメ カ ウオエニサリヘテ ノマスアセヱホレケ」

こう書きますと見当がついてきます。本当は区切りがございません。操作も何も繋がっておりますから、さて、何処で区切ったら良いのかも分かりません。上のように切りますと説明しやすくなります。

一説毎に古事記の禊祓に出てくる神様の名前が付いています。会報の8月号に全部出ておりますから、ここでは説明を省きます。

今、石上神宮は日文四十七文字を公表しております。以前、私が苦言を呈したからかは分かりませんが、公表をしていなかった。ところが、四十七文字の中の一字だけ神主さんが間違えております。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-03)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月17日

言霊 言霊学講話・古事記の神話が説いているのは

皆さんは、お若いから魂が眠っていない限りは世界の大変動を見ることが出来る。新聞に一つも書かれない、テレビにも何一つ報道されないですが、世界歴史が180℃転換します。

転換してしまえば分かりますよ、ですが転換するまでは絶対に分からない。転換前に何が行われるか、それは「最後の審判」、一般市民には全然関係ありません。誰も知らない内に行われます。

古事記を五十音の説明なく今の言葉でお話できるようになりますと、太安万侶さんが言った神話が人間の心の中でどう働いているのかが分かりますから。

その分かった眼で見ますと、今までの神社神道でやって言われていることが、本当はどういう意味なのかもよく分かってまいります。その分かったことを総てお伝えしていこうと思います。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-02了)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

言霊 言霊学講話・倭は國の真秀(まほ)ろば

 総て喩え言です、どっかでボロがでるもの、天地の初発から三貴子まで嘘を突き通して一つも揺るぎない。だからその「嘘」に国学者は古事記の注釈に膨大な労力を注いでいる。

日本の国の始まりは戦争前では二千七百年前、竹内文献には八千年乃至一万年前からズーッと続いている国、大和言葉でもって続いている国であるのに、そんなことを夢にも思いませんから。

古事記は神様の物語として「そうだ、そうだ」と読んでしまっている日本人はアッケラカンで大変な者だと威張っているとしたら、まともに太安万侶さんのペテンに引っかかっている。

太安万侶さんはしたり顔、「俺のやり方はやっぱり当たったな、だけど、俺の血を引いた十四万四千人くらいはいるだろうから、古事記の謎解きをしてくれるに違いない。」それから千三百年、奈良の茶畑からお棺が出てきたお陰で総てのことが分かった。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-02)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月15日

言霊 言霊学講話・伊耶那岐大神の子

ここに左の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名(みな)は、天照(あまて)らす大御神(おおみかみ)。次に右の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、月読(つくよみ)の命。次に御鼻(みはな)を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、建速須佐(たけはやすさ)の男(を)の命

 ここで三貴子が誕生することになります。三貴子と言うのですから誰かの子供、親である伊耶那岐の大神が禊祓をして生まれた子です。

uzumiko_face.png アオウエイの音図を横にし「中つ瀬」を顔に見立てますと、左の目(底筒)を洗ったら(禊祓)天照大御神、右の目(上筒)を洗ったら月読命、鼻(中筒)を洗ったら須佐之男の命、というような表現になります。

 本居宣長が古事記を一般の人が読めるようにしてから、太安万侶さんの嘘に騙された。嘘もここまで嘘を突き通すと真実。全部「嘘」、太安万侶さんは一つも本当のことを言っていない。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-02)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月14日

言霊 言霊学講話・細石の巌となりて

底筒の男の命、中筒の男の命、上筒の男の命三柱の神は、墨の江の三前(すみのえのみまへ)の大神なり

 墨の江の「墨」は相撲の場所前に相談役が集まって、横綱がどれくらい出来上がっているかを見る。それを「総見」と申します。又は「すみ」と読んで統見・総見・澄見。

 総て物事の複雑なものを純粋にしてしまい現れた三貴子(みはしらのうずみこ)である天照大御神・月読命・須佐之男の命という三柱の神様が総結論として出てきます。それが総てのものを見て現れる、澄んで現れる、という意味の「墨」です。

 墨の江、その澄んだ江(エ:慧)を明らかにする。三筒の男の命は最終的に純粋な総結論の智慧の前提となる神ですから。筒男の神の八つの子音で連続して示された確証がなかったならば三貴子は生まれなかった。

 エ段のテケメヘレネエセ、オ段のトコモホロノヨソ、ウ段のツクムフルヌユス、そこにア段のタカマハラナヤサを加えた三十二子音は、前にお話しました伊耶那岐命と伊耶那美命が離婚宣言をした「千引の石」のことです。

 国歌「君が代」で申しますと「君が代は千代に八千代に細石の巌となりて苔のむすまで」、その「細石の巌となりて」の処が三十二子音です。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-02)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月13日

言霊 言霊学講話・絶対命令、至上命令を発する言葉

 絶対命令、至上命令を発する時は、「こうしなさいよ、こうすればスラスラと行く、「こうしなければうまくいかない」、その境目をピシッと決める言葉。始めから終わりに渡す言葉。

 「こうすれば、こうなりますから、こうおやりになさいまし」と言った時に、「何言ってるんだ、俺は嫌だ」と言ったら将来はない。威張って言っているわけではないのです。威張る人にはそう言う言葉は出て来ません。自分は価値がない、人間として芥子粒みたいな人間だと思っている人に言う言葉です。

 神様に菜っ葉や魚をお供えしますが、魚のことを昔「な」と言った、岩魚をイワナ、鯨を伊耶魚と言った。その「な」は神名のこと。私から島田正路という名前を無くしてしまったら何も出来ない。絶対的な真理の名ですから、万物に神名を付けることは世界の文明を創っていくということになります。

 阿曇の連と綿津見の神と宇都志日金拆の命の関係がお分かりになったと思います。「言霊の原理が復活し、それに則り、世界文明を創る世の中が来た時には、実際にそういうようなメカニズムで世界文明が広がっていきますよ」ということを太安万侶さんが親切で書いた挿入行です。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01了)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

言霊 言霊学講話・身が光って見える

 そのように簡単なのだろうと思うととんでもない、光の言葉に変えてそれを発表しますと、「ごもっともです」と言って反発する気持ちがなくなってしまう。

 明治時代にアメリカの何代目かの大統領が訪日して明治天皇と会見した文章が遺っています。その大統領の日記には「明治天皇が一言おっしゃった言葉は、自分がこの世に生きているということが、どんなに素晴らしいかを知らせてくれた言葉だった。けれど、その時、明治天皇の顔をジーッと見ていたが、あまりに光が強くて目を瞑ってしまった。」

 その言葉がどういう言葉だったのかを私は知りませんが。竹内文献を読みますと、昔の天皇の名前に身光るスメラミコトと書いてある。身が光って見える。

 光の言葉を広める役職について、それを人に伝える時、「こうするといいですな」と言う時には身が光る、私も見たことがないですから本当か、どうかは分かりません。でも、たぶん本当だろうと、そのようなオーラが出るのだと思います。


言霊学講話「三貴子の誕生」(H16年7月・会報194-01)

posted by 管理人@言霊百神HP at 09:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | コトタマノマナビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする